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第2話

「うん、この服もかわいいわ」

 回想を終えるとまたも違う服を着せられていく。

 予想外のことに考えることを放棄したぬいぐるみは思考を放棄するのだった…。




 ぬいぐるみとして過ごして一週間が経ち、ある程度自分の環境についてわかってきた。ここはグランブルク家という領主様の家でぬいぐるみは父親からの誕生日プレゼントとして今もぬいぐるみを抱きかかえている女の子、エリアリーゼ・グランブルクにあげられたようだ。グランブルク家は侯爵の地位で貴族の中の階級では高い方に位置する。

 ファンタジーな世界ではあるが、ぬいぐるみが動いたりしゃべったりすることはない。



 ぬいぐるみ生活をして分かったことがあるが、この女の子-エリアリーゼはいつも一人でメイドもいるが会話もせず、寂しそうに過ごしている。父親も忙しそうにしており全然かまってもらえていない。しかも本当の誕生日は今日で、仕事で忙しいためプレゼントを早渡ししていた。誕生日である今日だがもう夜になるが誰もお祝いをしていない。彼女自身もそれが当たり前かの様子だ。



「この服も似合うわね」

 ちなみに今もエリアリーゼはぬいぐるみを着せ替え人形として使っている。



 この一週間毎日同じことをしているが飽きないのだろうか。


 辺りは一段と暗くなり、もう就寝の時間なのか部屋からメイドが退出していく。部屋には     ぬいぐるみとエリアリーゼの一匹と一人がいる。エリアリーゼは彼女の身体の何倍もある大きさのベッドに横になる。エリアリーゼは甘える子猫のようにぬいぐるみに擦りつく。

(おいおい、さすがに恥ずかしいな)

「ぐすっ…お父様ぁ…」



 エリアリーゼの瞳に一粒の涙が浮かぶ。

「寂しいよぉ…なんで誰も遊んでくれないの…」

 涙をぼろぼろとあふれさせ、身体を震わせていた。無理もない。まだ幼い彼女は愛に飢えている。それなのに父親は仕事で忙しく、メイドも身分の差を気にしてか一歩距離を取っている節がある。

「うええええん」



 泣き止む様子はなく次第に気持ちがあふれる。


 ぬいぐるみは傍観を決めこんでいたが、部屋の中をじっくりと見渡す。そこにエリアリーゼしかいないことを確認すると、めんどくさそうに頭をがりがりかいて口を開く。

「大丈夫だ。今は俺がいるだろ?俺が遊んでやるよ」

 ゆっくりとまた手を動かしエリアリーゼの頭を撫でる。

「く、クマちゃんがしゃべった!」

 泣きじゃくっていたエリアリーゼの涙が止まる。その目は赤くはれていた。

「どうしてクマちゃんは話せるの?」

「あ~、魔法だよ。魔法。こういう魔法があるんだ。それとクマちゃんはやめてくれ」

「じゃあ、何て呼んだらいいの?」

「そうだな…クロだ。俺のことはクロって呼んでくれ」

「わかった、クロちゃんね」

「ちゃん付けはやめてくれ…」

 ぬいぐるみークロの言葉が気に入らなかったのかエリアリーゼの瞳がウルウルしていく。

「はあ、もう呼び方は何でもいい」

「ならクロちゃん!」

 ニコニコと先ほどが嘘のようにかわいらしい顔に花を咲かせる。

「まあいいか…。それよりも誕生日おめでとう」

「!?」

 エリアリーゼは目を見開くと、また泣き始める。

「おい、どうした?どこか痛いのか?」

「違うの…初めてパパ以外に祝われてうれしかったの」

(そんなにも、うれしかったのか…)

「一週間見てきたけどお前はえらいよ。勉強もして魔法も頑張ってるしな。それに誕生日なんて毎年俺が祝ってやる。だからそろそろ泣き止め。メイド達が戻ってくるだろ」

「…っ。うえええん」

 またもやエリアリーゼは泣き始めるが、その表情は嬉しそうだった。

 結局その日は夜の間ずっと話していた。この世界はどこなのか。どんな生き物がいるのかなど。どんなに細かいことでも何も知らないクロにとってはありがたかった。

 いつの間にか眠くなってしまったエリアリーゼは寝てしまった。すやすやと気持ちよさそうに―

【翌日】

「おはよう。クロちゃん!」

「ああ、おはよう。お嬢」

 昨夜のうちにクロたちは取り決めをしていた。誰もいない時ならクロに話しかけてもいいこと、このことは誰にも話してはいけないこと、の二つだ。クロのことがバレると面倒だからな。呼び方はクロちゃんで固定してしまったが、あまりクロは納得していない。

「俺はこれからこの世界について本を読んでるから。お嬢もがんばれよ」

「うん、がんばる!」

 エリアリーゼはそう言って部屋から出て行った。あの様子ならもう大丈夫だろう。もうクロはエリアリーゼにはしゃべれることなどは知られておりこそこそ行動する必要がなくなったため、自由に行動ができる。

 部屋にはぬいぐるみのクロだけがある。クロは目の前にある本棚から本を取る。

 ポフッ。

 本を取るときにかわいらしくなってしまう。

「まるでおままごとをしているようだな。クソ!絶対に人間になってやる。そのためにもこの世界について知っていかないと…」

 決意したぬいぐるみはメラメラとすごむが怖さはない。

 椅子は高いため床でぬいぐるみの小さな手を器用に動かしページをめくっていくのだった。

「なになに、魔法はあの女神様…いやもうアリスでいいか。アリスの言う通り、本当に七属性が基本だな。そこから氷など特殊な属性もあるみたいだな。魔法は下級、中級、上級、超級に分かれているのか」

 クロにとっては何もかも初めてのことで新鮮なため読み進めるにつれどんどん興味が沸く。

「へ~、なるほどな」

 クロは満足したように開いた本をぱたんと閉じる。

 分かったことはいくつかある。まず、魔法の発動には詠唱が必要なこと。詠唱の長さは魔法の難易度により変わっていくらしい。魔法の発動にはイメージが大切だそうだ。まあそのことは転生者ということもあり、様々な現象の理屈はわかっているので大丈夫だと思う。二つ目はこの世界にはやはり魔物がおり、魔王もいる。そのため貴族などの位の高い人は学園に通う必要がある。そこで鍛えるためだ。また、勇者や聖女などが存在するらしい。今いるのかはわからないが数十年に一度生まれるそうだ。三つめは魔法の発動には詠唱がいるといったが、そもそも魔力が必要みたいだ。

 人間ですらないぬいぐるみに魔力があるのか疑問しかない。

「しかし、こればかりは試してみるしかないな」

 意を決し魔法書に載っている下級の魔法を唱える。

「えっと、《火の玉よ、我の前の的を穿て、ファイアーボール》」

 ボっ。

 ぬいぐるみの指の先にマッチに火をつけたような小さな火が付く。

「一応成功なのか…」

 思った結果ではなく少し残念そうな顔になる。

「まあでも魔法を使えたっていうことはアリスの言う通り全属性使えるだろうな」

『アリスってひどくないですか?ちゃんと女神さまって呼んでくださいよ~』

 間延びした声がクロの頭に響く。

「なにが女神様だ!呼んでほしいならそれに見合う働きをしとけよ」

『ムムム、クロくんだって私の世界で話していた口調とは変わっていますね』

「当たり前だ、アリスには敬語なんて必要ねーからな」

『も~、そんなにすねないでくださいよ。クロちゃん?』

「ぶっ」

 顔は見えないがアリスのニヤニヤした顔が浮かぶ。

「な、なんで知って…」

『もちろん、私は女神様ですから?しっかりと天界で見守っているのですから。せいぜい私たちを楽しませてくださいよ』

 こいつ…。

「それで何の用だよ」

『あ、そうそう。そういえばせっかく鑑定のスキルがあるのですから使ってみたらどうかといいにやってきたのですよ』

「鑑定?」

『忘れちゃったのですか?サービスとして付けたスキルですよ』

「ああ、あれか!」

 何のことか忘れていたが徐々に思い出す。

『はい。鑑定スキルがあれば魔力量や称号、適性のある属性などあらゆることが分かりますよ』

 エッヘンと自信満々にアリスは答える。

「まじか…」

『伝え終わりましたので私はこれで』

 ぶつんと通信が途絶えたようにアリスの気配がなくなる。

「まったく何だったんだよ。まあでもいいこと聞いたな。早速使ってみるか。《鑑定》」

 クロの目の前に一つの板が現れる。そこには様々なクロの情報が載っていた。

 名前:クロ、種族:ぬいぐるみ、称号:転生者、レベル:1、魔力量:九百/千、身体能力:皆無、魔法適正:全属性、スキル:翻訳・鑑定・アリス(○○)の加護、備考:見た目はかわいいが口は悪い・すごくモフモフ

 自身でも知らないような細かいことも書いていたがざっくりまとめるとこんな感じだった。

(身体能力皆無ってなんだよ!それに種族ぬいぐるみって俺以外にもいるの!?…備考は必要ないと思う…)

 予想外のことに頭を抱える。

「…ん?なんだこれ」

 クロの目に一つの言葉が目に留まる。スキル:○○の女神アリスの加護。

 それはあの女神アリスの加護だと思うが、その○○の部分が文字化けしているためクロにはわからない。

「一体なんだ?」

 そのかわいらしいクマさんの顔が眉根を寄せる。しかし、考えたところでわかるわけもなくすぐに考えるのを放棄した。

 クロは、今はそんなことよりも人間に戻る方が先だと屋敷にある書物をメイドたちに見つからないようにこっそりと読んでいくのだった。


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