エリカ様代理
月に二回のアインズ王子の視察は、定例となってしまった。そうなると、面倒なことを言われたり、願われたりする。
エリカ様が亡くなってからしばらくして、サラが取り巻きを連れて、畑作業をしている私の元にやってきた。
畑を踏み荒らされたことがあるので、私は慌ててサラの元にいった。決して、サラは悪気があるわけではないのだが、畑をただの地面と同一視している世間知らずなところがある。
「何か用ですか? 木の実の収穫でしたら、来週ですよ」
「そんな用事じゃないわ」
「甘味関係以外で、何か用があるのですか?」
孤児院では、甘味が足りない。だから、聖域近くの果樹園で取れる木の実を皆、狙っていた。サラ自身が来ることはないが、サラに言われて来る可哀想な子どもたちはたくさんいる。
我慢できなくて来たものと思っていた私は、他に用事があるだろうか、と考える。
「エリカ様、代わってあげる」
「………はぁ?」
「私がエリカ様になってあげるって言ってるのよ!」
「また、何をおかしなことを言っているのですか。シスターに叱られる前に、帰ってください」
「アンタ、何様よ! 生意気な口をきいて」
「エリカ様ですよ。サラが、そのような口をきいていい相手ではないでしょう。今の私は、王様よりも偉いんですから」
「だから何よ! エリカ様じゃなかったら、アンタなんか、今だって、洗濯女だったじゃない!!」
「まあ、色々と押し付けられたお陰で、エリカ様の暮らしは、辛くありませんよ」
昔の立場を持ち出しても、私も成長するものである。王子様を相手にしていることもあって、少しは度胸もついてきた。
手を出したいけど、手を出せない。周りの取り巻きも、エリカ様相手には、何も出来ない。
顔を真っ赤にして怒りに震えるサラは、まだ、動かない。
「だいたい、サラではエリカ様の暮らしなんて出来ませんよ。王様より偉くったって、庶民の生活ですよ。あなたに、洗濯も、炊事も、畑も、水汲みも、全て出来るのですか? それに、毎日のお勤めだって。万が一、聖域が汚れた時、どうするのですか?」
「出来ないわよ! 出来ないから、そういうのは、アンタにやらせて、私は、王子様が来る時だけ、お相手してあげるのよ」
まだ、諦めていなかったのか。呆れて、声にも出来なかった。
サラは、貴族に戻ることを諦めていない。ともかく、藁にもすがる思いで、アインズ王子に近づこうとしていた。
しかし、あまりにもべったりなので、アインズ王子の身辺警護をしている騎士たちから孤児院へ、強く注意がされた。そのため、シスターから、サラはアインズ王子への接近禁止とされた。
それでも、サラは諦めず、アインズ王子が来ると、止められても突進していく。閉じ込めても、取り巻きの誰かが出してしまう。
結果、アインズ王子が来る時は、サラにはシスターの監視がつく部屋に閉じ込められることとなった。
懲りない、めげない、諦めない、がサラだ。昔の栄光がどれほどのものか、私にはわからないが、大変なことになってしまっては遅い。
「アインズ王子とリスキス公爵夫妻、ロベルト様とちょっとしたお茶会をします。お茶会といっても、こちらにテーブルを置いて、自家製ハーブティと私お手製のパンケーキをご馳走するだけです。そこに、招待しましょう」
「わかったわ!」
「ただし、その日は私のいう通りにしてください。出来ない時は、退場となります」
「悪いけど、手が汚れることや、ナイフより重い物を持つなんて、出来ないわよ」
「大丈夫ですよ、いばりんぼうのサラにだって出来ることですから」
「ふん、見てなさい。本当の貴族ってものを見せてやるんだから」
サラはどこから出てくるのか、自信満々で帰っていった。
「どうして、私ばっかり」
問題事が次から次へとやってくることに、私はどっと疲れた。
それから数日後、アインズ王子とリスキス公爵、ロベルト様がやってきた。リスキス公爵夫人がいないことに、少し不安になったが、
「今日は、私から、素晴らしい発表があるんだ」
とリスキス公爵が上機嫌なので、少し、安心した。とても良いことがあるらしい。
さて、サラはというと、この日のために、取り巻きたちにお手製のドレスらしきものを作らせて、それを着てやってきた。
が、それはともかく場違いだった。
「サラ、普段着ているのでいいって言ったでしょ」
お茶会といっても、小屋の前でやるので、それぞれ庶民服を着てもらっていた。サラのドレスは中途半端なので、悪目立ちした。
「お茶会なんだから、ドレスが普通でしょ」
「貴族様のお茶会を知らない私に、出来るわけないでしょう。これは、エリカ様のお茶会です。今日は、特に汚れるようなことはしませんから、それで良いですよ」
「わかればいいのよ」
いばりんぼうサラは、まだ育っていない、ない胸を張って、当たり前のようにアインズ王子の隣りに行く。
「それでは、このエリカ様直伝により作りました椅子に座ってください。座り心地は悪いですが、壊れにくいですよ」
私が席をすすめると、それぞれ席につくかと思ったら、なんと、アインズ王子がサラのために椅子をひいてくれた。
「どうぞ、サラ嬢」
「ありがとうございます!」
大喜びで座るサラ。その彼女の両隣にロベルト様とリスキス公爵が座った。サラの真向いは空席で、その隣りにアインズ王子である。
サラを先に座らせて、アインズ王子から引き離す作戦だったらしい。ここに来る前に、三人で考えたのだろう。
リスキス公爵夫人が来る予定だった席は、リスキス公爵の隣りに空席となって残った。結果、私とサラは向かい合って座る形となってしまう。
「今日は、ハチミツも用意しましたので、苦いハーブティでも飲めますよ」
ホカホカのハーブティとお手製のアップルパイをサーブする。
「この時期にリンゴが食べられるのですか?」
「いえ。最近、森にすみ着いたらしい旅人さんが、私にプレゼントしてくれるんです」
「それは、大丈夫なの?」
王族としては、見知らぬ人からのプレゼントに、フォークを止めてしまう。
「それで死んだら死んだです。大好きなリンゴで死ねるなんて、幸せですよ」
私は気にせずアップルパイを食べる。うん、美味しい。実は、リンゴが大好物なのだ。
いつも甘味を持ってきても、下げ渡してしまうので、リンゴだけは独り占めっぽいことをしているのが、可笑しいみたいで、アインズ王子とリスキス公爵は小さく笑った。
「そんなに好きなら、今度、持ってこよう」
「私も」
「実は、このリンゴのお話には、続きがあります。毎日リンゴを一個ずつ持ってくるので、数日分をまとめてください、とおねだりしたんです。そうしたら、言われてしまいました。
一杯、リンゴをあげても、結局、一個だけとって、残りは孤児院に下げ渡してしまうからダメだって。というわけで、毎日もらうリンゴは一個なので、私が独り占めです」
「確かに、そうだな」
リスキス公爵はやっとアップルパイにフォークをいれてくれた。
「ここで、重大発表なのだが、よいかな?」
「はい、ぜひぜひ、発表してください」
移り変わりのない日々を送る私にとって、驚く発表は刺激である。
ロベルト様は知っているようで、微妙な顔である。アインズ王子は知らないようで、笑顔で「どうぞ」と促すだけだ。サラは、怪しいリンゴで作られたアップルパイを睨んでいる。
「実は、妻に子どもが出来たんだ」
「まあ、おめでとうございます! 素晴らしい!! お体のほうは大丈夫ですか? 経験を永遠にすることがないので、わかりませんが、とても大変だと聞きます。私、元気な赤ちゃんが生まれますように、毎日祈ります!!!」
とても良い話に、私は大喜び。
「それでは、ロベルト様はどうなるのですか?」
そこに、サラが現実的な話をする。
ロベルト様は、リスキス公爵夫妻に子どもが出来なかったので、養子に迎えられたのだ。跡継ぎが生まれれば、ロベルト様は必要ない。
じっと、私はロベルト様を見る。ロベルト様も、そのことをサラから言われ、義父になんと言えばよいのか、震えていた。
「私、養女にはなれませんでしたが、今でも、リスキス公爵のことをお父様、ととても呼びたいと思っています。お父様、と呼ぶのは違うような気がしますので、リスキスお父様、と呼んでよいですか? ロベルト様のことも、ロベルトお兄様、と呼んでよいですか?」
「………呼んでくれるのかい?」
「はい。そうすれば、私には、お兄様と、なんと、弟か妹が出来ます。どちらが生まれても、ロベルトお兄様は、立派に支えてくれます。妹なら、ロベルトお兄様と結婚させてしまえばいいじゃないですか。弟なら、よい教師になりますよ」
「今更、ロベルトを返すわけないじゃないか。ロベルトには、私たちの野望を叶えてもらわないと」
「義父上!?」
どんな野望なのかはわからないが、丸くおさまったらしい。
こうして、私は、血のつながらない父と母、そして兄が出来た。




