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聖女の代理人  作者: 春香秋灯
最果てのエリカ
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高貴なお友達

 エリカ様は私がエリカ様に選ばれて、たった一年で亡くなってしまった。

 長い年月でエリカ様を育てるのに、たった一年では、エリカ様になれるものか、と散々、嫌味を言われたが、大丈夫。

 結局、聖域の守り人なんて、心の持ちようで、特別なことなんてないことは、私自身がよくわかっていた。

 歴代のエリカ様は、エリカ様になるためのことしか知らないので、大変に感じるのだろう。それは、外側から見ている孤児院の子どもたちや大人たちも、そう感じている。

 でも、孤児院を知っている私は、エリカ様の役割はそれほど難しくない。

 むしろ、先代エリカ様からは過ごして一週間で合格をいただいた。

 門外不出のことなので、誰にも言えないが、大丈夫。


 だから、毎日、自然に感謝して、自給自足の生活を送っている。


「エリカ様、勉強に来ました!」


 アインズ王子が来なければ、普通の毎日だ。




 初対面から、私のほうは拒否ぎみだったが、アインズ王子は諦めなかった。一応「また、来ます」と言っていたが、それが一カ月もしない内に来るとは思ってもいなかった。


 王国には、五つの聖域が存在する。

 一つは、王都に。

 一つは、王国の中央都市に。

 一つは、東にある港町に。

 一つは、西にある山岳地帯に。

 そして、王都から一番離れた南の最果てに。

 王都は近いので、よく、王族の視察がされている。中央都市も、まあまあ視察されている。港町は、外との交易で使われるので、やっぱり視察がされる。山岳地帯は、狩りに使われることが多いので、視察が多い。

 残る南の最果ての聖域は、一年に一度、あるかないかで、王族の視察がある。というか、正直に言えば、王族ではなく、王族の代理人の視察があるくらい。


 だから、アインズ王子が二回目の視察に来た時は、村全体がお祭り状態だった。

 ともかく、王族が来るのは目出度いことらしい。玉の輿に乗れるかも、と女の子たちが可愛くなったりする。貴族に戻りたいサラなんか、ほかの女の子を牽制して、アインズ王子にべったりくっついたりしている。

 珍しい美味しいお菓子がもらえるので、小さな子供たちは大喜びである。

 王子の視察に戦々恐々としているのは、役人や貴族たちである。つい最近起きた処刑事件は、後ろ暗いことがなくても、恐怖を与えるには十分だった。


「エリカ様、今日は勉強に来ました。この畑の作り方を教えてください!」

 ちょうど、畑作業をしている時にきたので、断るに断れない内容である。前回は、リスキス公爵夫妻が来る約束だったので、畑作業をはやめに終わらせていた。

 先触れなしの突撃に、私は考え込む。

 ちなみに、アインズ王子の側近であり、リスキス公爵夫妻に養子に迎えられたロベルト様10歳は、寡黙に見守っている。リスキス公爵夫妻が、アインズ王子の味方っぽいので、ロベルト様も味方であろう。

「えーと、そうですね。今日は果樹園での収穫にしましょう」

「え、どうしてですか?」

「その服はダメですよ。汚れるし、怪我もしやすい」

 残念ながら、王子様の服装で、畑なんてやった日には、悲惨なことになる。その、着ている服だけで、畑の作物全ての高級品のほうが買えてしまうだろう。

 というわけで、畑作業は終了。急遽、木の実の収穫となった。


「絶対にやってはいけないことは、小屋が見えなくなるほど、奥に行かないように。奥には、聖域があります。万が一、聖域に入って、聖域が汚れてしまうと大変らしいです」

 どう大変なのか、実はわからない。汚れた時のことを知らないから。


 現在、果樹園周辺を警備している騎士たちも、教会のシスターや神官たちも、聖域が汚れることが、どうダメなのか、知らない。

 ただ、聖域が汚れたことで、王国が一度、滅亡しそうになったことは確からしい。

 それは、遠い遠い昔の話だけど、小さな子供でも知っている昔話である。


 孤児院では、小屋辺りに近づくことだけは許されている。時には、果樹園の収穫をそれなりにわかっている子どもたちに手伝ってもらうこともある。だけど、その奥の聖域に行けるのは、エリカ様だけ。


 簡単な注意事項だけで、木の実の収穫を簡単に終わらせた。


「では、今日はここまで。さようなら」

「え、もう終わり」

「ここでは、真っ暗になったら寝るだけです。灯りの燃料がもったいないですから」

 田舎では、これが普通だが、王子様にとっては、普通ではない。

 あまりに呆気ない勉強会であった。



 これでへこたれてくれれば、私もゆがむことがない毎日を送れたのだが、アインズ王子はなかなか根性があった。

 アインズ王子の視察は、月に二回、先触れつきで定期的に行われた。

 エリカ様の体調が悪い時もあり、余計なことなので、ご遠慮願いたい、と国王に手紙で訴えたところ、先触れつきとなった。

 そうして、一年も経てば、アインズ王子用とついでにロベルト様用の作業服も出来てしまったりする。

 エリカ様がお亡くなりになった頃は、アインズ王子が花を持って、慰めに来てくれた。

「人の死は、慣れていますから、大丈夫です」

「慣れているって」

「孤児院では、弱い子や、運のない子は死にます」

「あっ」

 孤児院の予算の横領のせいで、生きていられたかもしれない子どもたちは、運悪く死んでしまった。その死に目には、イヤでも立ち会うことが多かった。

 王家としても、あの横領については、苦い思いがあったのだろう。調査も審査も厳しくなってはいたが、失った命は戻ってこない。

「大丈夫ですよ。今は、みんな、お腹いっぱい食べられますから」

「私は、良い王になりたい」

「頑張ってください」

 王太子ではなく、第一王子と呼ばれるアインズ王子。国王になれるわけではない。


 王家は、なかなか複雑だ。アインズ王子は、第一王子ではあるが、正妃の子どもではない。国王には、正妃の他に側室は三人いる。

 正妃一人で十分なくらい、王妃は子どもをポンポン産んだのだが、婚姻当初は、どうなるのかわからないため、側室が三人いるのは、仕方がないことだった。

 側室の一人が妊娠する前に、王妃が妊娠していたお陰で、第一王子は正妃腹の子になるだろう、と王室は浮かれていた。側室は、運よく生まれると良いね、程度で放っておかれていた。

 しかし、運が悪いこともあるもので、側室が体調を崩し、一カ月も早く産んでしまった。しかも、生まれたのは男子であったから、王妃の怒りはすさまじいものだった。

 生まれてしまったものは仕方がない、と国王はなだめて、そして、皇太子を決めないことにした。

 それまでは、通例として、最初に生まれた男子が皇太子となっていたが、絶対ではないので、皇太子を決めなかったのだ。


 だから、アインズ王子が国王になれるわけではない。


 アインズ王子から受け取った花を代々のエリカ様が眠る墓に置いた。墓はあるが、そこにエリカ様はいない。エリカ様は亡くなると、聖域に埋められることとなっている。墓石は、亡くなったエリカ様を偲ぶために作られただけだ。

「エリカ様、お疲れ様でした」

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