妖精憑き
アタシの父ちゃんは下働き、母ちゃんは落ちぶれた男爵令嬢だったらしい。落ちぶれちまったので、父ちゃんが母ちゃんを連れて、田舎の山奥に勝手に住み着いた。
そういうのはダメらしいのだが、母ちゃんが人の目に入ると辛い、ということで、父ちゃんが山小屋を作って住んだ。
山小屋で過ごすことしばらくして、母ちゃんがアタシを身ごもった。山で赤ん坊と暮らすのは難しい、と思った父ちゃんが、山のふもとで暮らせないか、と山を行き来していたが、山の恵みが異様に手に入ったことから、そのまま、小屋で住み続けることとなった。
そうして、生まれたのがアタシだ。アタシは、エリィと名づけられた。本当は、この名前はダメなんだって。
聖地を守る人をエリカ様、と名づけるので、それに近い名前は子どもにつけちゃいけないことになっていた。
学もある元男爵令嬢だった母ちゃんは、知っているのに、あえて、エリィと名づけた。
こうして、アタシは父ちゃんと母ちゃんと三人で、山小屋で五年過ごした。
五年過ごす間に、母ちゃんには、いろいろと約束事をさせられた。
アタシは、妖精憑きというらしい。アタシにしか見えない聞こえないそれは、妖精というもので、アタシを守っているという。
アタシが母ちゃんのお腹にいる頃から、不思議と食べ物に困らなくなったそうだ。
妖精憑きではないか、と疑っていた母ちゃんは、聖女様によく似た名前をアタシにつけた。
そして、いくつか注意した。
妖精が見えたり、声が聞こえたりすることは、誰にも言わない
妖精の加護を利用しない
妖精の提案を絶対に受けてはいけない
母ちゃんは、妖精のことが詳しかった。何でも、母ちゃんの遠い先祖が、帝国の皇族とかで、子どもの頃から、教育を受けていたそうだ。
「お嬢様がいうことだから、間違いない」
父ちゃんは、いつまでも母ちゃんのことを男爵令嬢扱いだった。それをイヤがるのは母ちゃんで、家のことをやらせないようにする父ちゃんに、いつも母ちゃんが怒っていた。
「せめて、料理と洗濯は出来るようになりたいの」
「お嬢様は、エリィの面倒が大変でしょう。そういうことは、僕がやります」
父ちゃんは、誤魔化すのがうまかった。
誰のお陰なのかはともかく、食べることに困ることがない日々が普通に続くので、アタシはよく考えていなかった。
アタシのまわりだけは恵まれているが、外は、そこまで恵まれていないことに。
山奥でずっと父ちゃんと母ちゃん、そして、遊びに来る妖精たちと過ごすだけのアタシには、世の中なんて知りようがなかった。
父ちゃんは、定期的に麓の村に一人で行っていたが、アタシが大きくなったということで、母ちゃんも一緒に行くこととなった。
アタシは、妖精たちと大人しく留守番していた。
母ちゃんと一緒だから、足が遅いのだろう。帰ってこなかった。きっと、明日の昼には帰ってくる、とう思った。
次の日も帰ってこなかった。
それから一週間、帰ってこなかった。
山小屋のドアをドンドンと叩かれた。父ちゃんかと思って開けた。
外には、見知らぬ大人たちがいた。アタシを押しのけ、中に入ってきた。
「これはすごいな」
「これだけあれば、冬はこせるぞ」
勝手に持っていく大人たち。
「あの、父ちゃんと母ちゃんは?」
恐る恐る、聞いてみた。
大人たちの目が怖かった。
「おめぇの父ちゃんと母ちゃんな、山の獣にやられちまったよ」
『嘘よ!』
『大嘘つきだ!!』
アタシは妖精たちの言葉に、叫びそうになった。妖精は絶対に嘘をつかない。
口を塞いで、どうにかとどまった。
「こんなトコで一人でいるのは可哀想だ。ほら、俺たちと一緒に来い」
『行っちゃダメ!!』
『僕たちと一緒にいよう!!!』
妖精の提案を絶対に受けてはいけない
母ちゃんの言いつけの通り、アタシは、この見知らぬ大人たちに着いていくことにした。