第四王子
海の聖域の街を領地としていた貴族の選定は、なかなか難しかった。一度目の汚職の時に、一族郎党処刑され、新しくなった貴族はまたも汚職に手を染めていた。
次になる貴族は、簡単ではない。三度目となった時は、さすがの聖域も許してくれないだろう。
責任重大な領主は、王族から選ぶこととなった。
国王には、王女が二人と王子が四人いた。
第一王子は、王太子として、貴族には出来なかった。
第二王子は、叔父の跡継ぎとして、神官長となることが決まっていた。
第三王子は、王太子が万が一のことがあった時のスペアとなった。
第四王子は、体が弱いことから、表舞台に姿を見せなかった。
王女に養子をあてがうことも考えられたが、結局、体の弱い第四王子が公爵となって、海の聖域を管理することとなった。
第四王子は、体が弱くて、存在しない第四王女として育てられた。おしとやかになってくれれば良かったが、急に元気になった第四王子は、市井に交じり、女の恰好で、男の乱暴な言葉使いと、王妃を悩ませていた。
それも、無事、成人したことで、海の聖域の危機を救った、という手柄を持って、第四王子として、堂々と男の恰好に戻り、公爵となった。
「王子様、と呼べばいい?」
「しばらく、俺が保護者になるから、お兄ちゃんと呼べばいい。お兄ちゃんと呼んでみろ」
「おにいちゃん!」
「これから大変だ」
笑えばいい、と言われて、笑っているアタシに、おにいちゃんはいっぱいいっぱい、頭を下げた。
主に、アタシが悪いことをしてしまった相手に。
アタシは、自分の経験から、それが普通だったので、同じことを使用人たちやお客様たちにしていた。
石を投げて遊んで、侍女が怪我をした。
おにいちゃんが怪我した侍女に地面に額をおしつけて謝った。
ちょっといじわるなことをいうお客様を蹴った。
おにいちゃんがお客様に地面に額をおしつけて謝った。
アタシは悪いこととそうでないことの区別がつかなかった。だから、たくさんの間違いを犯してしまった。
「ごめんさい、おにいちゃん!!」
泣いて、おにいちゃんに謝った。本当は、石で怪我した侍女や、アタシが蹴ったお客様に謝らないといけないのに、おにいちゃんは、それを注意しなかった。
「お前が悪いことしたら、全部、俺が謝る。だから、悪いことだと覚えるんだ。わかったな」
犯してしまった間違いに気づかされるのは、後からのこと。それをおにいちゃんは優しく許してくれる。だから、もう二度と、同じことはしないように、と学んだ。
元王族で、貴族の頂点といっていい公爵が謝ることは大変なことだった。そのお陰で問題にはならないようにしてくれたのだと、後で学んだ。
貴族の学校みたいなところに通う話が何度も持ち上がった。だけど、アタシはおにいちゃんから離れたくなかった。
「俺の目が届かないとこで、何かしでかしそうで怖い」
「そういうと思いました。家庭教師もついていますし、何より、この姿を表に出すのは無理ですよ」
「???」
何がダメなのかはわからない。
おにいちゃんところで過ごすようになってから、鏡を見ると、どんどんと髪と目の色の赤さがなくなってきた。
赤さが薄くなり、今では真っ白みたいになっている。白い、と言ったら、おにいちゃんは、白銀だ、と訂正した。
「アイリスの色は、罪の色だったんだな」
「悪い事、いっぱいしていましたね。あまりに罪が多すぎて、海の聖域があるってのに、罪人の街、なんて言われちゃってますよ。殿下が統治してるってのに」
「実際、罪人の街だよ。あれで、処刑ではなく、期間限定の奴隷で済んだのが、温情なのか、生き地獄なのか」
王国は奴隷を禁止している。しかし、街では、アタシを奴隷扱いしていたことから、身を持って反省しなさい、と最果てのエリカ様に言われ、悪質な者たちは期間限定の奴隷となり、あちこちの都市へと送り込まれた。
その中には、偽エリカ様だったあの女の子もいた。
教会の神官やシスターも罷免され、奴隷に落とされた。
孤児院にいた子どもたちは全て、別の孤児院へと移動となり、海の聖域の孤児院がしばらく閉鎖された。
親を失った子どもが街に出ることもあったが、王国は、助けなかった。
全て、街の中で問題解決しなければならなかった。
現状を少しずつ学んで、でも、アタシはやられたことを忘れない。酷いことばかりされて、酷いことしかない街には、二度と、行くことはなかった。
「ねえねえ、おにいちゃんは、いつ、お姫様と結婚するの?」
キラキラととっても楽しい本をいっぱい読んで、ふと、そんなことを聞いた。
おにいちゃんは王子様なのだから、きっと、いつか、物語の中みたいに、お姫様と結婚すると思っていた。
「そうですね、もういい歳ですし、結婚しないと」
「じゃあ、お姫様、助けに行かないと! きっと、悪い魔法使いとか、魔王とかにつかまって、お姫様、困ってるよ!!」
「大丈夫だ。俺のお姫様は、もう、助けてあるから」
「そうなの? こういうのは、はやく結婚しないと逃げられちゃうって、皆言ってるよ!」
おにいちゃんは、何故かじっとアタシを見る。
「大丈夫だ、逃がす気はない」
アタシの手をぎゅっと握る。
「じゃあ、はやく、お姫様を捕まえに行って!」
「だから、捕まえている」
「??? アタシはお姫様じゃない」
おにいちゃん、アタシは、人間と妖精の間に生まれた子供だよ。




