新しい名前
最果てのエリカ様は、三日ほど、街の人たち全てに罰を与えてから、海の聖域を離れていった。
アタシは、聖域の近くを野営地にした第四王女に文字を教えてもらっていた。何も知らないところからなので、難しくて、何度も棒きれを投げた。それでも、優しく第四王女は教えてくれた。
最果てのエリカ様が去ると、街にあふれた騎士団は第四王女についていた騎士団を残して、全て、いなくなっていた。第四王女は、最果てのエリカ様を見送ると、お役御免となった、といっていた。
「ここも、これから大変だなー」
「まさか、また、エリカ様の予算を横領していたとは」
「二度目だから、次の領主が大変だ」
「本当ですね」
難しい話をしているので、口をはさまないようにした。
最果てのエリカ様が行った罰の後は、聖域は再び、真っ白な輝きに戻った。これが、アタシの記憶にない、綺麗な白だった。
「アタシが祈っても、全然、白くならなかったのに」
「他の聖域も、赤かったりした事があったんですよ。それは、エリカ様の予算を横領の告発で、一気に赤から白へと戻っていったそうです。ここが赤かったのは、反省がなかったからでしょうね」
街全体で、過去の過ちに何も学ばなかった。
「とんだ街だな。先代エリカ様まで殺したんだから、もう、救いはないな」
「最果てのエリカ様が罪人の証の焼き印を押したのですから、この街は、晴れて罪人の街となってしまいましたね」
最果てのエリカ様は罰を与えた全ての人に、最後、体のどこかに焼き印を押した。それは、一生消えることはないという。
街は、静かになった。聖域を見張る男たちもいない。港には、あの、帝国の大きな船が停まっているのが、まだ見えた。
帝国の船が来た時は、お祭り騒ぎだったように思う。それが、今は、街全体が息をひそめている。
「アタシ、これからどうすればいい?」
聖域を離れられることにはなったけど、これからのことがわからない。
何も学んでいなかった。先代エリカ様が生きていた頃でも、文字をどうにか覚えようとしたが、その矢先に全てを失った。
学んだことといったら、どうにか殴られたりしないように、頭をさげたり、我慢したり、言われた通りに靴をなめたり、といったことである。
それも、第四王女がいうには、もうしなくてもいい、という。
「妖精の子どもを放置するわけにはいかないなら、俺が一時的に保護しよう」
「いけません、一時的なんて。最果てのエリカ様は、黒い妖精に”一生”と約束したと言いましたよ」
「それはそうだが、ほら、いつかは誰かと結婚するかもしれないだろう。そうなると、そこはほら、責任もって、後ろ盾にはなるさ」
「………知りませんよ。後で、絶対に後悔しますよ」
側近の男は、アタシの顔から足のつま先まで見て、深いため息をついた。時々、男たちが値踏みするみたいに見てくることがあるが、それとは違う見方だった。
「俺ももうそろそろ成人だし、貴族になること考えないとな。王族の仕事は、兄貴たちがしっかりこなしてくれるし、もう、こういうことをすることもないだろう」
「王女様、貴族になるの?」
「そうそう。だから、お前も貴族みたいになるんだ。そうだ、名前どうする? エリカ様扱いされてないから、エリカは馴れないだろう」
名前自体、呼ばれたことがない。
先代エリカ様は、優しく呼んでくれた。でも、それからは、誰も呼ぶ人はいない。
「エリカ、いや」
悪い思い出しかない名前だから、そう呼ばれたくなかった。
「んじゃ、俺が決めちゃうか。花の名前だけどアイリスでいいだろう」
「うん、アイリス!」
響きが気に入った。




