高貴なお客様
貴族の養女になれなかったが、それでもリスキス公爵との縁が途絶えることはなかった。私のことを気に入って、月に数回、面会に来てくれた。もちろん、孤児院への援助も定期的に行ってくれた。
その日は、リスキス公爵夫妻が、珍しくそわそわと外を見ていた。
歴代のエリカ様が過ごす小屋に、リスキス公爵夫妻をお招きしていた。お貴族様にとっては、狭くて小さくて、物がごちゃごちゃしている所で、申し訳なくなるのだが、公爵夫妻からの要望なので、仕方がない。
お手製のハーブティーをご馳走して、世間話をしていると、外が騒がしくなって、お昼寝していたエリカ様が驚いて、目を覚ました。
「騒がしいねぇ」
「見てきます」
最近、あまり調子が良くないエリカ様は、ベッドで寝ていることが多くなった。
外に出れば、どこかの高貴な貴族の子ども二人がやってきた。離れた所に、護衛らしき騎士が数人、辺りを警戒していた。
畑や果樹園が珍しいのか、子ども二人はジロジロと見まわしながら、小屋の前にやってきた。
「突然、すまぬ。視察に来たのだが、エリカ様に会えるだろうか」
「エリカ様は体調を崩されて、お休みになっています」
「あ、いや、次代のエリカ様に会いに来たんだ。次代のエリカ様は、あなたで間違いないか?」
「そうですが、あなたは、誰ですか?」
どれほど高貴な人であっても、エリカ様が上である。名乗りもしない相手に、私のほうが警戒した。
ざわり、と周りが殺気立ったが、この、子どものくせに、いかにも身分が高そうな男の子が目くばせするだけで、ぞわっとするものがなくなった。
「失礼した。わたしは、アインズ。一応、この国の第一王子だ」
「失礼しました。私は、エリカと申します」
エリカ様にものすごくしごかれたカテーシーでご挨拶する。孤児だけど、王侯貴族に接することがあるため、簡単なマナーは叩き込まれていた。
「あ、いや、そういうのは必要ない。私はたまたま、こちらに視察に来ただけで、邪魔するつもりはなかった。ただ、リスキス公爵から、次代のエリカ様について、色々と聞いていて、見てみたかったんだ」
「そうでしたか」
リスキス公爵夫妻は、今日、アインズ王子が来ることを知っていたようだった。
リスキス公爵夫妻は、アインズ王子の側近に、養子として迎えた子どもをつけている、という話も聞いていた。
アインズ王子より一歩下がって立つ男の子は、どこか、リスキス公爵に似ているところがあった。
「すみませんが、私はもう少しでお役目があります。視察でしたら、孤児院のほうをお願いします。こちらの孤児院は、王都から離れているので、足りないものが多いと思います」
言葉裏に、横領されているかもね、と含ませて、退場を願った。正直、王子様の気まぐれに付き合う気はない。
アインズ王子は、全く歓待されないことに、驚いた。表情に出てしまうところは、まだまだ子どもである。
「あの、その、エリカ様は、足りないものは、ありませんか?」
「私たちは、お金がなくても、この通り、食べていくことが出来ます」
畑や果樹園を見れば、食べるのに困っている風はない。
「それでは、着る服とかは」
「孤児院に寄贈されるものをそのままいただいています。古くなれば、布に戻して作り直しますから、大丈夫です。あと、私たちは聖域を離れられませんので、貴金属は必要ありません」
見た目ボロボロの服だが、離れられない私には、綺麗な服は必要ない。
「そうだ、お菓子を持ってきました。良かったら」
「甘味はなかなか得られませんので、小さい子どもたちにあげてください。私は、小さい頃にいっぱい、いただきましたので、十分です」
シスターや神父は、お菓子は全て、孤児院に下げ渡していた。エリカ様も食べることなく、下げ渡していたので、私が食べるわけにはいかない。
「あの、その、畑を手伝いましょう」
「今日の分は終わってます。しつこいですね。さっさと帰ってください。孤児院では、複数でやることですが、ここでは、一人で作業することがほとんどです。体験をしたいなら、孤児院に行ってください」
ともかく、お帰り願いたい。私個人としては、アインズ王子のお相手より、リスキス公爵夫妻と話しているほうが、楽しい。
全く相手にされない上、邪険にされてしまったが、「また、来ます」と肩を落として、アインズ王子は孤児院のほうへと歩いていった。
「あらあら、可哀想に」
「もう少し、子ども同士の付き合いを覚えないとな」
アインズ王子ご一行がいなくなってしばらくして、リスキス公爵夫妻が小屋から出てきた。
「ここは、友達を作る場所ではありませんから」
「本当に残念だわ。エリカ様になっていなければ、私たちの娘になっていたのに」
「本当に残念だ。きっと、アインズ王子とよい友達になれただろうね」
「友達なら、孤児院で作ればよいのですよ。あそこには、アインズ王子と年頃が近い子はたくさんいます」
「そう簡単にはいかないのだよ。ほら、貴族になりたい娘がいるだろう」
「ああ、なるほど」
公爵夫妻が言いたいことを私はやっと理解した頃、孤児院のほうでは、女の子の高い声に、大人の何から物々しい怒声が響き渡った。