しばしの別れ
この抜き打ちの視察は、長かったような気がする。結局、第四王女は、野営のまま過ごしていた。
貴族が何度も何度も来たが、聖域の近くから離れない。聖域を見張っていた男たちは、第四王女が連れてきた騎士たちに追い出されていった。
「あんなに傷だらけだったのに、もう治ってるぞ。ほら、見ろよ」
「あの赤く光る場所に、何か力があるのでしょうか」
「俺たちと一緒にいるのに治ってきてるんだから、そうじゃないだろう」
毎日、あざやら傷やらの治りを見ている第四王女と、その側近の男(と後で紹介された)が、アタシの傷の治りの早さに驚いていた。
「それで、尋問はどうだった?」
「なかなか、この街の闇は深いようです」
あれから、拘束された男たちは、第四王女が連れてきた騎士たちによって、聞き取りをされていた。どういう聞き取りだったのか、当時は知らないが、後で聞いたら、ふーん、となった。別に大したことではなかった。爪をはがされたり、とか、焼いた岩に座らされたり、とか、痛いやつだった。目まで抉られたアタシにとっては、大したことではない。爪だって、抉られたことはよくあったので、大したことではなかった。
「はあ、この子を置いていくなんて、俺には出来ない。連れていこう」
「ダメです。今回は、帝国のお迎えと、帝国のお姫様の移送なんですから」
「でも、俺が離れたら、一人になっちゃうじゃん。護衛だって、置いてけないだろ?」
「それは出来ないですね。あなたを売った親はわかりますか?」
優しく問いかけてくる側近の男。いつも優しいので、頑張って答えたい。
「とうちゃん、いつも、金持ってどっかいく。アタシのこと、金のなる木、ていってる」
本当のことを答えると、第四王女と側近は、両側からアタシをぎゅっと抱きしめてくれた。正解を答えられたようで、良かった。
「じゃあ、今はどこにいるか、わからないか」
「? 死んだ、ちょっと前? もっと前かも。海に落ちて、死んだ」
街のやつらが言っていた。いつなのかは知らないが、とうちゃんが死んだ、と街の男たちが言っていた。
親としての情がないので、悲しいとかはない。先代エリカ様が亡くなった時は、ものすごく悲しかったが。
まだ、ぎゅっと抱きしめられた。苦しいけど、とても嬉しい。
「お母さんは、どうしていますか?」
「おかあさん? 何それ。いない、ずっといない。知らない」
そういうものの存在を先代エリカ様も教えてくれなかった。
海に、大きな船がやってきた。その報告を受けて、第四王女は立ち上がった。
「本当は、お前を連れていきたいけど、ごめんな」
「どこ行くの? ここにいて!」
第四王女がいることで、アタシは酷い目にあわなかった。それが幸せで、アタシは離れたくなかった。
何か役目があった第四王女はとても困っていた。縋りついて離れようとしないアタシに、どうしようかと側近の男と顔を見合わせる。
「とりあえず、王都と中央都市に早馬を走らせろ。あと、帝国にも相談しよう」
「そうですね。我々だけでは、手に負えませんね」
「アタシ、何でもやる! 靴だって舐める!! 腐ったパンだってかまわない!!!」
「………あいつら、死ねばいいのにな」
「ごめんなさい! アタシが悪い!!」
「悪くない。ほら、泣くな」
「ごめんなさい、止まらない」
泣かないように頑張っても、涙が止まらない。どうしようもないアタシの両手を握って、第四王女は腰をかがめて、アタシを見た。
「アイツらは、あの赤く光ってるとこには入らないみたいだから、そこに逃げろ。俺たちは、一日でもはやく、ここに戻ってくる。絶対に戻ってくるから、信じてくれ。戻ってきたら、俺たちと一緒にここを離れよう!」
「ほんとうに?」
「絶対だ。だから、逃げろ。いいな」
「うん!」
信じてはいなかった。嫌われたくなくて、頷いた。
笑っていると、第四王女は喜んでくれた。側近の男は優しく頭を撫でてくれた。それが、とても嬉しいので、笑うしかなかった。
そうして、第四王女と側近の男、そして、彼らについていた騎士団が帝国の者たちといなくなると、聖域はどす黒いと言われてしまいそうなほど、赤く輝いた。