エリカ様代理
ある時、王侯貴族が聖域に慰問に来るようになった。そうなると、アタシを見せるわけにはいかない。
そこで、アタシと年頃が同じの娘を、一時的にエリカ様、と偽った。
「こんな埃っぽいところ、なんで私が」
「しばらくの辛抱だぞ。これが終わったら、好きなもの、買ってやるからな」
豪商のまあまあ見目がよい娘をエリカと名乗らせた。
この年は、豊漁であったため、どこの家も豊かだった。そこに、慰問で王侯貴族がお金を落としていくから、お祭り騒ぎとなった。
一方、アタシは、聖域から一歩も出るな、と言われて、出ないようにしていた。間違って出てしまった時は、殴る蹴るの暴力を受けた。
メシも二日に一回、三日に一回と、忘れ去られていたため、いつもひもじかった。
聖域から見える街の灯りは、いつも綺麗だった。聖域からこっそり見て、羨ましかった。
メシが抜かれるようになってから、聖域に、生きた魚がぴょんとアタシの前に飛び出してきた。生きた魚は、一生懸命跳ねて、海戻れない。気の毒なので、海に戻しても、また、アタシの前に戻ってきた。
「これ、食べていいの?」
アタシのメシは全て、街の奴らから与えられるものだけだった。だから、食べていいのか、わからなかった。
食べ方だってわからない。だけど、腹は減った。だから、そのままかぶりついた。
「いてっ!」
鱗をとるなんて知らなかった。それが口の中でジャリジャリしていて、食べられたものじゃなかった。砂で汚れている部分もあった。
そういうことが一日に何度もあって、アタシは学んだ。
鱗を食べないようにすることを。
砂は海水で洗い落とすことを
そうして、アタシは生魚を食べて、飢えをしのいだ。
どんどんと聖域は赤くなってくる。この頃には、祈るのをやめていた。祈ったって、どんどん赤くなっていく聖域。
どうせ、殴られる。だったら、祈らない。
毎日、魚が、食べて、またくるのを待って、それをどうやって食べようか、と悩んだ。
「おい! エリカ様が、お前の食事を恵みにきたぞ!!」
珍しく、聖域の近くから呼ばれた。出るなと言われていたので、出なかったら、さらに怒鳴られたので、慌てて出た。
あの、エリカ様を偽る豪商の娘が、かびたパンを持ってきていた。
「ほら、頭下げなさい」
アタシを蔑む豪商の娘。
「いらないっ!」
もう、パンなんて必要なかったので、アタシは拒否した。
それが気に食わなかった豪商お娘は、パンをアタシに投げつけた。
「なんて生意気な!! この私がわざわざ持ってきてやったってのに、なんて態度なの!? もういいわ。私、エリカ様の代わりなんてしてやらないから」
「こらっ! お嬢様に頭を下げろ!! お嬢様、有難がっていますよ」
無理矢理、頭を下げさせられる。それでも気に食わない豪商の娘は、アタシの頭を踏みつけた。
「哀れなアンタにパンを恵んでやってるのよ。有難く、今すぐ食べなさい」
「いやだっ!!」
「大丈夫です、食べさせます!」
男たちが複数で、アタシの口に無理矢理かびたパンをつっこんだ。食べなければ、殴った。
結局、アタシは食べるしかなかった。