そして、エリカ様になった
私の養子縁組の手続きが終わろうとした頃、エリカ様が突然、孤児院にやってきた。
その日は、酷い嵐で、子どもたちは皆、建物の中で大人しく遊んでいた。
ずぶ塗れのエリカ様がやってきて、神父もシスターも驚いていた。
「エリカ様、風邪をひいてしまいますよ」
「次代のエリカ様の夢を見た」
「夢、ですか?」
心配する神父とシスターは、エリカ様の言葉に首をかしげた。
次代のエリカ様は、決まって、生まれて間もない赤ん坊があることが決まっている。しかも、親のいない孤児である。親のいる赤ん坊を”エリカ様”にするのは、体裁が悪いので、孤児と決まっている。
だいたい、エリカ様が、もうそろそろ、と思った頃に次代を決める。神託とか、そういうものはない。エリカ様が元気なうちに、次代のエリカ様を育てるのだ。
孤児院には、常に乳飲み子がいる。孤児院はほかにもあるのだが、五つの聖域では、次代のエリカ様が必要なため、常に乳飲み子が集められていた。それだと、孤児の数が偏ってしまうので、一歳になると、元の孤児院に戻されていた。
その日も、赤ん坊から次代が選ばれるだろう、と子どもたちは他人事のように見守っていた。
ところが、エリカ様はわき目もふらず、赤ん坊ではなく、子どもたちのほうへ向かってきた。
そして、私の前で止まった。
「今日から、お前はエリカ様だよ」
「どういうことですか!?」
「こんな大きな子供はエリカ様になれませんよ!!」
「夢で見たんだ。この子はエリカ様だ」
「でも、この子は養子に」
「ワシがいうことは絶対。さあ、今からワシと暮らすんだ。時間がない。すぐにでも教えねば」
鬼気迫るエリカ様の様子に、子どもたちは大泣きした。
私は、なにが起こっているのかわからないが、すがってくる子どもたちを神父とシスターによって引きはがされ、孤児院から連れ出された。
容赦なく降る雨の中、教会裏の小屋に連れていかれた。
それから、私の名前は”エリカ”となった。
リスキス公爵夫妻は、この事に、抗議した。孤児院にも、国王にも、エリカ様にも。
しかし、エリカ様の決めたことは、絶対だった。
支援をなくす、と脅され、教会は困ったが、エリカ様がどこで知ったのか、これまでの不正を国王に告発し、これまで足りなかった資金は潤沢となった。
国王はそれでも、エリカ様をいさめようと、わざわざ最果ての聖域までやってきた。
「こんな大きな子供では、純真な者にするのは難しかろう」
「夢を見たんだ。この子こそ、エリカ様だ」
「聖女様の生まれ変わりとでもいうのか?」
「違う。この子はまだ、ここから動かしてはならぬ。それ以上は話せぬ」
前例のないことで、国王も困った。しかし、エリカ様は名目上では、国王よりも上の存在である。
聖域から動けないエリカ様が、遠い地で起こった不正を告発するなんて、神がかりなことが起こってしまっている。
こうして、私は貴族への養子縁組がなくなり、エリカ様となって、聖域の守り人として生きることとなった。
この話には、まだ続きがある。孤児院へは毎年、決まった資金が王都から送られているのだが、悪い役人や悪い貴族が横領して、足りないことが普通だった。
最果てのエリカ様がこの横領を告発したことで、国の調査が入り、横領した役人たちや貴族たちは処刑された。
処刑とは、とても大事だな、と驚いたのだが、横領したモノが悪すぎた。
五つの聖域の守り人を立てる時に、それぞれのエリカ様の予算が毎年、それぞれのエリカ様に与えられていた。
エリカ様は、聖域から離れられない。自給自足の生活をして、必要最低限の物は現物で支援されているので、お金を使うことがあまりなかった。なので、残った予算はそのまま、次年度に孤児院へ寄付していた。
全てのエリカ様がそうしているので、悪い役人や貴族が、エリカ様の代替わりに、こっそり、エリカ様の予算を孤児院の予算へと混ぜて管理して、そのまま横領していたのだ。
随分と長い年月の横領だったため、悪質となり、一族郎党となった貴族が多数出た。
この横領事件に、サラの叔父一家も関わっており、叔父一家だけでなく、叔父の親戚筋まで処刑された。
伯爵家で生き残ったのは、孤児院に追い出されたサラだけであった。
「私、また、貴族に戻れるのね!」
それを知ったサラは大喜びだった。
「良かったね、サラ」
「困ったことがあったら、雇ってあげるわ」
周りの子どもたちは、サラが貴族に戻れることを喜んだ。
しかし、サラは貴族に戻れなかった。
貴族というものは、足の引っ張り合いばかりしている。一度、落ちたサラを掬いあげる貴族はいない。
泣いて、「どうして!?」と叫ぶサラに、シスターはいった。
「サラのご両親も、この横領に関わっていたことがわかったのよ。本当は、サラも処刑される話も出てきたのだけど、孤児院にいることから、見逃してもらえたのよ」
「う、ううっ」
「生きていれば、きっと、いいことがあるわ」
シスターはサラを抱きしめた。




