エリカ様、引退を考える
もうすぐ25歳を越える頃には、私が保護した貧民の子どもたちは、全て、一人立ちしていった。毎日、ちょっとしたトラブルや相談事を惰性で解決するだけで、私自身の立ち位置は変わらない。
カイトの噂は、本友達のヤナからちょくちょく聞いていた。貴族になって、なんと、騎士団に入団したとか。貴族家は、妹のアナが婿をとって継ぐことが決まったそうだ。
突然の貴族に、大変だったろうが、国王だけでなく、中央都市のエリカ様が後ろ盾となっていることから、いらぬちょっかいはなかった。教育のほうも、王家が責任を持って行ってくれたし、領地経営は、専門家がついている。至れり尽くせりである。
カイトは、諦めることなく、私に手紙を送ってきた。噂よりも詳しいと思っていたのだが、本人、手紙には私への愛を語るだけで、近況は書かなかった。結果、他人から知るなんて、バカバカしいこととなる。
「騎士団に入ったくらい、書いてくれればいいのに」
「相変わらず、すごい愛の手紙ですか」
「すごいですよ、見せられませんが」
離れると、妄想激しくなるらしい。私のことを書いているのだけど、読めば読みほど、誰これ? と私が首をひねりたくなる。
「アナちゃんからも手紙貰ったんだけど、バラ派を広めたいのに、お兄ちゃんが邪魔するって」
「いけませんよ、そういうの。人の好みを否定しては」
未だにバラ派とかユリ派とか、意味はわからないが、否定するのはよくない。
「それで、エリカ様は相変わらず、カイトから本を送られてくるんだ。お金あるから、すごいいっぱいだね」
「シスターの許可って、緩くないですか? 読みますけどね、読んだ後なんか、本当に悶絶するしかなくて」
ヤナは忙しいだろうに、私の気晴らしの話し相手になってくれる。いい人だ。
ヤナは婿をとって稼業を継いでいる。アナといい、ヤナといい、女性は逞しい。
見習わなければ、と一人、未来永劫独身の私は、今後のことを考えそうになってしまう。
「もうそろそろ、次代のエリカ様選びをしなきゃ」
「え、もう? 先代って、かなりおばあちゃんだったよね。覚えてるよ。まだまだ大丈夫だよ」
「私はあまり、体は強くないですから」
「少しは運動したほうがいいよ。あと、もう少し食べるとか。手伝おうか?」
「ありがとうございます。もう少ししてから、生活改善してみますよ」
ヤナの申し出に、お礼をいうが、言葉裏には拒絶する。そういう問題ではない。
図書館から外部の人がいなくなると、王都から派遣された医師がこっそりやってきた。私は、椅子を回転させて、医師に足を見せた。
私には、足首より下がない。昔、聖域を無断で離れたことで、罰として、切断されてしまった。逃げたわけではない、と泣いて言ったが、聞き入れてもらえなかった。
切断した兵士の腕は、お世辞にも良くなかった。何度も何度も剣を叩きつけて、私に恐怖以上の苦痛を与えた。
さらに、処置がうまくいかなくて、感染症を起こし、しばらくは寝込むこととなった。熱が下がり、食欲も人並になるまで回復する頃、異変に気づいた。
足に、全く、感覚がなかった。動かそうとしても動かない。触っても、触った感覚がない。
結果、私は一生、歩けなくなった。歩けないだけでなく、女性としての機能もなかった。
一生を介助なしでは生きていけない私は、エリカ様に選ばれたこともあって、諦めるしかなかった。
そこで、終わればよかったのだが、それでは済まなかった。
感染症は完全にはおさまっていなかったらしく、切断されたところから、足がどんどんと腐っていった。
今は、膝の辺りまで変色している。
切断すれば助かるだろう。しかし、私には、足を切断された恐怖が残っていた。痛みもなかったので、そのまま放置していて、手遅れになってしまった。
「麻酔をするので、切断しましょう」
「イヤです」
「消毒もしっかりやります。だから、切断しましょう」
「死んだほうがマシです」
私は震えて泣いた。あの恐怖は、味わった者しかわからない。医師は簡単に言うが、斬られるのは私だ。
医師には、強制は出来なかった。ただ、消毒をして、薬を処方して、また来ます、と次の日程を決めるだけだ。
いつ死ぬか、なんて考えるようになると、跡継ぎを決めないといけなくなる。シスターに孤児院の名簿を持ってきてもらった。
一時期は多かったが、今は少ない。少ないというのは、とてもいいことなのだが、跡継ぎを選定するには、向かない。
だいたい、たくさんの人数が必要となる選定だ。たった五人では、どうしようもない。
どうしようかなー、と悩んでいるところに、朗報がきた。
なんと、最果てのエリカ様は、帝国のお姫様だと発覚した。
最果てのエリカ様の計らいで、帝国は、聖域の儀式を開示することを決定した。お陰で、それぞれの聖域は、エリカ様が必要なくなった。
「私もお払い箱かー。どうなるかなー?」
両足が使えない私は、どこが面倒みてくれるのやら。
最果てのエリカ様が訪問するまで、そればかり考えていた。




