強制的な別れ
処刑ラッシュが過ぎると、今度は廃止となってしまった貴族の爵位と、おさめていた領地の問題が上がってきた。
こういうのって、宰相とか、もっと上が頑張って、貴族権益みたいなのでガチガチに固めたり、とかワハハウフフみたいなことしてくれていいのに。
そういうわけにはいかないのが、侯爵家以上の家門である。一応、調査をして、血族が市井にいるようなら、保護して、貴族に戻ってもらうことだってある。
これ、遠縁でいいじゃん、と言われそうだけど、その遠縁も甘い汁をすすっていたせいで、一緒に処刑されている。なので、血縁探しはしなければならない。
中央都市にも、そういう依頼が王都からきていた。いい加減にしていいはずなのだが、そういうわけにもいかなかった。
私が成人前に中央都市の近隣から親のいない貧民の子どもをあらかた孤児院へ引き取った。そのさいに、教養とかを試験して、ちょっとこれは? という子どもがいたにはいた。
それは、カイトと彼の妹アナである。
最初は口も悪かったが、それは、貧民として舐められないようにするためで、孤児院に引き取られると、育ちの良さで、すぐに口調がよくなった。
これは、どこそこの貴族の落としだねではないか、と疑ってはいたのだが、そういうのは、見つかると殺されたりするので、あえて、調べないようにしていた。
が、ここにきて、そういうわけにもいかなくなって、私は調査をすることとなってしまった。
といっても、調査するのは神官やシスター、それのプロたちであるが。
私がやることは、成人したけど、まだ、孤児院にいるアナから話を聞くだけである。
もう、兄の介助なしで杖をついて歩けるアナは、杖をコツコツとならして、図書館に来てくれた。
「すみません、アナ、忙しい時に」
「いえ、全く忙しくありません。兄を呼んできましょうか?」
「いりません! 変な気をきかせないでください!!」
アナは兄思いが過ぎるようで、私とカイトの仲を取りもとうとしている。やめて、お願い。
近くの椅子に座らせて、「思い出したくないと思いますが」と子どもの頃の話を質問した。
「アナは、ご両親のことを覚えていますか?」
「朧げながら。とても仲が良くて、私たちを捨てるような人ではなかったと思います」
「どうして、いなくなったか、わかりますか?」
「兄から聞いたのですが、実家に呼ばれたそうです。どこなのかは、私も兄もわかりませんが、手紙がきたんです。残念ながら、手紙は両親が持っていってしまって、残っていません」
「そうなのですか。何か、話していましたか?」
「兄がいうには、二三日で帰ってくる、という話でした。ところが、一週間経っても帰ってこなくて、家賃も払えなくて、借家を追い出されてしまいました」
「そうだったのですか。本当に大変ですね」
「こうしてエリカ様に助けていただけたのですから、感謝しかありません」
「お願いですから、感謝から恋慕につなげないでください、と兄に言っておいてください」
「………」
どさくさにまぎれて、お願いしてみたが、アナは笑顔で拒否した。
妹のアナに聞いたので、兄のカイトには聞き取り調査はする必要はない。私がそう判断したのだけど、
「全て、兄から聞いた、になってるじゃないですか。カイトにも聞きましょう」
シスターは勝手にカイトを呼んできた。やめてぇー。
そして、すぐ、カイトはやってきた。
むちゃくちゃ走って。
「エリカ様、どうしましたか!? 何かよからぬことでもあったのですか!!」
どういう呼び出しをしたのだろう? これは、伝言ゲームの弊害なのだろう、と予想した。
人が間に入れば入るほど、伝言は崩れてくる。最初は、「エリカ様がおよびです」だったのが、「至急、エリカ様のもとに来てください!」と変わっていったのではないだろうか。
全速力で走ったらしく、机の前で脱力するカイト。神官に水を用意させ、退出してもらった。二人っきりになるのはまずいけど、耳は少ないほうがいい。
水を飲んで、どうにか落ち着いたカイトは、汗をタオルで拭きながら、私の隣りに座る。
「いえ、あっちです」
「近いほうが、盗み聞きされないですよ」
アナに聞いてはいたようである。呼び出しの理由、わかってるなら、走らなくてもいいのに。
「人払いはしてありますから、大丈夫です。向かいに座ってください」
「あまり、聞かれたくない内容なので」
どうやら、カイトは両親の事情を知っているようだった。それなら、仕方がない。諦めるしかないが、近すぎる。
「だいたいの話はアナから聞きました」
「なんで、今更、妹のことを名指しで」
「茶々いれないでください。それで、あなたのご両親は、どういった立場の人だったのですか?」
「俺が、親父から聞いた話だから、本当かどうかはわからないけど、親父は、さる貴族家の次男だったらしい」
ものすごく、大変な話だった。
カイトのご両親は、もともと、貴族家の次男と下働き女の関係だった。貴族なので、跡継ぎは長男がなるものなのだが、これがダメでクズだったらしい。結果、スペアである次男にも跡取り教育を施された。
長男よりちょっとできるくらいだったら、問題にはならなかっただろう。ところが、次男は文武両道でかなり優秀だった。長男は立場を危ぶみ、あらゆる嫌がらせを次男に行った。
最初はノートが破られたり、教科書が隠される、なんて程度だった。それが、どんどんと馬車の車輪を傷つけられる、料理に薬が盛られる、と命に関わるものへと発展していった。
次男は命の危険を危ぶみ、下働きの女と家出した。下働きの女は、幼い頃は次男と普通に遊んでいる間柄だった。表向きは愛の逃避行、という名目で、下働きの女には、金を渡して別れるつもりだった。
しかし、情が通ってしまい、二人は夫婦となり、隠れるように中央都市の貧民街で暮らして、二人の子どもにも恵まれた。
貧民街の生活にも馴れて、平和に過ごしている所に、今更ながら、父親の訃報を知らせる手紙がきたのだ。
手紙には、一度、会いに来い、みたいなことが書いてあったらしく、居場所もバレてしまっているので、子どもを残して、実家に戻り、そのまま戻ってこなかった。
「うーん、それは、もう、死んでますね」
「借家で待っていたのですが、家賃が払えなかったので、追い出されてしまって、それっきりです。戻ってきたら、探してくれるほどの情はある両親なので、そうだと思います。アナには、その話はしていませんが、なんとなく、察していると思います」
時系列を紙に書いて、だいたいの事情は理解した。ここまですれば、貴族であれば、どこの誰かがわかる。
「今は当主で、その弟が死亡、もしくは社交界で見かけない人をかたっぱしから探せば、わかりますね。調べてみましょう」
「調べなくていいです! 俺もアナも、今更、貴族になりたいなんて、思っていません」
「別に、あなたたちのために調べるわけではありません。王命なんですよ。貴族の落としだねっぽいのがいるか、調べてくれっていう。あなたの意思なんて、無視です」
カイトもアナも、今更なので、拒否されるのはわかっていた。本当に面倒臭い。
王命なんてものを突き付けられて、カイトは黙り込むしかなかった。
「考え方をかえましょう。貴族になれば、可能性が広がりますよ」
「エリカ様と結婚できますか?」
「出来るわけないじゃないですか」
「じゃあ、貴族はアナにまかせます。俺は、エリカ様の傍にいます」
どさくさに紛れて、カイトは私を抱きしめる。
抵抗したが、男の力に勝てるはずがない。それ以上をしてこないので、私はそのままじっと離れるのを待った。
結果は、ものすごくはやくわかった。下働きの女と駆け落ちした、という醜聞は貴族界では語り草になっていた。真実の愛、というものは、女の人は大好物だ。
そして、なんと、カイトの父親のご実家は、一族郎党処刑された侯爵家であった。お金も領地もいっぱいである。
王家の仕事はとても早かった。騎士や貴族を連れてきて、カイトとアナを確保した。
往生際の悪いカイトは、なんと、私がいる図書館で籠城しようとした。それを裏切ったのは、私である。
「エリカ様ー、絶対に戻ってきますから!!」
「はいはい、立派になったら、寄付でもください」
私は無常にも、手を振って、カイトを見送った。




