バラとユリ
しばらく、私はベッドから起き上がれなくなった。度重なる心労と、あと、襲撃が続き、心身ともに限界になっていた。
エリカ様にも休息は必要、ということで、面倒事も片がついたので、珍しく、ベッドの住人となった。
といっても、暇なので、持ってこさせた本を読んでは、ゴロゴロしているだけである。うん、こういう生活は、随分と久しぶりだ。
たまには寝込むのもいいなー、なんて思ってゆっくりしていると、そこに、招かざる客が訪れる。
「エリカ様、入ります」
「許可してません」
許可なく入るカイト。本当にしつこい。
私が目覚めてから、カイトは毎日、お見舞いに、私の部屋にやってきた。一応、入ってきても、ドアは開けたままにさせている。絶対に密室にはさせない。
今日も、密室にはさせないようにして、私は身構える。意識がない時にもちょくちょく来ていたという話、聞いている。どういうことをされたか、想像しないようにしている。
いつもはカイトだけだったが、今日は、珍しく、同年代らしき女の子を一人連れてきていた。
「あなたは、よく、図書館でお友達と賑やかにしていますね」
見覚えのある子だった。名前は知らないけど、顔は知ってる。
「すごい、私のこと、知ってくれていたのですね!?」
「名前は知りませんが」
「それでも、嬉しいです!! 今日は、カイトに頼み込んで、エリカ様のお見舞いに来ました」
「そうですか、ありがとうございます」
お見舞いの品に、綺麗にラッピングされた本をいただいた。お、暇つぶしが増えた。
が、それをカイトが取り上げる。
「それ、私が貰ったものですよ!!」
「これ、シスターの検閲、終わってないですよね」
「あなたはいつも、シスターに許可をとっているのですか!?」
何気なく貰っていた本は、全て、シスターが許可していた。なんて酷い! 世間では娯楽でも、私にとっては、毒でしかない内容のものばかりだ。
シスターの検閲は、なかなか緩いと思うので、彼女が持ってきたものは、別に問題なさそうに思う。
「もう、エリカ様にも、この崇高な本を一読してもらいたいの。エリカ様も、読んでみたいですよね?」
「彼が持ってくる本は、私には刺激が強すぎて、困っています。あなたが持ってきたものなら、きっと、大丈夫そうですね」
「ダメです、絶対に、ダメですから!!」
なおも渡してくれないカイト。カイトがよくて、彼女が悪い理由がわからない。
「そういえば、あなたが女性を連れてくるなんて、そういう年頃ですか」
「違いますから! 俺は、エリカ様一筋です!!」
「ごめんなさい」
あまりに言われ続けているので、最近は、笑顔で謝ってる。もう、罪悪感とか、麻痺してる。本当に処刑話は私に悪影響を与えてくれる。
「あ、そういうのじゃないです。アタシの親が、カイトの雇い主なの。いつかはエリカ様に会わせてください、とお願いしているのに、ダメの一点張り。今日は無理矢理ついてきたんです」
「そうだったのですか。女友達を紹介するくらい、いいのに」
「………エリカ様って、天然?」
「? 世間知らずではあります。本当に、世の中は知識のみで、最近も、そう言われました」
処刑処刑で、色々と私は悪く言われた。面と向かって言われてばかりで、まだ、気疲れが残っている。
かなり彼女と私では食い違っているのだろうけど、彼女はとても良い人なので、私の意見に反論はしない。
「実は、私、エリカ様が本好きだというので、せっかくですから、お友達になりたくて」
「うーん、すみません。私、こういう身の上でしょ? 人と親しくするのは、悲しくなるので、避けているんです」
聖域から離れられない身の上は、私に人との触れ合いを諦めさせた。
普通に選ばれ、普通に育ったエリカ様は、こういうことは気にしない。先代は、人の出会いと別れにはとても割り切っていた。年の功かもしれないけど。
私は、そこのところが割り切れていない。これは、異例な形で、エリカ様に選ばれた弊害だった。
「あ、大丈夫ですよ。私ね、生まれた時から中央都市で、お婿さん貰って稼業も継ぐから、ずっといますよ。だから、お友達になってください」
「そうですか。それでは、お断りしないわけにはいきませんね。お名前を教えてください」
「私、ヤナっていいます。エリカ様、これからよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします、ヤナさん」
握手して、まずは名前呼びから始める私の横で、これでもか、と睨み見下ろしてくるカイトは恐ろしかった。
ヤナは何人かのお友達で図書館を訪れていた。体調が幾分、戻ったけど、お仕事はお休みしている私は、相変わらず、図書館で本を読んでいた。
私がいるのに気づいたヤナは、珍しく神官やシスターがいないので、手を振ってやってきた。ヤナのお友達は、何やら、遠くで見守っている。
「エリカ様、こんにちは!」
「こんにちは、ヤナさん。今日は、読書会ですか?」
「そうなんです。皆でお勧めの本を見せあっこしているんですよ」
「お勧めですか。どんなものがありますか?」
「私は、これですね」
見せてくれた本のタイトルは、バラのために、だった。
「物語ですか? それとも、バラの育成日記??」
「いえいえ、これ、隠語なんですよ。私たちはバラ派でして。バラ派の本のタイトルは、わかりやすく、バラ、をつけるんです」
「そうなのですか。大衆本も読んでいますが、バラがつくものはありませんね」
カイトがよく持ってくる本のタイトルには、バラはない。これはいけない。世間を知るためには、読んでおかないと。
「バラ派以外には、何があるのですか?」
「女性はバラ派ですが、男性はユリ派が多いでしょうね。まあ、男性は、そんなに本読まないので、種類は少ないですけど」
「ヤナさんは、ユリの本を読んだことがありますか?」
「私はどっちも好きだから。あそこにいる子たちも、どっちも好きだけど、どっち派かといわれたら、バラ派です」
「そうですか。良かったら、読んでみていいですか? あ、ユリの本も貸してください」
「それじゃあ、私の聖書的な本を読んでみてください」
鞄から、ものすごく読み込まれた本が出てきた。
「これは、とても大切なものではないですか!? いけません、こういうのは、買います。お金を準備しますので、買ってきてください」
「いえいえ、まずは、受け入れられるかどうか、読んでみましょう」
「ですが、大切な本ですよ。間違って、汚してしまったりしたら」
「これもまた、バラ派の布教のためです」
「バラ派って、宗教の一種なのですね」
庶民には、図書館では得られないものが一杯ある。感心している私は、ヤナさんから受け取った本を大切に扱った。
「早速、読んでみますね」
「はい!」
「ダメだぁああああーーーーーー!!」
ものすごい汗だくだくのカイトが図書館に走ってやってきて、私がヤナから受け取った本を取り上げた。
「間に合った」
「何するんですか! それは、ヤナさんの大切な本ですよ!?」
「アンタ、アホですか! アホですよね」
「アホって、世間知らずなだけです。世の中を知るための一助になる本ですから、返してください!」
「絶対にダメだ。お前らも、シスターに言いつけるぞ!!」
「あ、横暴だー、自由思想の敵だー」
「エリカ様に横恋慕してるくせにー」
「いつも振られてるくせにー」
「うるせぇ!!」
女の子は複数になると、口では絶対に男の子は勝てない。
外での力関係が伺える光景である。それよりも、私とカイトのこと、意外と外に知れ渡ってる。その事実が恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。
「酷いです! 私のこと、言いふらしてるんですか!?」
「相談にのってもらってるんです!! そうしたら、こんなことに。相手を間違えた」
「カイトのこと、怒らないであげて。エリカ様の本、どんなのがいいかなー、なんていつも相談に乗ってるから、ついでに進捗を聞いて笑ってるの」
「なんで、俺の周りはこんなんばっかりなんだ」
しゃがみこんで、脱力するカイト。それを笑うヤナたち。
そんな光景を見て、私は笑うしかなかった。
「フフフ、おかしい」
「エリカ様、大丈夫ですか!?」
何を慌ててるのか、カイトが飛び上がるように、私の隣りに来て、頬に触れてきた。
無意識に、私は涙を流していた。
「笑いすぎただけです」
私はカイトの手を払いのけて、涙を拭った。なかなか、笑いがおさまらなくて、涙が止まらなかった。
もうそろそろ、休暇を終わらせよう、と私はシスターに告げた。そのついでに、シスターに本のお願いをした。
「最近、聞いたのですが、ユリ? とか、バラ? とかのタイトルに隠語を使う大衆本があるそうです。孤児院の子たちにも、そういう本を読む機会を与えたらどうですか?」
「絶対にいけません!!」
「何故ですか?」
「エリカ様、そういう大衆本は、その、あの、そうそう、成人向けなんです!」
「私は、大人が読むような本を読まされましたが」
「………年齢指定があるものです。子どもたちには、絶対に読ませられません」
「そうなのですか。では、私が成人したら、買ってきてくれますか?」
「絶対にいけません!!」
「何故ですか!?」
「エリカ様、民に寄り添う、そのお考えは素晴らしいです。しかし、そこにはある程度の境界が必要です」
納得がいかない。しかし、私は聖域から出ることが出来ないので、買い物も満足に出来ない。
たぶん、カイトも買ってきてくれない。お金の管理は基本、シスターや神官の目もあるので、好きなものを好きなだけ、というわけにはいかない。
結果、私は諦めることにした。




