表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の代理人  作者: 春香秋灯
中央都市のエリカ
35/67

バラとユリ

 しばらく、私はベッドから起き上がれなくなった。度重なる心労と、あと、襲撃が続き、心身ともに限界になっていた。

 エリカ様にも休息は必要、ということで、面倒事も片がついたので、珍しく、ベッドの住人となった。

 といっても、暇なので、持ってこさせた本を読んでは、ゴロゴロしているだけである。うん、こういう生活は、随分と久しぶりだ。

 たまには寝込むのもいいなー、なんて思ってゆっくりしていると、そこに、招かざる客が訪れる。

「エリカ様、入ります」

「許可してません」

 許可なく入るカイト。本当にしつこい。

 私が目覚めてから、カイトは毎日、お見舞いに、私の部屋にやってきた。一応、入ってきても、ドアは開けたままにさせている。絶対に密室にはさせない。

 今日も、密室にはさせないようにして、私は身構える。意識がない時にもちょくちょく来ていたという話、聞いている。どういうことをされたか、想像しないようにしている。

 いつもはカイトだけだったが、今日は、珍しく、同年代らしき女の子を一人連れてきていた。

「あなたは、よく、図書館でお友達と賑やかにしていますね」

 見覚えのある子だった。名前は知らないけど、顔は知ってる。

「すごい、私のこと、知ってくれていたのですね!?」

「名前は知りませんが」

「それでも、嬉しいです!! 今日は、カイトに頼み込んで、エリカ様のお見舞いに来ました」

「そうですか、ありがとうございます」

 お見舞いの品に、綺麗にラッピングされた本をいただいた。お、暇つぶしが増えた。


 が、それをカイトが取り上げる。


「それ、私が貰ったものですよ!!」

「これ、シスターの検閲、終わってないですよね」

「あなたはいつも、シスターに許可をとっているのですか!?」

 何気なく貰っていた本は、全て、シスターが許可していた。なんて酷い! 世間では娯楽でも、私にとっては、毒でしかない内容のものばかりだ。

 シスターの検閲は、なかなか緩いと思うので、彼女が持ってきたものは、別に問題なさそうに思う。

「もう、エリカ様にも、この崇高な本を一読してもらいたいの。エリカ様も、読んでみたいですよね?」

「彼が持ってくる本は、私には刺激が強すぎて、困っています。あなたが持ってきたものなら、きっと、大丈夫そうですね」

「ダメです、絶対に、ダメですから!!」

 なおも渡してくれないカイト。カイトがよくて、彼女が悪い理由がわからない。

「そういえば、あなたが女性を連れてくるなんて、そういう年頃ですか」

「違いますから! 俺は、エリカ様一筋です!!」

「ごめんなさい」

 あまりに言われ続けているので、最近は、笑顔で謝ってる。もう、罪悪感とか、麻痺してる。本当に処刑話は私に悪影響を与えてくれる。

「あ、そういうのじゃないです。アタシの親が、カイトの雇い主なの。いつかはエリカ様に会わせてください、とお願いしているのに、ダメの一点張り。今日は無理矢理ついてきたんです」

「そうだったのですか。女友達を紹介するくらい、いいのに」

「………エリカ様って、天然?」

「? 世間知らずではあります。本当に、世の中は知識のみで、最近も、そう言われました」

 処刑処刑で、色々と私は悪く言われた。面と向かって言われてばかりで、まだ、気疲れが残っている。

 かなり彼女と私では食い違っているのだろうけど、彼女はとても良い人なので、私の意見に反論はしない。

「実は、私、エリカ様が本好きだというので、せっかくですから、お友達になりたくて」

「うーん、すみません。私、こういう身の上でしょ? 人と親しくするのは、悲しくなるので、避けているんです」

 聖域から離れられない身の上は、私に人との触れ合いを諦めさせた。

 普通に選ばれ、普通に育ったエリカ様は、こういうことは気にしない。先代は、人の出会いと別れにはとても割り切っていた。年の功かもしれないけど。

 私は、そこのところが割り切れていない。これは、異例な形で、エリカ様に選ばれた弊害だった。

「あ、大丈夫ですよ。私ね、生まれた時から中央都市で、お婿さん貰って稼業も継ぐから、ずっといますよ。だから、お友達になってください」

「そうですか。それでは、お断りしないわけにはいきませんね。お名前を教えてください」

「私、ヤナっていいます。エリカ様、これからよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします、ヤナさん」

 握手して、まずは名前呼びから始める私の横で、これでもか、と睨み見下ろしてくるカイトは恐ろしかった。




 ヤナは何人かのお友達で図書館を訪れていた。体調が幾分、戻ったけど、お仕事はお休みしている私は、相変わらず、図書館で本を読んでいた。

 私がいるのに気づいたヤナは、珍しく神官やシスターがいないので、手を振ってやってきた。ヤナのお友達は、何やら、遠くで見守っている。

「エリカ様、こんにちは!」

「こんにちは、ヤナさん。今日は、読書会ですか?」

「そうなんです。皆でお勧めの本を見せあっこしているんですよ」

「お勧めですか。どんなものがありますか?」

「私は、これですね」

 見せてくれた本のタイトルは、バラのために、だった。

「物語ですか? それとも、バラの育成日記??」

「いえいえ、これ、隠語なんですよ。私たちはバラ派でして。バラ派の本のタイトルは、わかりやすく、バラ、をつけるんです」

「そうなのですか。大衆本も読んでいますが、バラがつくものはありませんね」

 カイトがよく持ってくる本のタイトルには、バラはない。これはいけない。世間を知るためには、読んでおかないと。

「バラ派以外には、何があるのですか?」

「女性はバラ派ですが、男性はユリ派が多いでしょうね。まあ、男性は、そんなに本読まないので、種類は少ないですけど」

「ヤナさんは、ユリの本を読んだことがありますか?」

「私はどっちも好きだから。あそこにいる子たちも、どっちも好きだけど、どっち派かといわれたら、バラ派です」

「そうですか。良かったら、読んでみていいですか? あ、ユリの本も貸してください」

「それじゃあ、私の聖書的な本を読んでみてください」

 鞄から、ものすごく読み込まれた本が出てきた。

「これは、とても大切なものではないですか!? いけません、こういうのは、買います。お金を準備しますので、買ってきてください」

「いえいえ、まずは、受け入れられるかどうか、読んでみましょう」

「ですが、大切な本ですよ。間違って、汚してしまったりしたら」

「これもまた、バラ派の布教のためです」

「バラ派って、宗教の一種なのですね」

 庶民には、図書館では得られないものが一杯ある。感心している私は、ヤナさんから受け取った本を大切に扱った。

「早速、読んでみますね」

「はい!」

「ダメだぁああああーーーーーー!!」

 ものすごい汗だくだくのカイトが図書館に走ってやってきて、私がヤナから受け取った本を取り上げた。

「間に合った」

「何するんですか! それは、ヤナさんの大切な本ですよ!?」

「アンタ、アホですか! アホですよね」

「アホって、世間知らずなだけです。世の中を知るための一助になる本ですから、返してください!」

「絶対にダメだ。お前らも、シスターに言いつけるぞ!!」

「あ、横暴だー、自由思想の敵だー」

「エリカ様に横恋慕してるくせにー」

「いつも振られてるくせにー」

「うるせぇ!!」

 女の子は複数になると、口では絶対に男の子は勝てない。

 外での力関係が伺える光景である。それよりも、私とカイトのこと、意外と外に知れ渡ってる。その事実が恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。

「酷いです! 私のこと、言いふらしてるんですか!?」

「相談にのってもらってるんです!! そうしたら、こんなことに。相手を間違えた」

「カイトのこと、怒らないであげて。エリカ様の本、どんなのがいいかなー、なんていつも相談に乗ってるから、ついでに進捗を聞いて笑ってるの」

「なんで、俺の周りはこんなんばっかりなんだ」

 しゃがみこんで、脱力するカイト。それを笑うヤナたち。

 そんな光景を見て、私は笑うしかなかった。

「フフフ、おかしい」

「エリカ様、大丈夫ですか!?」

 何を慌ててるのか、カイトが飛び上がるように、私の隣りに来て、頬に触れてきた。

 無意識に、私は涙を流していた。

「笑いすぎただけです」

 私はカイトの手を払いのけて、涙を拭った。なかなか、笑いがおさまらなくて、涙が止まらなかった。







 もうそろそろ、休暇を終わらせよう、と私はシスターに告げた。そのついでに、シスターに本のお願いをした。

「最近、聞いたのですが、ユリ? とか、バラ? とかのタイトルに隠語を使う大衆本があるそうです。孤児院の子たちにも、そういう本を読む機会を与えたらどうですか?」

「絶対にいけません!!」

「何故ですか?」

「エリカ様、そういう大衆本は、その、あの、そうそう、成人向けなんです!」

「私は、大人が読むような本を読まされましたが」

「………年齢指定があるものです。子どもたちには、絶対に読ませられません」

「そうなのですか。では、私が成人したら、買ってきてくれますか?」

「絶対にいけません!!」

「何故ですか!?」

「エリカ様、民に寄り添う、そのお考えは素晴らしいです。しかし、そこにはある程度の境界が必要です」

 納得がいかない。しかし、私は聖域から出ることが出来ないので、買い物も満足に出来ない。

 たぶん、カイトも買ってきてくれない。お金の管理は基本、シスターや神官の目もあるので、好きなものを好きなだけ、というわけにはいかない。

 結果、私は諦めることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ