大事件
カイトは結果、教会近くで下働きになった。優秀なので、文官なり、筆写師なり、体を使わない仕事につけそうなのに、教会から近い理由で、安いきつい汚い仕事を選んだ。
カイトの妹は、私とそうかわらないので、孤児院に残っていた。教会から近い仕事なので、時間があると、妹に会いにカイトはよく来ていた。
「エリカ様、見てくださいよ。最近、はやりの娯楽本ですよ」
そして、ちょくちょく、図書館にもやってくる。
図書館、誰にでも門戸を開いているが、私がいるので、調べものや読書以外で人が立ち入ることは少ない。
まさか、私目当てで来るアホがいるとは。
「また、変な本を持ってきて。あなたのせいで、私は余計な知識がついて、大変なんですよ。ここから離れられない私には、そういう知識は毒です、毒!」
酷い男だ、と私はドンドンと机を叩いて抗議する。が、本は受け取る。ダメだ、離せない。
クスクス笑って、カイトは「全部、俺が悪いですね」と悪者になってくれる。くっそぉ、ちょっと年上で、ちょっとお兄ちゃんだからって。
働きに出ていけば、カイトはぐっと経験を積み、大人になってきた。顔立ちや体つきだけでなく、精神的にもだ。
カイトの妹は、片足が悪いが、杖があれば、普通に歩けるようで、ちょくちょく、図書館にも遊びに来ている。が、カイトがいる時は、来ない。連れてってくれ。
「最近、物々しいけど、何かあったんですか?」
「下働きでも気づくのだから、話も広まっているのですね。最果てのエリカ様から、横領の告発がありました」
孤児院とエリカ様の予算を貴族や役人が横領していることが発覚してしまった。
「よりにもよって、私の代で発覚しなくてもいいじゃないか! もう、大変で」
「ここは、大丈夫なんですか?」
「さすがに、中央都市は手つかずだったことが、ここ何十年の資料でわかりました。けど、他のところは酷くて、神官やシスターまでやってたから、これから大変すぎる」
ここしばらく、寝てはいるけど、夢の中も書類の海で泳いでいる。まだ、成人前の子どもに、なんて後始末させるんですか。
「エリカ様、何か手伝えることはありますか?」
「ない!」
本当に何もない。言われても、それを受け流すほどの余裕がない。ダメだ、私。
頭抱えていると、カイトが私の横に立っていた。たぶん、こんなに近いのは、初めてだ。
「ここまで近いのはダメです」
「俺、聞きましたよ。エリカ様、結婚は出来ないけど、子どももったりするのは大丈夫だって」
「ちょっと、誰に聞いた? シスター? 神官?? 口止めしたのに、裏切ったな!!」
「いや、下働きしてて、そういうのに詳しいじいちゃんから聞いた」
「疑って、ごめんなさい、シスター、神官。いつも感謝してます!」
その場には、私とカイト二人しかいないが、謝る。本当にごめんなさい。
そういう話は、いつか、誰かの口から語られることはわかっていた。そういうことがバレてしまう前に、カイトが離れてくれることを願っていたのだ。
「いいかい、君が今、私に感じているのは、恩があるからだよ。そう、熱病みたいなものだよ」
よし、うまいこと言えた! 表現の良さに、私は心の中でガッツポーズをとる。
「なら、確かめてみましょうよ」
「な、な、何を!?」
誤魔化せてない! ていうか、悪手だった!!
さらに迫ってくるカイト。顔が近づいてくる。
「じいさんたちが言ってましたよ。口づけしてみればわかるって」
ねーんーちょーおーしゃー!! 若い子に変なこと言わないで!!
「エリカ様、経験ありますか?」
「そんなの、ないよ、全くないよ、ていうか、永遠にありません!!」
「じゃあ、一回してみよ」
「だ、ダメです!」
頑張って、カイトの顔を両手で防ぐ。生暖かいし、なんか、しめってる。
「こういうのは、好意が通じ合っている者同士でするものです! お試ししないでください!!」
「俺は、エリカ様のことを愛しています」
「はい、ありがとうございます! でも、ごめんなさい!!」
さらに迫ろうとしてきたが、私が謝ると、カイトは離れていった。
恐る恐ると見てみれば、カイトは今にも泣きそうな顔をしている。
「酷い女だな」
「なっ!?」
文句でも言い返してやろう、としたけど、その前に、カイトは図書館から逃げていってしまった。
「酷いのは、あなたじゃないですか」
窓の外は、今日も灰色だった。天気が悪い。
しばらくして、貴族が家門ごと処刑され、平民でも一家で処刑、神官やシスターまで処刑、と処刑ラッシュだった。
処刑するかしないか、という仕分けは中央都市のエリカ様がやるのですが、小さい子供や赤ん坊までいて、それを心を鬼にして、処刑リストに加える作業は、心が痛んだ。
夜、眠れない日々が続いた。
見ていないのに、処刑される人たちの悲鳴や恨み言が聞こえたような気がした。
時々、人が良い貴族や平民が処刑リストに入っていることから、歎願する人が図書館を訪れることがあった。
「どうか、友を助けてください!」
「恨むなら、お友達のご両親を恨みなさい。これは、仕方のないことです」
こういうことが多くなってきて、刃傷沙汰まで発展してしまったので、王都から護衛の騎士が派遣され、私の両脇は物々しかった。
ちなみに、その頃、刃傷沙汰のせいで、私は左腕が包帯でグルグルまきになっていた。
成人前の子どもが全く聞き入れないことに、歎願者のほうが怒りで罵りまくる。これが、私の心をさらに疲弊させる。
あまりに失礼な物言いに、騎士たちも物々しくなって、剣に手までかけてくる。それを手で制して、相手の罵りを思う存分吐き出させた。
「アンタみたいな子どもに、何がわかるんだ!? こんなトコにずっといて、世界を知ったつもりか!!」
「うーん、それは痛いところをつきますね。私は世界のことなんて、知識だけでこれっぽっちもわかりません」
「だったら、人の生き死にを簡単に決めるなよ!!」
「それでは、国王であれば、あなたは納得するのですね?」
「納得、出来るわけないだろう!! アイツは本当にいいヤツなんだ。国王に何がわかる!?」
「嘆願書でも書いてみてください。絶対に通りませんよ。やってはいけないことをやってしまった人を生き残らせるわけにはいかないのです。あなたは、王国が一度、滅びかけたことを忘れたのですか? まあ、ただのおとぎ話になるほど、遠い昔の話ですが、起こったことは事実です。ああいうことは、二度と、起こしてはいけないのですよ。処刑は、試金石です。あなたのお友達は尊い犠牲となって、王国の平和が続きます」
「この、冷酷女がっ」
「灰色はいけません。すみません、彼は強制的に中央都市から出してください。二度と、足を踏み入れさせないで」
話したって平行線だ。私は彼の言い分をぶった切って、退出願った。
そんなこと、百も承知だったのだろう。彼は、懐からナイフを取り出すと、机に乗って、私に正面から襲ってきた。
もちろん、騎士はしっかり仕事をしてくれて、襲撃は未然で防がれ、武器は取り上げられた。
でも、そこで、私の限界がきた。
私の意識は、それからしばらく、真っ暗闇の中に沈んだ。