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聖女の代理人  作者: 春香秋灯
中央都市のエリカ
33/67

図書館の主

 なかなかいっぱいいた貧民の子どもたちは増え続け、孤児院も賑やかになってきた。あまりに多いので、これは何かヤバそうなことがされているな、と私は予感したが、調べる術がなかった。

 そうして、随分と時間が経ち、元貧民たちは、どんどんと成人して、孤児院を出ていく頃、なかなか悩ましい話が出てきた。





 個人的には、人の名前を覚えない。というのも、愛着が湧いてしまいそうで、身近にいる神官やシスターでさえ、名前で呼ばない。入れ替わりのある世界だし、孤児なんて、いつか外に出て戻ってこない。そういうのを見てきたので、私は人の名前をあえて聞かない。

 そういうことに、件の少年が気づいてしまった。

「エリカ様、もうそろそろ、俺の名前を呼んでください」

 成人も近く、すっかり少年から青年に育った彼は、真剣な顔でいってくる。あまり近づかないでほしい。

 私も年頃なので、それなりに過ちなんかあったら困る。それとなく、シスターに相談したのだが、「いいじゃありませんか」と笑って済まされた。いや、ダメだって。

 彼の妹は図書館から経理へと移動となり、今は二人だけである。しまったな。もっと早く、移動させれば良かった。

 居心地が良すぎて、私は、彼を移動させなかった。私が悪い。

「いいですか、私は永遠にここでエリカ様ですが、あなたは孤児院を出ていきます。いちいち、名前を覚えていたら、私が辛いではありませんか」

 私の経験から、本音を語る。私は間違っていない。

「俺、ここで神官になります」

「………アホなこといってないで、もっと将来のことを考えなさい。神官になるなんて、惰性ですよ」

「真剣に考えたんです。俺は、エリカ様の傍にずっといたいんです。もっと、エリカ様のためになることをしたいんです」

「私は、世の中のためにしか生きていけません。その私に付き合う必要はありませんよ」

「そうじゃなくって、俺は」

「神官は、色ごとは禁止ですよ」

「何ぃ!?」

 彼の目論見など、いくら私でもわかる。とりあえず、言葉の上で誤魔化し、彼を神官にさせないように、説得する。好意は有難いが、そこに、彼は行為もしたいらしい。






 ダメだダメだ、誑かされちゃいけない。こういうのは、免疫が必要っていうけど、こんなトコいるだけだから、免疫なんて、一生つかない。

 すっかり見た目の良い青年になり、体格だって、よく鍛え上げられて、よくなっている。孤児院の中でも、一目おかれている、有望株である。

 神官やシスターが選んだ本以外を読むと、とんでもない知識をつけてしまい、私はどんどんとダメになってきている。

 自らを戒めているというのに、神官もシスターも孤児たちも、生暖かい目で私と彼を見守ってくれてる。やめて、本当に。






 そうして、誤魔化しているが、もう無理そうになってきたのは、彼のほうが迫ってきたからだ。

「エリカ様、俺と外に出ましょう。あ、聖域から離れるんじゃなくって、一緒に散歩しましょう」

「それは、なかなか魅力的なお誘いですが、ダメです。仕事が多いので、ここから離れられません」

「ずっとですか? 俺、エリカ様が図書館以外でいるところ、見たことがありませんよ」

「あなたが見ていないだけですよ」

「トイレはどうですか?」

「デリカシーのないことを言わないでください。誰か、このアホをしばらく外に放り出してください!」

「ご、ごめんなさい! もう二度といいません!!」

「一度言ってしまったことは、取返しがつかないのです。きちんと考えてから話してください。あ、シスター呼んでください」

 神官数人に連行される青年。こういうところは、まだまだ子どもだなー、なんて思ってしまった。

 呼ばれたシスターは、どういう用件なのか、なんとなく予想して、私の横にしゃがむ。

「いえ、違いますよ。シスター、椅子がちょっと小さくなってきましたので、新しいのをお願いします。まだまだ成長するのですね」

「おめでとうございます。最近、帝国のほうから快適な椅子が入ってきたそうですよ。それにしますか?」

「成長するかもしれませんから、安いのでいいですよ。街の職人にお願いしてください。こういうのは、街にお金を落とさないと」

「………カイトのこと、どうされますか?」

 今、その名前を聞きたくなかった。

 あえて、口にしないようにしてきたのに、神官も、シスターも、私の前で彼の名前を口にする。恥ずかしくて、真っ赤な顔を両手で覆うが、きっと、耳まで真っ赤だ。

「もう、煽らないでください。私は、このままで十分です」

「エリカ様は、もう少し、奔放にしても良いと思いますよ。カイトだって、理解してくれます」

「理解と同情は違います」

「じゃあ、同情で、名前を呼んであげてください。可哀想じゃないですか」

「………まだ、私にはムリです」

 彼の名前を知らないはずがない。彼はいつも図書館の手伝いをしている。神官やシスターが彼の名前を呼んでいるのを聞いていないはずがない。

 もっとはやく、配置換えをすればよかった。最近、毎日、後悔している。

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