元貧民の子どもたち
知らないということは、本当に気の毒なことだと思った。
さる貴族を廃嫡まで追い込んだ件の後、少年は、たくさんの親のいない貧民の子どもたちを孤児院につれてきた。
「いっぱいいますね。私、外には出られないので、こういう現状は知りませんでした。彼らのもといた場所を聞いて、調査してください」
神官数人が私に言われた通りに動いていく。
それを呆然と見ている子どもたち。子どもが大人を顎で使っているなんて、なかなか可笑しな光景である。
でも、これが中央都市の日常だ。
子どもたちは、私がいる図書館に一度、連れてこられた。まだ、汚れたままの子どもたち、はやく綺麗にしてあげたほうがよかったな、と後悔したが、遅い。
その中に、件の男の子がいた。
「少年、働き手をこんなに連れてきてくれて、ありがとうございます」
「い、いえ、俺は、何も」
「私の力が及ばないところで、こんなに不幸があるとは。孤児となっても、街に行くことが出来ます。もし、不幸な子どもたちがいましたら、導いてあげてください。話は以上です。シスター、子どもたちを綺麗にしてあげてください」
シスター数人が、馴れたもので、子どもたちを連れていく。その中には、片足が不自由な女の子が、件の男の子に支えられて、歩いていた。
「大丈夫ですか?」
神官が、心配そうに私に聞く。
「可哀想な子たちですね」
神官の意図を気づかないふりをして、私は新しい本を開いた。知識は常に蓄積しなければならない。
件の少年は、なかなか良い家庭環境らしく、読み書き計算が出来た。最初は教育から入るのだが、件の少年と、その妹は私のお手伝いとなった。
といっても、件の少年は図書館の整理、その妹は書類整理や計算係となった。
頭痛くなるような決済を終わらせると、シスターがハーブティを運んでくる。私は甘味もあるが、それは、お手伝いする子たちに下げ渡す。
「少し、休みましょう」
「はい」
「ありがとうございます!」
礼儀はきっちり教えられたのか、それとも、元からそうなのか、兄妹の言葉使いは良かった。
「エリカ様、このお菓子、食べないのか?」
「あまり動かないので、お腹がすかないんです。よく動く皆さんで食べてください」
「でも、少しは食べたほうがいいって。ほら、ちょっとだけ」
机ごしにクッキーのかけらを伸ばしてくる少年。年上なので、いうことを聞いたほうが良いのかも。
食べてみれば、甘い。それからハーブティで飲み込む。
「もしかして、エリカ様は甘いのが苦手?」
顔に出てしまったようだ。バレた。
「甘すぎるものはちょっと。甘味は食べなくても生きていけるから、必要ありません」
「娯楽が減るじゃないか」
「また、小難しいことを知っていますね」
「娯楽は生きてくのに大事だって、親父が言ってた。エリカ様の好きな食べ物って何? 俺、買ってくるから」
ここでは、働けばお小遣い程度の金銭は貰える。お金有り余っている教会と孤児院は、孤児にお金の使い方を実地で学ばせている。
将来、ここを出ていく孤児たちだ。お金ぐらい使いこなせなければならない。
「いりませんよ。食べたいものは、神官かシスターに頼みます」
でも、大事なお金を私のために使わせたくなかった。
「俺がエリカ様に買いたいんだよ」
「人が喜ぶことをするのは、尊いですね。でも、私はいりません」
優しいことをいう少年に、私は遠慮した。
窓の外を見る。今日は、天気がよくない、灰色だ。
私がいらない、と固辞しているにも関わらず、少年は、お菓子や果物を持ってきた。せっかくのお金をこんなことに使うなんて、なんてバカなことをしているのか。
そして、私がお気に召さないので、それらは兄妹で食べるか、他の孤児たちへ持っていくこととなった。
人手はまだまだ足りない中、そんな可笑しなゲームが続くと、何故か、広がっていく。
最低限の教育を終えた孤児たちは、ともかくがむしゃらに働いた。手伝った。そして、わずかばかりの金銭を受け取ると、私が気に入りそうかどうかわからない食べ物を買ってくる。
そんな日々が毎日続くのに、私が辟易していると。
「エリカ様も教えてあげればいいではありませんか」
止めない神官は、孤児たちの味方をした。でも、この神官は、私が欲しいものを知っているけど、教えない。まるで、私一人が悪いみたいじゃないか。
人の機微は難しい。神官の意図に私は気づかない。
夜遅くまで灯りがついているのに気づいた少年が、図書館にやってきた。
「エリカ様、まだ、お仕事ですか」
「いえ、そうではありませんよ」
私はいつもの定位置で、本を広げていた。蝋燭の灯りだけで本を読むのは、目に悪いことだけど、やめられない。
「また、小難しい本読んで。頭カチカチになっちまうぞ」
「中央都市のエリカ様は、常に法をつかさどらないといけないので、知識は必要なのですよ。これ、読み終わったので、片づけてください」
「本当に、読みたい本なのか?」
言われた通りに本を片づけるが、少年は、ふと、疑問を口にする。
なかなか鋭いことを聞いてくる。こういうのを機微に聡い、というのだろう。
「私が読む本は、神官やシスターが選んできますね」
「え、自分で選ばないの?」
「私が選んだら、必要かどうかはっきりしないじゃないですか。こういうのは、大人がやったほうがいいのですよ」
「なあんだ、エリカ様って、頭いいけど、頭悪いんだ」
「経験が浅いんですよ。きっと、君たちよりも、世の中を知らない」
「じゃあさ、俺が選んでやるよ」
何か、悪戯でも思いついたみたいに言う少年。まともな本であればいいけど。
しばらくして、持ってきたのは、綺麗な挿絵がいっぱい入った本だった。
「これは、絵本ですね」
「読んだことがなさそうだから」
「残念ながら、エリカ様に選ばれる前に、だいたいの絵本は読み終わっていますよ」
「え、そうなの?」
「ありがとうございます。懐かしいですね」
せっかく持ってきてくれたので、私は絵本を読み始めた。
「もう、休んでください。私は、もう少ししたら休みますから」
「ん、わかった」
やはり眠かったようで、少年は素直に図書館を出ていった。