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聖女の代理人  作者: 春香秋灯
最果てのエリカ
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エリカ様になる前

 私は8歳まで、名前は違っていた。普通に孤児院で暮らして、運が良ければ、貴族や裕福な商人の養子になれるかもね、みたいにほかの子どもたちと話したりしていた。

 身寄りのない赤ん坊が来ると、次のエリカ様かな? とよく話したものだ。私が物心つく頃には、先代エリカ様は腰の曲がったおばあさんだったので、もうそろそろ、次代のエリカ様選びが始まるのでは、と噂されていた。


 ある日、王都から、養女を求めて、リスキス公爵夫妻がやってきた。なかなか子宝に恵まれなかったため、遠い親戚から跡継ぎとなる養子をとることは決まっていた。そこで、その養子の伴侶となる娘を自分たちで教育しよう、とあちこちの孤児院を回って、いい感じの娘を探していた。

 そういうのは、同じ貴族でよいのでは? と思うのだが、他家の教育に口出しするのはマナー違反のようなものらしい。だったら、理想の娘を作ったほうが、家にとっても安泰だ、と考えたそうだ。


 このチャンスを逃すまい、と元貴族であるサラは、自分を売り込みにいった。

「リスキス公爵様、初めまして、わたくし、元は伯爵家の娘のサラと申します」

 元貴族家で受けた教育を見せるために、カーテーシーをリスキス公爵夫妻の前で披露した。

「それはそれは」

「まあまあ、可愛らしいこと」

 リスキス公爵夫妻は、笑顔でそれだけ言って、サラから離れていった。笑顔だけど、目は笑っていない。お気に召さなかったようである。

「公爵様、こんにちは!」

「これ、私が描いた絵です!!」

「本を読めます!!」

 女の子希望なので、女の子たちが、サラを押しのけて、自分を売り出した。大変な騒ぎに、シスターと神官が大変そうだった。


 一方、私は、それどころではなかった。泣いている赤ん坊のおしめをかえたり、ミルクをあげたり、とそっちのほうで忙しかった。もともと、孤児院では同じ年代の子たちの中で、立場が弱かったため、面倒事をおしつけられていた。

 それに、夢物語だと気づいていたので、縋りつくことなく、堅実に生活していこう、と冷めた子どもだった。


「お姉ちゃん、ご本読んで」

「よし、どこまで読めるから、確かめてあげる。ほら、大きな声で読んで」

 絵本がくれば、文字を教えた子に押し付ける。

「お絵描きしたいー」

「外の地面に描いておいで。ほら、皆でいく!」

 紙なんてぜいたく品なので、外に追い出す。

「お腹すいたーー!!」

「私もお腹すいた。どこまで我慢できるか、勝負しよう」

 いつだって、みんなひもじい。我慢するしかない。


 毎日、繰り返される問題を対処するのは、簡単なことだった。

 そうして、今日もクリアしているところに、公爵夫妻がやってきた。

「あらあら、可愛らしい子がいっぱいね」

「お邪魔してよいかな?」

 明らかに高貴なお方に、小さい子供たちは怯え、私の後ろに隠れた。失礼なことだけど、下手なことして大事になってしまうよりはマシなことだった。

「ようこそお越しくださいました、公爵様。座ったままでのご挨拶をお許しください」

「ええ、ええ、お忙しいところに、お邪魔してしまいましたね。あなたは、いつも、ここで小さな子の面倒をみているのですか?」

 こちらが立てないので、公爵夫人がしゃがんで、私の目線にあわせて質問してきた。

「今日はたまたまです。いつもは、皆でみていますよ」

「今日は一人で大変ですね」

「大変なことではありません。私も、赤ん坊の頃から誰かに面倒をみてまらいました。出来る人や出来ることをやるのは、当然のことです」

 模範的な答えを返した。王侯貴族の孤児院への慰問は珍しくはない。だいたい、質問されることは決まっているので、当たり障りのない答えをいつも繰り返していた。

 模範解答なのに、公爵夫人はじっとなにか探るように私を見つめる。


 怖い怖い。貴族様の感情の読めない表情は、恐怖でしかない。模範解答をお気に召したのか、召さなかったのか、とても気になる。


 しばらく公爵夫人は私を見つめ、にっこりと目を細めて笑った。

「決めたわ、あなたにしましょう」

「はあ」

 何を決めたのか、私には全くわからなかった。



 それからすぐに、私とリスキス公爵夫妻の養子縁組の手続きが行われることとなった。

 サラからは強く”断りなさいよ!”とか”代わりなさいよ”と言われて、そのままシスターや神官に伝えたのだけど、却下された。

 リスキス公爵夫妻の強い要望のため、私が拒否することは出来なかった。私が養女となるために、定期的な援助も約束されたそうだ。

 孤児院は、常に資金不足である。きちんと予算を組まれていても、世の中には悪い人がいて、その資金の一部を盗む役人や貴族がいるらしい。最果ての村・ラキス村に届く頃には、半分になっていることは、よくある話だとか。

 常に足りないので、お腹を空かせている子どもたちがいる。孤児院といえども、受け入れた赤ん坊や子どもが全て、無事に育つわけではなかった。

 貴族の援助は、大事だが、いつまでも続くわけではない。だいたい、数年で切られてしまう。

 リスキス公爵からの援助がいつまで続くかわからないけど、小さい子どもたちのためには、頑張らなければならない。




 私はどんどんと不安になって、エリカ様に心の内を全て話した。

 もちろん、エリカ様の農作業を手伝ってである。エリカ様にただ話をするだけなんて、失礼なことだ。

「そうか、それじゃあ、一緒にリスキス公爵とお話をしようじゃないか」

 エリカ様はしわくちゃな顔にしわくちゃな笑顔を浮かべ、とんでもない提案をしてきた。



 エリカ様の提案は次の日にかなえられた。普段は教会の裏手の小屋にいるエリカ様が、貴族様はお金持ちの商人たちを迎える神官室にやってきた。

 リスキス公爵夫妻は、エリカ様に向かって、深く深く頭を下げた。後で知ったのだけど、エリカ様には、例え国王様では、頭を下げないといけないとか。聖域を守るエリカ様の立場は、名目上では、国王よりも上である。

「先日は、ご挨拶もせず」

「堅苦しい話はやめましょう。この子の話を聞いてあげてください」

 エリカ様はカチコチに固まった私の肩を力強く抱いていう。

 冗談だと思っていた私は、とんでもない事になってしまい、真っ青になっていた。

「大丈夫よ、何でも話してちょうだい」

「そうだよ」

 公爵夫妻は私の両手を握り、優しく語りかけてくれる。

 頭の中で色々な思いが回って、とうとう、私は泣き出してしまった。


 私は何も言えなかったが、かわりに、エリカ様が私の思いを語ってくれた。


 貴族になることが不安で仕方がない。

 失敗したらどうしよう。

 孤児院のみんなの迷惑になったらどうしよう


「私たちは、あなたがいいの。あなたは優しくて、いやなことも進んでやる子。こんないい子がいいのよ」

「最初は誰もが出来ないのだから、大丈夫だ。養子にくる子も、何も出来ないんだ。だから、大丈夫だよ」


 孤児院の子どもはあまり綺麗じゃない。それでも、公爵夫妻は私を抱きしめてくれた。

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