逃げたい
最果てのエリカ様は、しばらくして、帝国に行くこととなった。
世間では、すごい話だね、やっぱり違うね、と最果てのエリカ様を誉めた。
そして、王都のエリカ様は、やっぱり外れだね、なんて言われた。まあ、外れでいいですよ。
お兄さんが帝国の珍しいお菓子をお土産にやってきた。とても珍しい。
「たぶん、もう、俺たち家族はここに来ない」
「わかった。今までありがとう。元気でね」
「………ごめん、本当にごめん!!」
いきなり土下座された。そんな謝る必要なんてないのに。
成人した娘がいつまでも親に頼るなんて、おかしい。もう、独り立ちして、本当ならお嫁にいって、子どもだっている年頃だ。
両親がもう、会いたくない理由はわかる。私も、もう、外に出ることはない。
王都のエリカ様は寿命が短い。私も、もうそろそろ次代のエリカ様を迎えなければならない。
赤ちゃんか、見たくないな。
神官長は相変わらずなので、書類仕事はエリカ様専用の小屋でやることとなった。神官長が持ってきて、終わった書類は神官長が持って帰る。
「いい加減、自分でやったらどうですか。遊び歩いてばかりいて、税金の無駄使いですよ」
「まあまあ、適材適所っていうだろう」
「もう、知りませんよ。あ、赤ちゃんいますか?」
「今のところいないな」
「最近はいないですね。もし来たら、その子が次のエリカ様ですから、よろしくお願いしますね」
「もうか」
「もうですよ。王都のエリカ様は神官長が酷使するので、寿命が短いんです」
「俺のせいか」
「そうですよ」
視力のだだ下がりも、全て、神官長のせいだ。働け。
「もうそろそろ、最果てのエリカ様が王都に来るそうだ」
「あちこちの聖域に寄ってから来るなんて、すごいですね」
地図を見たことがある。最果てと言われるだけあって、南の僻地である。海、山、中央の聖地は、やや王都寄りであるが、最果ては、遥かに遠い。そんな所から、海、山、中央の聖地をめぐり、最後に王都の聖地に来るのだ。なかなかすごい。
「帝国の魔法使いがちょちょっと魔法を使っているらしいぞ」
「魔法かー、いいですね。魔法使いって、みんな、妖精憑きなんですってね。ということは、最果てのエリカ様も魔法、使えるのですかね」
「………王都のエリカ様は、妖精は見えないのか?」
「私は外れエリカ様ですよ。見えるわけないじゃないですか」
何をおっしゃる神官長。嘲笑って、最後の書類に不採用印を押してやる。どこもかしこも、腐った奴はいっぱいいる。
重い眼鏡を外して、背伸びをする。眼鏡を外すと、あの男前といわれる神官長の顔がぼやけて見えない。
「俺と逃げよう。今なら、帝国に逃げられる」
どんな顔して言っているのやら。
「逃げるってなんですか。私が逃げる必要なんてないですよ」
「こんなのは、間違ってる。ここに来て、ずっと思っていた。知らなかったんだ。こんなにおかしなことだなんて」
先代エリカ様は、あまり人に関わってはいけない、としつこく注意された。今ならわかる。確かに、人に関わってはいけない。
それは、私のための注意じゃない。私に関わる人のためだ。
「あなたのせいで、私は右足をもっていかれました」
「そうだ」
「あなたのせいで、視力を持ってかれました」
「すまない」
「私より先に死んではいけませんよ、わかっていますね」
「………わかった。だから、逃げよう」
「アホですか。私が逃げる必要なんてないですよ。いい加減、そういう話はやめてくださいね。ほら、仕事は終わったので、帰ってください。眠いんです。こんな若い身空から酷使するなんて、なんて、酷い男ですか。反省しなさい」
「本当に、酷い男だな、俺は」
泣いているようで、神官長の声が震えている。視力だだ下がりの私は、もうそろそろ、神官長のお手伝いが出来なくなってくるだろう。