右足が動かないエリカ様
王都の教会は何かと人の出入りが激しい。なので、人手が足りないので、私や成人間近の孤児院の子どもたちがお手伝いしていた。
就任早々の神官長は、もうすでに落第点だったが、愛想がよいというか、人当たりがよいというか、ともかく、すぐに受け入れられた。
「今日も一杯、どうですか?」
「カードには、コツがあるんですよ」
「もうすぐ期限ですが、大丈夫ですか?」
ダメな方向で、だが。
このダメ神官長、ともかくダメすぎて、教会も、ダメな人のたまり場にされそうである。それでも、それなりに身分の高そうな貴族様が来ると、そのダメな人たちも一目散へと逃げていく。
「お久しぶりです、王弟殿下」
「もう、そう呼ぶのはやめやめ。俺は今、神官長だから」
「なかなか、口癖が抜けなくて、すみません」
元側近らしき人が、恭しく神官長に頭を下げて、私のことをじっと見てくる。邪魔なんだろうな、と私は気づく。
「神官長、私はお勤めがありますので、これで失礼します」
何もないけど。どういう話をするのかわからないが、聞かないほうがいいに決まっている。
私が出ていくと、子どもたちも空気を読んで、教会から出ていった。
「エリカ様、今日もありがとうございます」
私よりも年上の、もうすぐ成人の子が恭しく頭を下げてくる。
「いえいえ、私の力など、とても小さいものです。どんなに祈っても、あの腐れ神官長が立派になることはないのですから」
「あー、はい、すみません」
出てくるわ出てくるわ黒い本音が。孤児院のほうには、特に悪いことはしない。きちんと管理してくれるし、子どもに優しい。
しかし、女を買う、飲む、賭博する、借金する、と酷すぎて、最近では、外れ扱いである。
いや、悪い人ではないと思う。悪くはない。ただ、ダメな大人なんだ。
子どもたちが孤児院のほうへ去っていき、しばらくは、私もやることがないので、教会のすぐ脇で、ぼうっと座って、高貴なお客様が帰っていくのを待った。
それほど時間はかからなかった。高貴なお客様は、捨てられた子犬みたいな泣きそうな顔で教会から出ていった。
少しして、神官長が教会裏から出てきた。その近くに、私が座っているのに、驚いて、まだ火のついていないタバコを口から落とした。
「神官長は、女だけでなく、男まで泣かせるなんて、どこまでただれてるのですか」
「ちょ、待て、何勘違いしてるの? 俺、そういう趣味ないですよ」
「いえ、否定しなくてもいいですよ。理解出来るように頑張ります」
泣かされている男の人は初めてだったので、ついついアホなことを言ってしまった。
まあ、この神官長なら、なんでもアリなような気がする。
「エリカ様のご両親が、どうしてもエリカ様を交代させたい、と相談の手紙がきてる」
神官長はポケットからよれよれになった手紙を出して、私に見せてくれた。内容は、見なくてもわかるので、受け取らない。
「それは、先代の神官長様からずっとですよ。答えは、無理、です。一度、エリカ様になると、王命と同じで、覆すことが出来ないそうです」
「もうちょっと、エリカ様の偉業を世に広めるべきだろうに」
「他のエリカ様に比べれば、大したことはしていませんよ」
「そうじゃないだろう」
王族なので、王都のエリカ様の役割をご存知でいる。
「そういうのは、いいので、借金はやめてくださいね。あと、横領もダメです。知らないと思っているのですか? 今は、私が臨時で管理しているのですから」
豪商の両親によって、金勘定まで教育されてしまったので、そこらの大人よりも頼りな子どもになってしまっていた。
教会の予算はともかく細かく面倒臭い。でも、それをしっかりしないと、また、不正が起こってしまう。
仕方なく、臨時として、エリカ様が行うことになってしまったが、このダメ神官長はやりたい放題である。はやく、代わりの神官を派遣してほしい。でも、シスターはダメ。
そんなダメそうな日々が一カ月過ぎた頃には、落ち着いて、というより、慣れてきた。
「あの神官長は、本当にいい男だなー」
「お父さん、目が腐った?」
時間があると、お父さんが教会のお祈りついでに私に会いに来る。
開口一番に神官長の誉め言葉に、私はいらっとなる。あの男の尻ぬぐいを誰がしていると思っている。
「いやー、見た目があんなにいい男だから、男も女も捨ておかないだろう。今日のミサなんか、老若男女、溢れてたな」
「話、上手ですから」
「エリカ様は、神官長に頼ってみなさい。きっと、力になってくれる」
「お父さんは、仕事頑張ってね。お父さんが汗水かいて稼いだお金のお陰で、私は楽させてもらっているんだから」
神官長の仕事があって、実は楽じゃないけど、それは言わない。絶対に言わない。
「そうだな。もっと楽出来るように、いっぱい稼ぐな」
「元気でね、無理しないでね。稼がなくっても、大丈夫だよ」
無理させたくなくて、本音を混ぜる。私に対して、罪悪感ありすぎて、無茶しそうで怖かった。
ミサが終わっても、しばらくは教会の中に外にと賑やかだ。神官長は男前で話も上手。ダメ人間でも、それすら許してしまえる。
そこに、先日の高貴なお客様がやってきた。どこか、物々しい空気に、イヤなものを感じて、私は後を追う。
人が一杯の中、高貴なお客様は人を力づくで押しのけ、まっすぐ、神官長の元へと歩いていく。
手に、剣を握って。
悲鳴が響く中、高貴なお客様が剣を振り上げた。
神官長は避るつもりはないみたいで、動かない。
子どもの私では追いつかない。間に合わないはずだった。
誰かが私の背中を力いっぱい押した。後ろには、誰もいないが、それは、吹き飛ばすほどの力だ。
私は神官長へと吹き飛ばされた。神官長にぶつかり、私は高貴なお客様の間に入ってしまった。
「やめっ!」
神官長の制止の声がつむがれる前に、高貴なお客様の剣は、狙いがぶれて、私の足を凪いだ。
狙いを外したので、高貴なお客様は諦めず、また、神官長に向かう。しかし、神官長は適当な棒で高貴なお客様の足を払い、転ばせ、剣を取り上げた。
武器を失った高貴なお客様をミサに訪れた者たちが数で押して、とらえた。
「この足は、もうムリですね」
急いで呼ばれたのは、王宮医だった。神官長が元王族の権力で呼び出した。
斬られた右足は、全く、痛いとも何も感じなかった。動くこともない。
「何故、俺なんかを」
「私じゃありませんよ。ここは、そういう所だと、わかっているでしょう」
泣いているのは神官長。斬られた私はため息しかない。慰めてほしいのは、私のほうだ。
「今度からは、教会で、刃傷沙汰を起こさないでください。今回は足でしたが、次はどこを持っていかれるか。やるなら、街中でお願いします」
「………死にたい」
泣いて、私を抱きしめる神官長。このダメな男を誰か持っていってほしい、と今日は本気で願った。
こうして、私の右足は動かなくなった。




