最果てのエリカ様
今日は、年に一度の聖女様の誕生祭である。聖女様のことを忘れないために、王国全土で聖女様の誕生日をお祝いしていた。
普段は孤児院の子どもたちやお祈りの人で賑やかな教会も、この日は、人の姿もまばらだった。聖女様も誕生日の日くらいは休ませてあげよう、と教会に訪れないようにしていた。
そんな教会の裏手で、私はお祭りとか関係なく、農作業に精を出していた。
教会や孤児院には、寄付や国からの支援が届けられる。しかし、私は特別な立場であるため、一日でもおろそかにすると、食べるのも困ることになってしまう。
毎日のことだけど、朝起きてから、夜寝るまで、全てのことを一人でこなすことは、本当に大変なことだ。でも、誰かの手を借りていけないわけではないが、私から言い出してはいけない。助けは、相手からの好意からのみ受けられるように、教育されていた。
大変だけど、慣れてしまったので、気にしないようにしているのだが。
「あれー、エリカ様ったら、お祭りの日も農作業ですか」
「仕方がありませんよ。エリカ様は、聖域から離れちゃいけないんですから」
「可哀想ですねぇ」
教会のほうから、同じ年頃の少女、サラ・ミラ・クララがわざわざ嫌味をいいにやってきた。
もう、ほとんど終わっているので、私は農作業で痛い腰をもみながら、三人のほうを見る。ニヤニヤといかにも嫌味を言いに来ました、といった顔をしている。
特に、ボス的存在といっていいサラは、嘲笑うように座っている私を見下ろした。サラは実際は貴族なのだが、両親を亡くした時に、叔父に家を乗っ取られてしまい、孤児院にいれられてしまったらしい。
と、よくサラが声高々に言って、私は違うのよ、と今も威張っている。
「わかったから、私の分まで楽しんできてちょうだい」
悔しいとかはない。心の底から、そう思っている。
生まれてこのかた、お祭りに行ったことがないので、よいかどうかわからない。
いつもの平坦な反応なので、サラは悔しそうに顔をゆがめる。せっかくの美人が台無しだなー、とか心でいうのみ。以前、口に出して、大変なことになってしまったので、余計なことは言わないようにしている。
サラは、まだ、何か言おうとしたが「こら、あなたたち!」と教会のほうからシスターがやってきたので、慌てて逃げていった。
「シスター、こんにちは、今日もよい天気ですね」
挨拶は大事。私は笑顔で挨拶をすると、シスタークレアは呆れたように深く息を吐いた。
「もう、エリカ様は優しすぎます。嫌味を言われたのなら、怒るべきです」
「優しいのではありません。サラたちが嫌味を言っても、私には嫌味ではないだけです。シスターは、お祭りには行かないのですか? とても珍しい露店がきている、と子どもたちが言っていましたよ」
「私には、教会に訪れる迷える者たちを導くお仕事がありますので、教会を離れるわけにはまいりません」
「お互い、大変ですね」
「全くです」
私は今いる場所近辺から、シスターは教会から、離れられない者同士、理解しあった。
「でも、私は交代出来ますが、エリカ様は、一人ですから」
しかし、シスターは私の立場のほうが重いことに、表情を暗くする。
王国には、五つの聖域がある。聖域は、何もしなければ、汚れてしまい、大地の実りをなくしてしまう。
そこで、王国は聖域に守り人をたてることにした。せっかくなので、聖女様と同じ女の子で、名前を聖女様と同じ”エリカ”と呼ぶことにした。
しかし、守り人には誰でもなれるわけではない。聖域は聖女様のように献身の心がない者が近づくと、どんどんと汚れていってしまうからだ。
そこで、王国は、献身の心を持つ聖女を作り上げることにした。
身寄りのない孤児を孤児院に集め、その中で生まれたばかりの赤子を一人選び、”エリカ”と名づけ、献身の心を学ばせた。
人身御供のごとき行為ではあるが、選ばれた子どもは全ての王国民から”エリカ様”と尊ばれた。
そうして、エリカ様に選ばれた子どもは死ぬまで聖域を守る役割を担った。
私は、先代エリカ様によって”最果てのエリカ様”に選ばれた。一度、エリカ様となると、聖域から離れることは許されない。