王都のエリカ様
酷い酒の臭いをさせる汚物のようは男が教会にいる。それを見つけてしまった以上、私は黙っているわけにもいかない。
「昼間っから、何をしているのですか!!」
その男の脳天に杖をぶち当ててやろうとするが、すんでのところで避けられてしまった。
そのため、杖が教会の長椅子にあたり、跳ね返った拍子に、私はバランスを崩した。
「おっと」
酒臭い男は、倒れそうになる私の腰に手をまわして上手に支えてくれた。お陰で、倒れることはなかったが。
「たく、成人したってのに、全然、育ってないな」
「胸をもむなー!!!」
私のグーパンチは、見事に男の顎をとらえた。
結果、私は見事に尻もちをついた。ついでに、杖も手が届かない遠くにいってしまった。
私の右足は、数年前から障害が出てしまい、不自由となってしまった。仕方なく、杖をついて生活をするのだが、それがなかなか大変である。
そう、杖がないと、満足に歩けない。くっそ、あの腐れ坊主め。
男は、王国の全ての神官とシスターの頂点である神官長である。神官長となった神官は、代々、王都にある聖域の教会に務めることが決まっている。
普通の神官長であれば、酒を飲むなんて、そんなこと許されない。しかし、この腐れ男は許されてしまう。
なにせ、この神官長は、元は王族である。
何代かごとに、神官長は王族が務めることとなっていた。王族にも、聖域の管理に関わらせよう、というとても崇高な使命なのだが、実は、権力争いに負けた先の罰ゲーム的ものらしい。
どうして知っているかというと、この神官長が裏話をベラベラベラベラと私にも、孤児院の子どもたちにも話すからである。
本当に、迷惑な男である。
女は買う、賭博はする、酒は飲む、横領はする、本当にロクな男ではない。
そんな男でも、教会の権威をあげるためには必要であるし、意外にも、子どもには優しいのだ。
今日は、聖女エリカ様の誕生祭。酒ぐらいなんだ、なんて神官長は言っているが、体裁というものがある。いつ、誰がお祈りに来るかわからないってのに。
呆れていると、ほら、きた。
「あ、外れエリカ様だー」
同じ酔っ払いが、私の裏の名前を呼んでくれる。悪かったわね、外れで。
「すみません、その杖をとってもらえますか? それがないと、歩けないので」
「大変ですね、外れだと。足が使えなくなるなんて」
酔っ払いは、本当に失礼なことを言いながら、杖を渡してくれた。
そして、倒れている神官長に気づいた。
「あれー、神官長、いくらなんでも、この外れエリカ様を襲っちゃだめですよ。汚れますよー」
お前を汚してやろうか! ひきつった笑顔になってしまう。
神官長は、どうにか立つと、お客様の胸倉をつかんだ。暴力ダメですよ。
何事か、男も耳元にささやく。何を言っているのかわからないけど、酔っ払いの男は真っ青になって、「すみませんでしたー!!」と叫んで出て行った。
「最近の奴らは、信心が足りねえなー」
「一番、信心の足りないあなたがいうことではありませんよ。ほら、手を貸してください。左足だけだと、なかなか歩くのが大変なんです」
「すまんすまん」
「きゃっ!」
そう言うや、神官長は私を片腕だけで抱き上げた。酔っ払いのダメ親父だけど、鍛えているので、かなり逞しい。
「酒くさいー!」
「我慢しろ。ほら、聖域のお勤めに行くぞ」
「お願いします」
今日も、私は王都の聖域のお勤めをする。




