サラ、貴族に戻る
サラは呆然と事の成り行きを見ていた。呆然としたまま、帝国の男と王族二人を見送り、呆然としたまま、体にしみついた農作業をしようとして、私に止められた。
「サラ、ほら、座って。もう、こんなことやらなくていいの」
「なんで? どうして、今?」
「もう、孤児院に戻って、荷物をまとめて。ロベルトお兄様が馬車で待っているから」
「だって、アンタ、私をエリカ様にするって」
「エリカ様はいらないの! もともと、聖域にエリカ様なんていらないのよ!! 王国は、儀式の記録をなくしたから、仕方なく、清廉潔白な女の子に聖域の見張りをさせていただけ。本当は、それ、教会の役割なの」
妖精たちは、順序を間違えなければ、全て、真実を教えてくれた。
儀式のことも。
私がどうして王国にいるのか。
教会の存在意義も。
全て、教えてくれた。だけど、私は墓場まで、全て、持っていくつもりだった。
真実を広めてもいいことなんてない。だけど、エリカ様をこれからずっと縛り付けるのは可哀想なので、私はそれをなくすことにした。
私はすっかり荒れたサラの手を握った。
「サラ、頑張ったね。頑張ったから、わかるよね。孤児院の皆も、平民も、裕福な商人だって、みんな、こんなふうに頑張ってるの。わかって。わかったら、きっと、サラは立派な貴族になれる」
「貴族に戻ったって、私の居場所はないって、聞いた」
孤児院の皆は、サラに全て話していた。話すとわかっていたから、私は教えた。
「大丈夫よ、リスキスお母様にお願いしたから。リスキスお母様にしっかり教えてもらって」
「帰る屋敷も、もうないでしょ」
叔父夫婦がやらかしてしまったので、領地は国王が管理していた。
「大丈夫よ、サラの領地が戻るわ。だから、しっかり勉強して、管理して、領民と仲良くしなきゃダメよ」
「私、皆に嫌われてるから、きっと、酷い目にあうわ」
「社交なんてしなきゃいいんでしょ。それよりも、領地と領民を大事にしないと、生活出来ないよ。それに、リスキスお母様が味方になってくれるって」
私はリスキスお母様から受け取った手紙をサラに握らせた。
「私、もう、何もしてあげられないの。本当に、何も、出来ないの。だから、サラ、お願いだから、この孤児院の子たちを守ってあげて。聖域の儀式が広がると、孤児の扱いは悪くなっていくと思うの。でも、それを止めたいの」
「アンタがやればいいじゃない! 帝国のお姫様なんだから、出来るでしょう」
「うーん、こういうのは、内部干渉になるんだって。サラを貴族に戻すのも、本当はダメなのよ。でも、エリカ様は、孤児院の子が不幸になるのを望んでいないわ。エリカ様、皆に優しかったよね」
先代エリカ様は、本当に優しい人だった。優しくて、時にはお母さん、時にはお祖母ちゃんとなってくれた。
「王国の問題は、王国で解決するしかないの。リスキスお父様にも、リスキスお母様にも、ロベルトお兄様にも、ついでにアインズ王子にもお願いしたわ。だから、サラ、お願いね」
サラはただ、貴族に戻るわけではなかった。大きな使命を私に押し付けられた。
「でも、私、ただの伯爵だし」
帝国の上位貴族たちに権力を振りかざされて、すっかりサラも弱っていた。権力って、本当にすごい威力だ。
「私も、帝国のお姫様だとわかる前は、ただのエリカ様だったし、ただの孤児だったし、ただの平民よ。エリカ様になると、ころっと態度かえられちゃうの。お姫様だとわかったら、王様まで頭を下げに来ちゃうんだから、すごい。いいじゃない。虎の威をかりちゃえば。なんと、帝国のお姫様までお願いしてるのよ。こんな権力、他にはないんだから。だから、大丈夫よ」
帝国なんて、海を挟んだ向こうで応援するしかないかもしれないけど。私の本音はこの際、口にはしなかった。帝国は、絶対に私を王国に戻さない。
貴族に戻りたかったサラは、とても重い使命に頷けない。もっと気軽にいけばいいのに。味方がこんなに豪勢なんだから、大丈夫なのに。
あまりにもサラが来ないので、しびれをきらしたロベルトお兄様が迎えにくるまで、サラは顔をぐしゃぐしゃにして泣き続けた。