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聖女の代理人  作者: 春香秋灯
最果てのエリカ
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いばりんぼうサラ

 帝国の男は帰っていったが、帝国から連れてきたらしい騎士たちや侍女たちは残って、私の元を離れなかった。

 離れないだけでなく、水を汲もうとしたら騎士が汲み、作物を収穫しようとしたら騎士がする。食事の用意は侍女たちが行った。

 私のやることといえば、聖域へのお勤めである。せっかくなので、私は小屋の前にテーブルと椅子を出し、ハーブティを飲んで、ぼうっと聖域のほうを眺めた。

 ぼうっといしていると、サラがやってきた。

「アンタだけずるい! なんて、アンタが皇女様なのよ!! エリカのくせに!!!」

「この女っ!」

「離れて」

 サラを取り押さえようとする騎士や侍女たちは、私の言葉に不承不承ながら従う。ただし、離れたとしても、ちょっと走れば捕まえられる距離である。たった一言だけでいうことをきいてもらえるって、すごい。

 帝国の騎士や侍女に囲まれていても、サラは関係ない。

「アンタの力で、私を貴族に戻しなさいよ!」

「まだ言ってるの」

「帝国は王国よりもうんと強いのよ。帝国が言えば、なんだってかなうんだから」

 この、ハングリー精神と唯我独尊ぶりには、あいた口がふさがらない。

 そして、侍女や騎士が殺気だってくる。かなり不敬である。

「エリカ様に選ばれると、初代エリカ様について教えられます。それは、まあ、王侯貴族全て教わります。知ってますか?」

「知らないわよ」

「昔、王国は、帝国のお姫様を毒殺しました。そして、帝国のお姫様の子どもを虐待したそうです。その虐待された子どもが、初代エリカ様です。帝国のお姫様は、帝国では聖女のような存在だったそうです。そのため、帝国は、今も、王国を恨んでいます」

「………」

「貴族なら、常識の話です。王国は永遠に、帝国に逆らえません」

「アンタは、王国で育ったんだから、王国側よ」

「いえ、私は帝国でも王国でもありません。私は、聖域の守り人です。政治にはよほどのことがない限り、口をはさみません」

 言葉裏に、サラの願いを叶えないことを含ませる。サラは、事の大きさを理解していない。だから、もうそろそろ、気づかさなければならない。

「では、私も帝国に行かないといけないので、サラを次のエリカ様にしましょう」

「はっ、なに言ってんのよ! エリカ様は赤ん坊が選ばれるって、決まってるのよ!!」

「私は、八歳の子どもでエリカ様になりました。私が選ぶんだから、それでいいでしょう。サラ、明日から、こちらで暮らしてください。誰か、シスターに伝えてください」

「イヤよ! こんな狭くて汚いところ!!」

「黙りなさい。私のいうことが聞けないというのなら、鞭で打つしかありませんね。明日、ここに来なかったら、鞭打ちです」

「なんで私がっ」

「サラはわかっていませんね。王国は帝国には絶対に逆らってはいけないのです。貴族でも知っていることですよ。今日は帰ってください。明日の準備があります」

 サラが喚き散らしているが、それを無視して、私は小屋に戻った。

 サラはしばらく怒って、畑を荒らそうとしたり、小屋に石を投げようとしたりしたが、全て、騎士に止められ、侍女二人がかりで、教会に連れて行かれた。

「とんでもない女ですね。あれで元貴族だなんて、可笑しな国ですね」

 小屋にいる侍女が、サラを嘲笑う。わからないでもない。

「見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありません」

「い、いえ、エリカ様はいいのですよ。エリカ様はありのままで」

「私は、生まれはともかく、育ちは王国ですから」

「………本当に、お可哀想に。でも、大丈夫ですよ。我々が、エリカ様を守りますから」

 侍女も騎士も、私に対しては誠心誠意つくしてくれる。

 でも、それを当然と思ってはいけない。





 次の日、小屋にやってきたのは、サラの取り巻きの一人、ルネだった。

「エリカ様、あの、私が代わりに来ました」

「こうきましたか。わかりました。誰か、サラを連れてきて。あと、鞭もお願い」

「あ、私が行きたいって言ったの! サラは悪くないわ!!」

「ルネ、ほどほどにしないと、サラが可哀想ですよ」

「サラにはムリよ! 私が頑張るから」

「サラが頑張らなければいけないんです。サラのためを思うなら、こんなことはしていけません」

 私とルネが言い争っている間に、優秀な帝国の騎士と侍女が、暴れて抵抗するサラを連れてきた。ルネは、侍女によって強制的に孤児院に帰ってもらった。

「さて、サラ、これから、畑の草抜きと虫とりです。頑張ってください」

「そんなの出来ない! 私は、虫は嫌いだし、汚れるのはいや!」

「帝国の騎士は貴族もいますが、昨日、やってくれましたよ。帝国の貴族もやれることが出来ないなんて、いばりんぼうサラは、本当に役立たずですね」

「やればいいんでしょ!」

 いばりんぼう、と言われると、すぐカッとなるのは、サラの悪い癖である。

 サラは農作物を踏みつけ、手あたり次第に抜いていく。

 草も、お野菜も、どんどん、抜かれていく。

 それを黙って見ている私と騎士たち。

 しばらくして、サラは手を止めた。無理に抜いたりしたから、手が傷だらけになっていた。

「もう無理ぃ」

「いばりんぼうサラは、お野菜まで抜いて、本当にダメですね。帝国の貴族だって、ちゃんと草だけを抜きましたよ」

「知らないわよ!」

「いばってばかりで、何も学んでいないんですね。ほら、あなたが抜いたそれは、まだ食べられます。今日の夜に使うので、持ってきてください」

 サラが抜いた見るも無残の野菜を騎士たちが小屋に運んでくれた。





 それから、やることなすこと、本当に何も出来ないサラに、侍女たちと騎士たちは侮蔑をこめて見つめた。

 貴族に戻りたいサラは、元貴族だと口では言って、本当に何もしてこなかった。そのせいで、何も出来ない大人になっていた。

 これで貴族に戻ったとして、どうなるのだろうか。すぐに、平民落ちして、酷い最後を迎えそうである。

 すっかり疲れたサラは、寝心地の最悪だというベッドで寝てしまった。

 私はというと、疲れてもいないので、外でハーブティを飲んでいた。

 騎士たちが交代で警護をしているので、夜も安心して過ごせる。それ以前に、聖域には、悪人は来ない。来たとしても、私に憑いている妖精が、何かしているらしいので、悪いものはいなくなる。

 一日目で、全く成長しなそうなサラを見て、明日はどうしよう、と考えていると、孤児院のほうから、数人、人がやってきた。どれも、私やサラと歳が近い子たちだ。

「なあ、サラをエリカ様にするのはやめてくれないか? サラは、本当に何も出来ないんだ」

「サラは、元貴族だからって、私たちを顎で使うだけ使って、何もやってこなかったのよ」

「このままだと、聖域が汚れて、大変なことになっちゃうよ」

「知ってます。サラにはエリカ様は無理です」

「だったら」

「あなたたちは、何故、サラが王都の孤児院ではなく、こんな最果ての孤児院に来たのか、知っていますか?」

 元貴族のサラは、もともとは、王都に暮らす貴族だった。治めるべき領地はあるが、王都に近かったと聞いている。

 だったら、王都の孤児院にいれるのが普通である。目が届くし、何かあった時、対処がしやすい。

「遠くにやれば、捨てたなんて、言われないからだろ」

「よく考えましたね。でも、貴族とは、そんな優しいものではありません。貴族は足の引っ張り合いばかりしています。平民落ちしたサラは、ただではすまないでしょう。

 サラは、もともと王都の孤児院にいれられることになっていました。そこに、エリカ様が口を挟み、この最果ての孤児院にわざわざ移動となったのです。

 王都の孤児院にいたら、一年もしないうちに、サラは殺されていたでしょう。サラのご両親もサラ自身もかなり恨まれていたそうです。それはいけない、とエリカ様が保護したのです。聖域のすぐ近くの孤児院にまで、悪さをする貴族はいません」

 サラは、先代エリカ様のお陰で、いばりちらしていても、成人まで生きてこれた。

「私たちは成人しました。もうそろそろ、孤児院から出て、働きに出なければいけません。サラは、成人とともに、エリカ様の守護がなくなります。元孤児が働きに出るとしたら、下働きから侍女まで、いろいろとあります。たぶん、サラは侍女の仕事につこうとします。そうすると、貴族に近くなります。貴族は、サラのことを忘れたわけではありません。サラは、一年もしないうちに、命を落とすか、酷い目にあいます。

 成人したら、このままではいられません。サラは、気づかないといけないのです」

 サラを大切に思う孤児たちは、黙り込んだ。そこまで、誰も想像していなかった。

 ここは、孤児院といっても、エリカ様が守る最果ての聖域に隣接している。ここ出身の孤児は、王侯貴族から商人平民まで、おいそれと悪さはしない。だから、外の悪い話を成人した孤児たちから聞いていないのだろう。

 ひもじくても、親の愛がなくても、とても寒くても、ここでは、エリカ様が優しく守ってくれた。それは、外の世界にまで続いている。

「王国は、とてもとても悪いことをしました。だから、善人でいなければなりません。でも、全ての人が善人なんて不可能です。だって、善人だったら、孤児院なんて必要ないでしょう。優しい隣人が手を差し伸べてくれます。孤児院に入ったら可哀想、と思うでしょう。でも、赤ん坊の頃に捨てられた子だっています。もっと、現実を読み取りなさい。もしかすると、最果ての聖域から、エリカ様がいなくなってしまうかもしれないのですから」

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