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聖女の代理人  作者: 春香秋灯
最果てのエリカ
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初代エリカ様

 初代エリカ様の夢を見た。それは、本当に恐ろしい夢だった。

 ガリガリに痩せた、みすぼらしい少女が地下牢にいた。光りもささないそこでは、ランプがないと何も見えなかった。

 そこは、寒いのだろう。吐く息が白い。なのに、少女はボロボロの、薄い服で過ごしていた。

「エリカ様、食事ですよ。今日は、パンだけでなく、なんと、スープもありますよ」

「パン、スープ!」

 少女は大喜びで、ドアの隙間から入れられたトレイを見る。

 そこには、カビだらけの固いパン一つと、何を煮詰めたのかわからないスープ一皿があった。それを少女は喜んで食べた。

 ガリガリと食べ、スープはスプーンを使わず、皿を持ち上げて飲み干す。

 それで終わり。足りないので、水差しから皿に水をいれる。水差しからは、泥水が出てきたが、気にしない。美味しそうに、それを飲んだ。

 少女の食事が終わると、侍女と王妃、王女が入ってきた。

「エリカお姉さま、どうか、助けてください」

「アリス、どうしたの?」

「エリカお姉さま、今から教えることを男に言ってください。そうすれば、お父様もお母様も私も助かります。いいですか?」

「わかった! エリカ、がんばる!!」




 地下牢から罪人がいれられる普通の牢やに入れられる。与えられる食事は変わらない。

 服もかわらないが、外が見られるようになって、少女は喜んだ。

 そんな彼女に、複数の男たちが鉄格子ごしに面会に訪れる。

「初めまして、エリカ様。私は、あなたの従兄になります」

「いと、こ? あ、違う」

 少女は突然、男たちの手が届く所で座りこみ、頭を石畳に押し付けた。

「もうしわけ、ございません! すべては、エリカが、わるいです!! だから、おと、おとう、さま、とおかあさま、と、アリスをたすけてください!!!」

「………誰に、そういうように言われましたか?」

「だれ? だれって?? わからない。むずかしい」

「………どうやら、改めて、尋問が必要ですね」

 少女は、従兄と名乗った男のまとう空気が物々しくなってくるのに恐怖を感じ、震えた。

「こわいぃいいいいーーーー!!!」

「あ、すみません、じゃなくて、ごめんなさい。あ、飴をあげます。ほら、口を開けて」

 言われた通りに、少女は口をあけると、男は飴をいれる。

「??? これ、なに?」

 初めてなのだろう。少女は驚いて、泣き止んだ。





 牢やから、豪華で暖かい部屋に移動した。少女は、言われるままに風呂にいれられ、綺麗な服に着替えさせられ、白い服をきた医者の問診をうけて、ベッドで横になる。そこから動いてはいけない、と少女にわかるように言われたので、少女は大人しくしていた。

 そこに、従兄と名乗った男と、厳しい表情をする男がやってきた。

「エリカ、教えてほしい。君は、どんな食事をしていたのかな?」

「食事、パンと、あと、スープ」

「どんなパンとスープ?」

「いつもおなじ。さっき、たべた。おみずもおなじ」

「いつも、一人でいたのかな?」

「ちがう! くろいひとがいる。くろいひと、いつも、おなじこといってる。でも、むずかしくて、わからない」

「何ていっていたか、教えてくれるかな?」

「しってる! のろえのろえのろえ! ほろびろほろびろほろびろ!! みんなしね!!! そうねがえって、いつもエリカにいうの。でも、むずかしいから、わからない。ねがえってなに? のろえってなに? ほろびろってなに? しねってなに? みんな、わからない!」

 とんでもないことを口にする少女に、従兄以外は凍り付いた。従兄は口元だけは微笑んでいるが、目は笑っていない。








 帝国の次期皇帝である皇太子は、話し合いのテーブルにつくが、ずっとトントンと机を指先で叩いて、向かいに座る王国の者たちを睨む。立場は、帝国のほうが遥かに上だ。

「噂話で聞いていたことと、話が違う。我が帝国は、エリカが我儘放題をして国庫をあけている、と聞いていたから、これまで援助をしてきた。今回のクーデターに関しても、エリカを五体満足で帝国に連れて帰ることを条件に、資金援助もしたし、これから十年間の支援を約束した」

「はい、とても、助かりました」

「ところが、蓋をあけてみれば、エリカは地下牢に幽閉され、虐待の限りを受けていた。満足な教育も受けさせられなかったから、幼児並の知識しかない」

「申し訳ないことをしたと思っています。エリカ様の虐待に関わった者たちは全て、帝国に引き渡します」

「エリカの悪評を払拭してもらいたい」

「必ずします」

「まあ、契約ですから、十年間の支援はしましょう。この国も、このままでは、立ちいかないでしょうし。

 よりにもよって、妖精憑きを殺し、妖精憑きを虐待していたとは。十年で、どうにかなるものではないでしょうね」

「我々には、わからないことだが、この国は、どうなるのでしょうか」

「エリカが言ったでしょう。妖精は、この国を呪って、滅ぼそうとして、殺そうとしている。エリカが願えば、すぐだ。妖精は、言葉巧みにエリカに願わせようとした。だが、エリカには知識がなかったから、それを拒否した。お陰で、まだ、この国は無事でいるが、所詮、時間の問題だ。この国は、王族も、貴族も、神官も、全て腐ってる。

 エリカは連れて帰る。五年後、また、こちらを視察に来る。それまで、悪あがきをするんだな。

 もう、ここには用がない。すぐに馬車を準備しろ」

 皇太子は、いうだけいって、席を立った。






 少女の面影を残し、成人したエリカは、腐って汚れた聖域にいた。白を貴重としたシンプルだが上等な神官服が汚れるのもかまわず、聖域の中心に立った。

「ごめんなさい! エリカが全部、引き受けます。だから、綺麗になって!!」

 跪き、汚れた聖域に額をつける。服も肌もどんどんと汚れていく。

 しばらくして、聖域がエリカを中心に白く輝き、綺麗になっていった。

 綺麗になっても、エリカについた汚れはとれない。顔も汚れたままで、エリカは笑った。

「ありがとう! エリカ、頑張るね!!」

『やめよう、エリカ。死んじゃうよ』

『そうだよ、死んじゃうよ』

「うん、知ってる! でも、いいの。エリカね、伯母さまから、お兄様から、いいことしたら、みんな喜ぶって、教えてもらったの。だから、いっぱいいいことするの!! いっぱいいいことすると、伯母さまも、お兄様も嬉しいっていってくれる」

『死んじゃうよ』

「よくわかんない!」

 エリカにしか見えないし、聞こえない、妖精たちが必死で止めても、エリカは簡単なことしかわからない。

 エリカは五年間、帝国で教育をうけた。しかし、五年経っても、エリカは知識は増えなかった。

 出来るようになったのは、食事のマナーや、カテーシー、読み書きだ。すでに固まってしまった非常識を塗り替えることは難しかった。

 エリカは考えた。みんなが嬉しい、と思うことをすれば、みんな喜ぶ。みんなが喜ぶことはいいことだ。

 そして、王国は悲しい苦しいばかりだったので、エリカは、それをどうにかしてあげたかった。それが、命をかけることとなるとは、エリカは理解していなかった。

「伯母さまも、お兄様も、喜んでくれる!」

 そう信じて、エリカは王国の聖域を全て浄化し、帝国に帰っていった。





 エリカはベッドから出られなくなった。体のあちこちが変色して、目も見えなくなっていた。

 皇太子は、エリカの手をとって泣いた。

「こんなことになるなら、王国に行かせるんじゃなかった」

「お兄様、泣いてるの? エリカ、悪い子? ごめんなさい」

「エリカは悪くない。悪いのは、王国のやつらだ。あいつら、エリカばっかりいじめて」

「良かった。エリカ、悪くない、良い子なんだね」

「エリカは良い子すぎる。少し、悪くなったほうがいい」

「わかった。じゃあ、ピーマン食べない!」

「もう、食べなくていい」

「ケーキいっぱい食べる!」

「ああ、虫歯になるまで、食べていい」

「朝も昼も夜も寝る!」

「………それはダメだ。ほら、起きて」

「ごめんなさい、エリカ、悪い子。とっても眠い」

 そうして、エリカは永遠に目覚めなかった。

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