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聖女の代理人  作者: 春香秋灯
最果てのエリカ
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本物のエリカ様

 今日はお祭りの日。誰もが楽しむ一日。そんな日でも、私は楽しむことはない。いや、毎日、楽しめるようにしている。

 先代エリカ様は、私のことをとても心配していた。

 私は、8歳でエリカ様になってしまった。本来なら、赤ん坊の頃からエリカ様の教育を受け、この生活が普通なようにならなければならない。

 でも、私は8歳でエリカ様となってしまったため、人としての普通の生活を知ってしまっていた。その経験のせいで、エリカ様としての生活が辛くなるのではないか、と心配していた。


 だったら、私をエリカ様に選ばなければいいのに。


 軽く恨みをこめて言い返してやると、先代エリカ様は泣きそうな顔で黙り込んだものである。

 それも昔の話。それを心配する人は、もういない。

 数少ない娯楽のように、お茶会用に作ったテーブルセットでハーブティを飲む。

 今日も一日、これで終わりかと思っていた。


 物々しい足音と、聞き覚えのある声が近づいてきた。


「いくら、陛下に許可があるからといって、こんなことは許されません!」

「アインズ王子?」

 薄暗くなった教会のほうから、アインズ王子と物々しい数人の兵士、そして、見覚えのある男がやってきた。


 帝国の男は、一年経ってもやってこなかった。二年経っても音沙汰なし。三年で、待つのを諦めた。


 そして、私が成人した歳に、物々しくやってきた。

 止めるアインズ王子を押しのけ、男は、椅子に座る私の前に跪いた。

「お迎えにあがりました、姫様」

「えっと、何の冗談ですか? 私は、親に捨てられた孤児で」

「あなたは、生まれてすぐに誘拐された姫様です! どうか、帝国に帰りましょう。皇帝も皇妃様も、お待ちしております!!」

 どうしよう、まずい空気になってきた。

 アインズ王子が、帝国の男の言葉に、呆然としている。まあ、エリカ様になった時から、私のほうが立場は上なのだけど、そういうのとは違う。


 やばい、怖い、どうしよう。


 昔、貴族の養女になる話が進んだ頃のことを思い出した。とても恐ろしく、想像できない、恐ろしいことが起こっている。


 そんな時、頼るのは、優しい先代エリカ様のことだ。


「もしもの時は、手紙を渡しなさい」


 

「あ、手紙」



 帝国の男のことも、アインズ王子のことも、かなり遅れてやってきたロベルトお兄様のことも、目に入らなかった。すがるように小屋に入って、引き出しの奥にある先代エリカ様の手紙を出した。

 この手紙、渡すのだ。読むのではない。

 私は、小屋から出ると、帝国の男に手紙を渡した。

「これは、先代エリカ様が書いた手紙です。それを持って、一度、帰ってください。私には、考える時間が必要です」

「あなたを連れて帰るように命じられています」

「それにしては、見つけてから、随分、時間がかかりましたね」

「あなたが姫様だという証拠集めに時間がかかりました。本当に、申し訳ないことをしました。平にご容赦を」

 額を地面に押し付けて謝る帝国の男。

「証拠って、どんな」

「エリカ様の肖像画を持ってまいりました」

 後からやってきた文官らしき男たちが、かなり大きな額縁を持ってきた。

 薄暗くて、もう見え辛くなってきたので、私は小屋からランプを持ってきて、肖像画を見る。

 とても高級そうなドレスを来た女性が描かれていた。その女性は、確かに私にそっくりだ。


 先代エリカ様は、どんな夢を見たのだろうか。


 夢を見て、8歳の私をエリカ様に選んだ。その夢は、その当時のことを思い出すと、悪夢のような内容だったのではないか。

 普段はとても優しいエリカ様。それが、鬼気迫るように顔をこわばらせていた。


 初めて聖域に入った時、先代エリカ様は、

「やはり、本物か」

 と呟いていた。正直、何が本物かわからないし、今もわからない。


 あまりにたくさんの情報が頭の中をめぐって、気持ち悪くなって、私は椅子に座り込んだ。

「あなた様がいるのは、この王国ではありません! 帝国こそ、いるべき国です!!」

「私が、エリカ様の生まれ変わりだから、迎えにきたの!?」

「違います。ずっと、ずっと、姫様を探していました。誘拐犯もとらえたのに、姫様の行方が知れず、皇妃様は心労でお倒れになり、今も、病身となって、姫様をお待ちしております!!」

「だったら、なぜ、私を見つけた時に真実を言わなかったの。証拠がないから? そうよね、本物かどうか、わからないものね」

「………」

「ねえ、帰って。私、今は、無理」

 感情の揺らぎに胸が傷んだ。涙が止まらない。


『大丈夫だよ、こんなやつら、ボクたちがやっつけてやるよ』

「ダメよ、そんなことしちゃ。みんな、いい子にしていて」

「姫様、まさか、妖精の声がっ」

「聞こえるわよ。悪い? ずっと、ずっと聞こえてたわ。一人になっても、妖精たちが話しかけてくれるから、寂しくなかった。ずっと、ここで妖精たちと一緒に暮らして、リスキスお父様とリスキスお母様とロベルトお兄様と、ついでにアインズ王子とお茶を飲んで、そういう一生を送ると思ってた。今更、私の毎日に入ってこないでよ!!」


 妖精の声が聞こえ、姿が見えることは秘密だった。幼いころは、大人もそれほど気にしなかった。よくある、秘密の友達的な存在と思っていたのだろう。

 だけど、大きくなるにつれ、妖精の姿が誰も見えていないことに気づいた。話してみても、嘘つきといわれる。

 妖精の話をすることで、逆にいじめられるようになったので、私は口をつぐむことにした。


 帝国の男は、恭しく私の手をとり、額につけた。

「私の忠誠は、全て、あなたに捧げます。どうか、時間をください。また、お迎えにあがります」

「………次、来る時は、かばん一杯のリンゴを持ってきて。あなたが持ってきたリンゴ、下げ渡さなかったけど、すぐに食べ終わっちゃったわ」

「はい、食べられないくらい、いっぱい、持ってきます」

 時間を貰えることになったので、私はやっと落ち着いた。

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