第三十四話、怪異と怪物とその後のお話。
後日談、というよりその後のお話。
満月輝く秋夜の公園で、私たちは悪魔に遭遇した。
既に悪魔は黒い灰となってしまい、その灰も一部は風に流され、残りは天狐ちゃんと宇美花神社妖怪一行に回収されてしまった。
悪魔の討伐自体は甚伍と私だけで熟した――わけではもちろんなく、よくわからない原理で霊犬(送り犬のゴールデンレトリバー)と骸骨(私たちが初めて遭って甚伍が薬指を奪われた怪異)が現れてなんとかなかった。
一方、”夕枯れ”の方。
私が直接確認したのは桔葉さんがすごい頑張って夕枯れをビームで貫いて、天狐ちゃんが霊玉を取り返したところまで。その後すぐに強烈な光で目が見えなくなっちゃったし、私は甚伍を追って結界の外に出たから知らなかった。
私たちが悪魔と対峙して苦労していた頃、夕枯れの方は夕枯れの方で結構大変だったらしい。
まず、私が霊感で察知して地面に落ちたと思っていた”夕枯れ”本体。
そもそも地面に落ちたというのが間違いだったみたい。実際は夕枯れの核とも言える高エネルギー体(後に妖怪火繰りだとわかる)が地面に落ちただけで、夕枯れの肉体?球体は保ったままだったそう。
この時点で色々問題があった。
一つは高エネルギー体への対処。
二つは上空に残った夕枯れの残エネルギーへの対処。核を失ったため既に暴走開始。
三つは天狐ちゃんが取り返した霊玉の対処。そのまま直で持っているだけでは再び夕枯れに取り込まれる危険性があった。
四つは全員が疲弊していたこと。扇子の法具――宇美花神社の神器と聞いた――を使った桔葉さんとそれを支えていた妖怪三人は言うまでもなく、天狐ちゃん含め妖狐もイベント会場と霊界の同化に加えて夕枯れを拘束したりエネルギー削ったりと、霊力の消耗が著しかった。
問題だらけの中で、一つ目については思いもよらないところから動きがあったそう。
どこからって。
「キュエ?」
『ふふ、なんでもないわよー』
「キュェー」
私の近く、いつものようにベッドで丸くなっていたミドリがこちらを見て尋ねてくるので、なんでもないと伝えた。
可愛く鳴いて顔を羽毛に埋めるミドリは相変わらず可愛い。
そう、この子。
高エネルギー体――夕枯れの核となっていた妖怪、火繰りをどうにかしたのはこのちっちゃなヒクイドリ、ミドリだった。
私と甚伍に付いて来なかったミドリはその場に残り、とことこと倒れ伏した夕枯れの核――火繰りへと無防備に近づいた。
誰も止めようがなかったのか、突然の動きすぎて制止の声を上げるので精一杯だったらしい。
ミドリが高エネルギーを発する火繰りに近づき、その後何が起きたかって全員が全員よくわからなかったと言っていた。
結論だけを言えば、ミドリが火繰りの持っていたエネルギーを全部食べた。これだけになる。過程はわからず、ミドリ側から何か動きがあったようにも見えなかったと言う。しいて言うならもぐもぐしてはいたみたいだけど……。
とりあえず夕枯れの核としてのエネルギーはミドリが吸収し、問題が起きたかと言えばそれも特になかった。エネルギーを小さな身体のどこにしまったのか、ミニ鳥を観察しながらも天狐ちゃんたちはエネルギーを失いただの妖怪に戻った夕枯れの元凶、火繰りを捕縛。
ミドリは……。
『……』
ベッドの上で丸くなったまますやすやしてる。可愛い。
私が見たところ、この子がそんな大きなエネルギーを取り込んだようには思えない。確かに見た目黒い羽毛に緋色が混じっていたり、目の色とか喉のところとか赤色強くなったようにも見えるけど、霊感をそう刺激してきたりはしない。
一番に変わったところは、何故か私を認識するようになったこと。
ちゃんと姿までは見られていないみたいだけど、甚伍と同じで声を聞き取ってどこにいるかを大体察知できるようになったらしい。正直予想外だった。
どうしてこうなったのかは、おそらくミドリが火繰りから火喰いの権限?か何かを取り返して、存在的に一個上に上がったから。あとたくさんの霊力も。
そもそも火喰いが概念存在なんだし、それが現実に形となって現れている時点で色々おかしい。本来なら権能取り返して消滅、となるはずなんだけど……そこはよくわからないわ。とりあえず可愛いから良いと思う。もうミドリは家の子よ。
問題一つ目はミドリの尽力?により解決して、三つ目は天狐ちゃんがささっと霊界に霊玉投げて別の妖狐に渡したから解決。その妖狐の胃痛がひどくなったとかなってないとかは置いておくとして、もう一つの大きな問題は二つ目、上空に残った夕枯れの残骸だった。
核を失い大きなエネルギーを喪失したとはいえ、残った力も相当なものがある。
しかも意識喪失中とはいえ、一つの目的(夕枯れ)に向けて動いていた核――つまるところの指針、司令塔がなくなった状況。混沌の力が目的もなく暴走を始めていた。
みんな霊力も体力も消費して疲れている状況で、そんな高エネルギーにどうやって対処したのかというと……。
端的に、桔葉さんがめちゃくちゃ頑張った。
私は聞いただけで直接目にしてないから何とも言えないけど、布女さんが鼻息荒く語ってくれたからこの部分に関しては詳細に語れる。
そもそも、桔葉さんの使った宇美花神社の神器である扇子は攻撃に向いているものではなかったらしい。
状況が状況だったから頑張ってビームを撃ちはしたけれど、神器の本領を発揮できたわけではなかったそう。あの威力で全力じゃなかったって……と聞いた瞬間の私と甚伍は顔を引きつらせちゃった。
じゃあその扇子に向いているのって何よと聞けば、そこはやっぱり宇美花神社の神器らしく宇美花様の権能なんだって。わかりやすく言えば、縁を司るもの。
夕枯れの混沌の力は、最初からあらゆるものが混ざり合った状態じゃなかった。
時間の経過と取り込んだエネルギーが方向性なく混ざってしまったからぐちゃぐちゃになり、混沌の力なんてものになってしまった。神器の力を使えば、混ざった力を分解して個々のエネルギーに戻すことができる。
そうつまり、桔葉さんが神器を駆使して頑張って、混沌の力を、霊力、生命力、火の力、光力、自然エネルギー、負の力他いくつかと、丁寧に切り分けていった。
細分化されたエネルギーなら取り扱いもしやすく、霊力や生命力は単純に妖怪が吸収、火の力や光力は妖狐側で取り込んでもらい、自然由来のものも大地に返し、負の力は正の力をぶつけ対消滅させてと、一つ一つ順番に対処していけば混沌の力も完全に消滅させることができた。
私の知らないところで、本当の本当に桔葉さんは大活躍したみたい。
やり切って気絶しちゃったらしいけど、神器の制御で極度に疲弊しただけと聞いたから安心した。
その辺全部解決して、終わったーとみんなが安堵の息を吐いたところで私たち(甚伍)がいないことに気づいたらしい。
まあこっちはこっちで自力?……自力か。自力で片付けられたからよかったけどね。さすがは私の甚伍よ。怪異を味方につけて戦うなんてさすがとしか言いようがないわ。
気絶中の桔葉さんと合流し、骸骨や犬のせいで一触即発の状況になりかけたりもしつつ、なんやかんやでその場は解散して家に戻ってきた。
ご飯食べたり歯磨きしたりとかして、甚伍は今お風呂中。
そろそろ帰ってきてもいい頃だと――。
「――ただいまー」
『ふふっ』
戻ってくるかなぁと思ったら本当にちょうどよく戻ってきてくれた。
ほんのり髪の毛湿ったまま、短い髪を揺らして怪訝な表情を浮かべている。微かに漂うシャンプーの香りがお風呂上がりを強く感じさせた。
「な、なに?何笑ってるのさ」
『いいえー。ただそろそろ戻ってくるかなーって思ってたら本当に戻ってきたから笑っちゃっただけよ』
「そ、そっか……う、うん。ならいいんだけど」
ぽしょりと呟き頷いて、”なんか変な感じだな”と続ける。
『何が変なの?』
「いやだって……僕、日本語で話してるでしょ?」
『ええ』
「守護霊さん普通に返事してくるじゃん」
『そうね』
「会話成立しちゃってるじゃん」
『ふふ、そうね』
「お風呂中の僕の心の声聞いてたでしょ」
『いいえ。ちゃんとそこは聞かないように意識してたから聞こえなかったわよ』
「守護霊さんの聞き取り能力が都合良すぎる……」
『ふふっ、まあ今まで苦労してきた分ね?これくらい融通利くようになってもいいじゃない』
「それは確かに……そうかも」
納得の表情を浮かべてくれた少年に微笑みかける。けどまだ、さすがに私の姿は見えないみたい。あくまで成長したのは私自身の能力……のようなもの。意思疎通能力とか、念話能力とか。そういうのの発展形。
とりあえず、甚伍とパスを強く繋げておけば通訳無しで私も日本語を理解できるようになった。
問題は意識して心に壁でも作らないとお互いに考えたこと全部筒抜けになっちゃうってところ。
例えばこうして私が甚伍の瞳を見つめて、青くて蒼くて碧い美しさに見入られて吐息さえかかる距離まで近づいてじぃぃーっと見つめているこの瞬間でさえも、私がどれだけ甚伍の瞳を好きで好きで大好きで愛おしく思っているのか――。
「近い近い近い近い近い近い近い近い!!!ていうか守護霊さんどんだけ僕の目好きなのさ!?」
『――こほん……世海一?』
「……はぁ、心の声を聞いてしまったばっかりに信憑性が百割増しになってしまった」
『まあね、ほら。気にしない方がいいこともあるわよ』
「……ソウデスカ」
『うんうん』
というわけで、今後も余裕がある時はパスを繋いで日本語会話を楽しませてもらおうと思う。私が日本語を話しているわけじゃないっていうのは言うまでもないので他所に置いておく。
「――ご両人、話は終わったのか?」




