第三十三話、少年と私と怪物退治。
霊体犬(肉体あり)こと送り犬が甚伍の救援に来て、悪魔退治はおしまい!
『――そう簡単にいかないものね』
(……うん)
ゴールデンレトリバーは悪魔と対峙し、一切臆することなく果敢に飛びかかっていった。甚伍の足にすりすりくっついてきていた時とは大違いな姿で、唸り声も勇猛だった。
送り犬、という伝承が元の霊犬なだけあって、犬とは思えない攻撃力も持っていた。
噛み付き、引き裂き、噛み砕いて噛み千切る。
牙と爪を駆使して戦い、時には甚伍と共闘して戦い、呪符の効果で強化されたゴールデンレトリバーの攻撃は強烈なものがあった。
悪魔の攻撃など物ともせず、相手の身体の一部を粉砕しさえした。
けど足りない。それでも足りない。
どうすれば悪魔の致命と成り得るのか。
これまで戦ってきて、なんとなく予想はできる。この、悪魔という存在には一定以上の神聖ダメージを与えなくちゃいけない。
甚伍の呪符は効いていた。けど威力が足りなかった。
ゴールデンレトリバーの攻撃も効いていた。けど神聖属性じゃなかった。
思えば、呪符の攻撃の方が悪魔の傷の治りも遅った気がする。
『――どう思う?私の考察』
(大体あってそうだね……。問題はその神聖属性の攻撃だ。呪符以上なんて何もないよ?)
『そうよね……』
今は悪魔の相手をひたすら犬がしてくれているから大丈夫だけど、それにもまた限界がある。
甚伍の怪我だって止血したはずなのに血が止まらないから悪魔の影響出ているっぽいし、どうにか解決しないと――。
(――守護霊さん守護霊さん)
『なに――え、なに?あなた何したの?』
急に足元に魔法陣が現れていた。
何の予兆もなく、強く光り輝いているわけでもなかったせいで気づかなかった。この魔法陣、私がテレビで見たのと違って特徴なさすぎでしょ……。や、特徴はあるのよ?不思議文字と不思議絵が混じってくるくる回って"魔法陣"っぽく見えるもの。ただ影が薄いだけ。
(知らない知らない!僕知らないよ!)
『別に責めてないからそんな焦らなくてもいいわよ』
(あ、そう。じゃあいいや。普通に僕関係ないからね、この魔法陣)
『あなた結構余裕あるわね……』
私もこの子のこと言えないけど、今の状況で軽くふざけていられるのには安心しちゃう。余裕があるってことはまだ冷静でいられるってことでもあるもの。
それはそれとして。
「犬畜生がよお。いい加減――どけ!」
「キャン!」
ゴールデンレトリバーの悲鳴が聞こえ、一時遠くへ弾き飛ばされる犬の姿見えた。
この短い時間に何度も見た光景だけれど、今はちょっと間が悪い。
「魔法陣――?魔力じゃねえなあ。天力でもねえ。なんだその紋様は――いやいい。どうでもいい。早く死ね」
襲い来る悪魔の動きは速く、広げた四本の腕はどこから攻撃してくるかわからないようにしている。呪符を当てられないようにと悪魔の姑息な判断だった。
甚伍は何故か身動きせず、右腕で左腕を押さえていた。
『甚伍?』
(――ゆ、指がっ)
辛うじて伝わってきたのは短い一言だった。
さっきまでの余裕が消えて、急に焦り怖がっている。
急ぎ少年の言う彼の指を見て――――。
「――我が輩を」
目前に迫る悪魔と、甚伍の指を――左手の薬指を掴む骨の手。
魔法陣から伸びた骨が指を掴み、肩口から流れ出た血が垂れ、指先を伝い骨を伝い、そして魔法陣へ落ちる。
「死ねえ」
瞬間、音もなく魔法陣が消え、甚伍の隣に背の高い……背の高い骨が立っていた。
「遅参した――が、それどころではないようだ、な!」
「ぐ、誰だお前はあぐがあああああ!」
その骨は、すべてがおかしかった。
見た目はハロウィン事件の時によく見た骸骨とそう変わらず、ただそれよりも全体的に骨格が大きく見える。背丈だけじゃなく、横幅も当然大きい。甚伍よりも私よりも大きくて、骨だけだけど、生前は体格に恵まれた人だったんだと思う。
これだけなら別におかしくはなかった。いえ、そもそも魔法陣から出てきた時点でおかしいんだけどそれは置いておいて。
何がおかしいって、この骸骨洋服着てるのよ。
紺色のシャツに黒いズボン。最近甚伍が好んでいる系のお洋服だった。というか見覚えがありすぎて、普通に甚伍の私服と同じでしかなかった。ちなみに靴下と靴は履いていない。
服の袖と裾から見える太い白骨が違和感しかない。
どうしてお洋服を着ているのかもそうだし、さっき悪魔の攻撃を素手(骨)で防いだのも意味がわからない。
あんな高威力の攻撃受けたら骨なんて砕けそうなものだけどね。普通に弾いちゃった。びっくり。
(守護霊さん守護霊さん)
『はいはーい、なに?』
(見て見て)
呼ばれてしまったので、骸骨観察を止めて少年を見る。
何やら見てほしいものがあるらしく――。
『指ないじゃないの!?』
(はははー、取れましたー!)
『何笑ってるのよおばか!痛くないの?大丈夫?やっぱりこの骸骨あの時のよね!?』
(痛くないよ、大丈夫。けどまあ……そうみたいだね。あの時の骸骨だ。なんで助けてくれたのかわかんないけど)
『…………はぁぁ。まったく、心配させないで。とりあえず痛くないならいいわ』
(うん。ごめんね。ありがとう)
ひらひら手を振って見せてくるから何かと思ったら、甚伍の左手の薬指がなくなっていた。ぽろって取れたみたいに綺麗になくなって、断面は白く霞がかってよく見えなかった。
「がっはっは!我が輩に挑もうなど百年早いわ。功夫が足りんよ功夫が!」
「くそこいつ……死者の分際で霊力かよ。清符も犬もこいつも、どうなってやがる!」
体格はいくら骸骨が大柄とはいえ悪魔の方が断然大きい。上背も骨格も、人間と人外じゃ差が開くのは当然だった。……骸骨も人外だったわね。でも人型だからいいの。
肉(骨)体に差があり、腕の数も悪魔が勝っている。
手数が多ければその分有利になるのは素手同士の戦いだと必然だってテレビで言ってた。お父様は……魔法術の練度と鍛えた肉体は最強とかなんとか言ってたかもだけど……。とりあえず、例外は抜きにして普通の肉弾戦じゃ腕が二倍あったら戦いにもならないのよ。たぶん。
だけど目の前の争い、骸骨と悪魔の戦いは拮抗していた――むしろ、骸骨が押しているほど。
派手な動きはしていないのに、悪魔の攻撃はするりと避けて霊力を凝縮した拳を叩き込んでいる。
一、二、三四五と、目で追えないほどの拳打が続いていた。重い音と悪魔の低い苦鳴が公園に響く。
『ねえ甚伍、くんふーって何?あとせいふって何?』
(えー待ってね。功夫は……なんだろう。後で調べるよ。清符はたぶん清められた符のことだね。あの悪魔、どうしてか呪符のこと清符と勘違いしてるみたいだ)
『ふーん……甚伍の存在が神聖なものになってるのかもね』
なーんて。
"あははー、ないない"とかこの子は笑ってるけど、私は半分冗談半分本気だったりする。甚伍の瞳の美しさは神聖さでもないと理由にならないほどのものだから。綺麗すぎて宝石みたい――ていうか宝石以上なんだもん。
「わん!」
「ほほう、我が輩と共に戦うか。良き哉良き哉。うむ、征くぞゴールデンレトリバー!」
「わう!」
『……』
(……)
吹き飛ばされていた送り犬が戻ってきて、悪魔は先ほどよりも苛烈な攻撃に曝されていた。殴られ蹴られ噛まれ千切られ、ボロボロになっていく。とはいえ回復速度も馬鹿にできず、これだけの火力があってなお決定打には至らない。
ところで。
『どうしてあの骨、ゴールデンレトリバーのこと知ってたの?』
(僕の中に潜んで覗き見でもしてたんじゃない?)
『魔法陣から出てきたのに?』
(魔法陣から出てきたのに)
『そう』
(そうそう)
納得したくないけど、知ってたことは事実だから納得する。
甚伍なんて考えるの放棄しちゃってるし。しょうがないわ。
『それはそれとして、悪魔の討滅できなさそうだけどどうするの?』
(うーん。僕も今考えてた。どう考えても神聖属性の威力足りないんだよね。呪符しか持ってないし――あ、思いついた)
『……ん、パス繋がってるからこっちにも流れてきたわ。言わなくてもわかるわよ。さくっとやっちゃいなさい!』
(うん。やってみる!)
少年に声援を送り、あとの流れを静かに見守る。
これで上手くいくかどうか、これ以上の策は呪符の枚数的に厳しいから……さすがにこれで決めないとね。でも、今は犬と骸骨っていう味方がいるから大丈夫!……ちょっぴり不安ね。
「二人とも、ちょっと戻ってきて!」
「わう!」
「応とも!!」
呼び寄せた骸骨と犬に、それぞれ呪符を手渡しぺたぺたと貼り付けてもいく。骨は頭と服に、犬は頭だけ。それぞれ手に巻き付け、口に咥えと最も有効な箇所に呪符を装備した。
作戦の説明をしている時間はない。視線だけ交わして、それだけで伝わっている気配があった。
「行こうか!!」
「わん!」
「がっはっは!子とはいえ、石海と共闘するのは久しいなぁ!やはり心躍るものだな!我が友よ!!」
「全然楽しくないですけどね!おっかなびっくりですけどねぇー!!」
「ははは!そういうところも変わらんなぁ!!」
「わんわん!!」
なんだか楽しそうに駆ける三人(一人と一骨と一匹)。
身構えていた悪魔へ最初に到達したのは犬だった。飛びかかり、腕に打ち払われると見せかけて空中で一回転。腕を蹴り上げ一歩後ろに下がった。
「この犬――っ!」
そこに飛び込む骸骨男。
強烈な骨の拳を突き込み、腕と腕がぶつかり合う。即座に呪符の効果が発揮され、バチバチと光が散って悪魔が顔を歪めた。
勢いのまま身体を捻り、空いていた手を直上から悪魔の顔に落とし込む。遠くから見ていた私でも動きの一部始終を捉えきれなかった。
三本目の腕に防がれ、四本目は――と見たら呪符を噛んだままの犬に噛み千切られていた。
そうして、がら空きとなった懐に小柄な少年が飛び込む。
いつも見てきた、あの子が一番に慣れている攻撃方法。
「全力全開!!」
袖に仕込んだ呪符が光を発する――ことはないけど、重ねた呪符の効果が身体強化として甚伍に表れているのを感じる。これは後で筋肉痛ね。
「神聖トリプルアタァァァック!!!!」
謎の技名を叫びながら、少年のタックルが炸裂する。
「何がトリプルだくそがよお――なっ!?」
神聖攻撃を受けてダメージを負い、それでも致命には至らない。これで終わればいいと思っていたけれど、たぶん足りないだろうなとも思っていたから。
だからこそ、甚伍は最後にもう一つ賭けていた。
「任されたからにはやり遂げよう。我が輩の――」
「いっけええ!!」
「わうーーーん!!」
「待て待てこんなところで――――」
タックルを受けて硬直していた悪魔の身体に対し、宙に跳ねた骸骨の腕が向けられる。
月明かりが後押しでもするかのように光り輝き、甚伍の血で真っ赤に染められた呪符から見た目にそぐわない神聖さが溢れ出す。
満ちた光は霊力と溶け合い、朱色が尾を引く拳となる。
「――――超全力ホネホネアタァァァァァァァック!!!!!」
謎の原理で空を蹴り、超加速した骸骨の身体が悪魔に突き刺さった。
悲鳴一つ聞こえず、辺りには土煙が広がる。
けほけほとむせる声が聞こえ、ぶん、と力強く何かを振った音と共に煙が吹き飛ばされた。そこにいたのは。
「――我が輩たちの勝利だ!!」
「わうーんっ!!」
「や、やったぁ……?」
黒い灰の上で仁王立ちする私服姿の骸骨と、可愛く遠吠えを上げる犬と、現状を呑み込めずとも腕を掲げる甚伍がいた。
『…………はぁぁぁぁ』
私は安堵の息を深く吐き、ひとまずの騒動の終わりを悟った。
遠くから甚伍の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。悪魔の謎結界は綺麗さっぱりなくなったらしい。
喜んでいる骸骨と犬と少年を見て。なんとなく、つい最近似たようなことを言った気もするけれどと、思いながら呟く。
『拳を叩きつけるわけじゃなかったのね……』
ならなんで手に呪符の力と霊力集めたのよ、という疑問は、集まってきた夕枯れ討滅隊の面々の騒がしい声によってかき消された。




