第二十三話、ハロウィンフラワーガーデンと怪異と時間。
空を飛ぶ髑髏頭が黒い靄を吐き出し、それを打ち払うかのように光球が飛んでくる。髑髏にぶつかり弾けた光は周囲に降り注ぎ、歩いていた半透明な骸骨を消し飛ばした。
手足が薄れて見えない骸骨が宙に浮かび、不定形のエネルギーを操っているのが見えた。何か攻撃動作を行う前に、風のように近づいてきた人影が骸骨本体に霊力を打ち込み動きを封じる。内側から溢れた霊力が燃え上がり、炎に包まれて骨は浄化された。
人影は走り、すぐさま別の骸骨へと同様の対処を行っていく。
「――わてを振り落とすなんてひどい子やわぁ」
「だから謝ったじゃないですか。もう許してくださいよ」
「誠意が必要やろぉ?なぁミドリー」
「キュエ」
「あぁはいはい。撫でますよ。撫でればいいんでしょう」
「うきゅぅー、そんなんで許すとぉぉぉ……きゅーん」
「キュェェ」
私の近くでは二匹の小動物が少年に撫でまわされてとろけていた。じんわり流される霊力に浸っているらしい。さすがにあれは羨ましくない。
よそ見をしている間に、前方では別の光が瞬いた。
マリーゴールドの放つ光を吸収し、霊力の凝縮された球が出来上がる。きらきら輝く球は眩し過ぎず明る過ぎず、穏やかな光を保ったままより前へ――記念碑広場手前に投げ込まれた。
地面、ではなく途中にいた髑髏頭にぶつかり柔らかな光が広がる。まるで結界のように一定範囲まで温和な光が広まり、中にいた化け物も円に触れた化け物も等しく消し飛ばした。
小さな舌打ちが聞こえ、声の方を見れば険しい顔をした男の人がいた。結構な霊力を持っている様子。感覚的に妖怪や霊体の類ではなく、普通の人間。
「はぁ……どうしろって言うんだよ、もう」
聞き慣れた少年の声が耳に届くと同時、"扉"から新しく出てきた骸骨の大半を吹き飛ばす霊術の光が見える。火とか水とか単純なものだけでなく、フラワーガーデンに繁茂している植物を利用して捕まえたり壁を作ったりと、空高く伸びる植物の群れを見れば、これが元は綺麗な庭園だったなどと言えないほどになってしまっている。
マリーゴールドの輝きだけは色褪せていないけれど。
化生の怨念らしき声とたくさんの悲鳴に加え、霊術の行使によるたっぷりの爆音を耳にしながら、そろそろと疲れた顔をしている甚伍の傍に寄る。
『どうしましょうか』
(どうしようか……)
ちらと私の方を見て、難しい顔で前方の戦いを見つめる。
そう、それは間違いなく戦いだった。
扉から現れた髑髏と骸骨に対し、多種多様な霊術を行使する人と妖怪。弾ける光と舞い散る花弁と。浄化の炎と清廉な水が飛び交い、そのたびに消滅して、再び扉から現れる化生たち。
終わりの見えない戦いがハロウィンフラワーガーデンでは繰り広げられていた。
扉から一番遠い場所、庭園の入口付近にいる私たちまで骸骨たちがやってくることはない。空飛ぶ髑髏に関してはたまに漏れがあるけど、それも天狐ちゃんがちっちゃな火の玉を飛ばして消滅させていた。
安全ではあるけれど、私の霊感がこのままじゃまずいことになるってめちゃくちゃ言ってきてる。
『甚伍、ちょっと天狐ちゃんにどうすればいいか聞いてみましょ。これが妖怪絡みじゃないにしても、知識は私たちよりずっと豊富なはずだもの』
(うん。……聞いてみるかぁ)
「天狐さん」
「はぁーい」
「現状についてわかったことあります?」
「そうやねぇ。この空間から逃げ出す方法はわからへんけど、あの骸骨たちがどないな存在かはざっくりわかったで」
「存在?霊とか妖怪とかそういうのですか?」
「うん。あれはな、悪霊の一種や」
悪霊?と二人して聞き返す。私の声は天狐ちゃんに聞こえていないので実質一人だけど。
甚伍の肩でぐでりとマフラーになったまま、薄緋色の目を前方に向けて詳しく教えてくれる。
悪霊。
あのおかしな扉から溢れ出てきている髑髏や骸骨は悪霊だと言う。
見かけ実体があるように思えても、それは外見を取り繕っただけでしかない張りぼてのようなもので、普通に霊体に属する存在らしい。その証拠に、とちょうど防衛線を抜けてきた髑髏に天狐ちゃんが鼻先を向け、あくびついでに吐き出した火の玉で燃やす。
さっきまで一瞬で燃やし尽くしていたのに、今回はじっくりと火で炙るようにと髑髏が燃えていく。
青白い光を眼孔に宿した化生は、赤い火に巻かれ身体を端から消滅させていった。残滓一つなく、消えていく途中であってもその場に何かが残ることはなかった。
「なぁ?」
と一鳴きするように甚伍へ顔を向ける。
「いや、なぁ?じゃなくてですね。消えましたけど、悪霊じゃなくてもハロウィンの化け物ならそういうことあるんじゃないですか?変な扉から出てきてますし」
「むぅ……そうかもしれへんけど、実体があったら普通は灰でも塵でも残すものなんよ。そこは人も妖怪も、生き物やったら変わらへんの」
「そういうものですか……」
微妙な納得を抱え、天狐ちゃんからの話の続きを聞く。
「……ん?」
「……んー?」
「え?いや、話の続きは?」
「んー、もう終わったよ?」
「ええー……」
「だってわてにも全然わからんもん。あと言えるのなんて、悪霊なら恨み辛みを抱えてはるってことくらいやん?」
訂正、お話はもうなかったらしい。
話し終えて、お礼代わりになでなでを要求するかのごとく甚伍の首に巻き付いた。本物のマフラーみたいになっちゃってる……。可愛いけど。私にも巻き付いてほしいけど。
(……うーん、守護霊さん。何かわかった?)
『ちょっと考えさせてもらえる?』
(おっけー。待ってる)
甚伍に時間をもらい、久しぶりの思考加速を使う。
目に見える景色が遅くなり、悪霊対人間妖怪組の攻防も異様にゆったりとした速さになる。
とりあえず、状況を整理しないといけないわね。
時間はあるのだし順番にいきましょう。順番に。
まず、ここはハロウィンフラワーガーデン(元東京スカイフラワーガーデン)。
扉を認識して入口の門を通ったら空間侵食型の怪異に巻き込まれた。この怪異が起きた原因、きっかけ……きっかけは?
『……ふむ』
私たちが来たことじゃないはず。他にも霊力持ち、というか見た限りちゃんとした霊力使い?霊術師みたいな人もいるから誰が原因、ってことはないと思う。
じゃあ人数?それはまあ……ないこともない、かも。天狐ちゃんと一緒にフラワーガーデンに降りてから妖怪も霊術師も見かけていないし、私たち以外に扉を認識してこっちの異空間に入った人がいたようにも思えなかった。これはちょっと天狐ちゃんに確認してもいいかもしれない。
あとはあれね。時間ね。さっき十七時で時間止まっちゃってたし、絶対何か関係ある。
ひとまず聞きたいこと、相談したいことができたので思考加速を止める。ちょっと疲れた。
『甚伍ー』
(はいはーい。……守護霊さん元気なくなってる?)
『ん、ちょこっとね。頑張って情報処理したのよ』
(あー、そういうことできるって言ってたもんね。ありがとう)
『どういたしまして。それでね。少し話したいことできたの』
(うん。なんでも言って)
優しい声に元気がもらえる。家の子が優しい子で私は幸せものよ。
『天狐ちゃんに聞いてほしいことがあるの』
(いいよ、任せて)
ぺらぺらと甚伍に伝えさせてもらい、そこから天狐ちゃんにぺらぺらと繋がる。返答は会話の流れが逆になっただけで、ぺらぺらと会話が緩いことには変わりなかった。
天狐ちゃんからの返事としては、他に新しい人は見かけていないとのこと。
私の推測どおりだった。納得ついでに甚伍に今の時間を尋ねてみる。
『ね、今何時?』
(えっとね……)
「えっ!?」
声もだけど、顔も驚きでいっぱいだった。びっくりした顔可愛いし丸くなった瞳は一生見ていたいけど、今はそういうのに現を抜かす時間はないから。ささっと何があったか聞く。
『どうかしたの?』
(いや……時間がさ。守護霊さん見える?)
『ん……ん?』
携帯を私のいる側に傾けてくれたので、そそーっと寄って覗き込んでみる。
画面に表示されているのは十九の数字。ついさっきまで十七、つまり十七時だったのに何が起こったのか十九時になっていた。一瞬で二時間が経過するって、何が何やら時間間隔がおかしくなりそう。あ、もうおかしくなってるのかも?
『時計壊れた?』
(いや、インターネット繋げたらそっちの時計もちゃんと十九時だから壊れてないはず)
『……じゃあ本当に二時間経ったの?』
(……うん)
困った。というよりどうしよう。
私たち、空間だけじゃなくて時間もねじ曲がった場所に閉じ込められちゃったみたい。




