終話、少年と私と守護霊と。
『ねえ、甚伍』
(何?守護霊さん)
風で髪と服をさわりさわりと揺らしながら、甚伍が返事をする。彼は私を見ず、私もまた彼を見ない。嘘、私はちらって見た。
二人並んで同じ方向を見て。宇美花の町を見つめて話す。
『あなたは、私が私でよかった?』
(うん。守護霊さんが僕の守護霊でよかった)
『そ、そう……』
意外と即答でびっくりしちゃった。もうちょっと言い淀んだりするかと思ったのに。
「あははっ」
気恥ずかしいのを抑えていたら、急に甚伍が笑い出した。
(守護霊さん。僕がよくないとか言うと思ってた?)
『う……ちょっぴり?』
(ふふ、そっか。僕は守護霊さんが――あなたが僕の守護霊でよかったよ)
私の方を見て、相変わらず私とは視線が絡まないまま、それでも笑顔を浮かべて言う。
(名前も知らない守護霊さん。僕はあなたのことを何も知らない。どんな経緯で僕に憑いているのか、どうして他の幽霊と違うのか、どうして僕の手助けをしてくれるのか。何にもわからないし知らないけど。でも、あなたが僕のことを想って一緒に過ごしてくれてきたことは知っている。だから)
そこで言葉を止めて、甚伍は柔らかく微笑んだ。
青い瞳が。深い藍の瞳が。透明な蒼の瞳が。
海の色を、空の色を、あらゆる青を内包した世海一の瞳が透明な私を映す。
「(――だから、僕はあなたがあなたでよかったと思う。僕の守護霊があなたでよかった。ありがとう)」
『――――っ』
心の声と現実の言葉が重なって響く。
日本語のはずなのに、どうしてかそのままの意味で、私にも理解できる"声"として聞こえてきた。
返事をしようとしても言葉が声にならず、親愛に満ちた眼差しに目頭が熱くなった。視界がぼやけ、頬が濡れる。
夢の世海で、甚伍の世海で涙を流すなんて本当に、本当に久しぶりだった。
『――……ばかな子』
私でよかったなんて。何もできず、ようやく今になって意思疎通ができるようになった程度の私でよかっただなんて。本当にばかな子。
『こんな得体の知れない守護霊で良いだなんて、どうかしてるわよ』
(あはは、そうかな。それでもいいよ。僕にとっての守護霊さんは守護霊さんだけだから)
『っ、もう。まったく』
この子は私を褒め殺しでもする気かしら。全部本心だからずるいわね。良い笑顔しちゃってまったく。まったくよ本当に……。
『ばかな子だけど、でも――どういたしまして、甚伍。私も私があなたの守護霊でよかったわ』
本音には本音を。
私で良かったと言ってくれる少年に、私からも感謝を。甚伍のおかげで私はこの世海を知ることができた。知らない場所を二人で楽しみ過ごすことができた。色々あったけれど、ちゃんと話ができるようになるまで長かったけれど。それでも、こうして今があるから。
『ありがとうね。これからもよろしく頼むわよ。私の取り憑き相手さん』
少しだけ照れ混じりになってしまったことは笑って流してほしい。
星々煌めく夜空の下、眼下に広がる人々の営みを外に、世海に二人だけしかいないみたいな状況で。全部曝け出して感謝を伝えるなんて恥ずかしいにもほどがある。言い切った私を褒めてほしいくらいだわ。
頬の熱さを耐えながら甚伍の言葉を待っていると、何故か返事がなかった。逸らしていた視線を彼の方に向けると、目を見開いてこちらを見つめる少年の姿が。
『な、なに?別にそんなおかしなこと言ってないじゃない』
「え、い、いやそうじゃなくてっ!」
『日本語で言われてもわからないわよ。動揺してるのはわかるけど、ちゃんと伝えてちょうだい』
こくりと頷き、改めて口ではなく心で話し出す。
(その……今一瞬、守護霊さんの姿が見えた)
『え!!嘘!?どうして!?』
ちょっとそれ何?急展開過ぎるでしょ!嬉しいけど!嬉しいんだけどどういうこと?そわそわする。もしかして私、もう姿まで見られちゃった感じなの?
自分の手を見て、身体を見て、普通に見えることを確認した。特に今までと変化はない。まあ最初から私には私のこと見えてたから変わるわけないんだけど。これで半透明になってたらびっくりよ。変化なくてよかった。
(……見えたような気がしたんだ)
『……ふーん』
そう、気がした、ねぇ。
『ちなみにどんな姿だった?』
(守護霊さん。髪の毛青かったりする?)
『ぜんっぜん青くないから。はいこのお話終わりね』
(ええー!?じゃあさっきのは――ってほら!)
期待して損した。
ぴっと甚伍が私を、というより私の方を指差すので振り向く。そこには空を飛ぶ青い人型がいた。ぺらぺらの紙を……紙男を背に乗せ揺らしながら宙を飛んでいた。
『ただの妖怪じゃない!』
(……ははっ、そういうこともあるよね)
そっぽを向く甚伍に、私は溜め息をつく。あと、飛んでる妖怪に文句を言ったら墜落していった。すっごい小さな声で遠くから悲鳴が聞こえてくる。絶対馬鹿な妖怪ね。本物のおばか。
さっきまでの気恥ずかしい空気はなくなって、いつも通りに緩い甚伍と私に戻った。らしいと言えばらしいし、正直これくらいで良いような気もするんだけど、たまにはさっきみたいのがあっても……と思わなくもない。ただまあ、甚伍が私に感謝をしていて、私が甚伍に感謝していることには変わりないから。
『とりあえず甚伍』
(うん、何?)
『これからもよろしくね』
私の声に、少年は歯を見せて明るく笑う。
(あはは、僕の方こそよろしくね。守護霊さん)
そうして、私たちの夏祭りの夜は更けていく。
長いようで短かった夏の一幕。石海甚伍、中学三年生の夏。受験を控えた夏のお祭りの日に、大きな怪異に遭遇した。
神降ろしという怪異を乗り越え、結果手に入れたのは私とお話をする権利。私もハッピー、甚伍もハッピー。これからの幽霊生活では毎日楽しくお喋りをしていけると思うと、それだけで人生が彩り豊かになったような気さえしてくる。人生じゃないか。私、幽霊だし。霊生ね。
星空の下、霊木の上で喜びを分かち合う私たちは、この後まだ見ぬ新たな怪異が怒涛の如く押し寄せてくることを知らず、まさかあんなことになるとは夢にも思っていないのであった――――。
(――守護霊さん。めちゃくちゃ不穏なこと言うのやめてもらっていい?)
『あ、聞こえてた?』
(ものすごい聞こえるように言ってたよね?)
『ふふ、そうかしら?ちゃんと私の声が聞こえているようで嬉しいわ』
(いやまあ、それは僕も嬉しいけどさ……)
納得がいかず、それでも照れくさそうに口元を緩めている甚伍に私も笑みを浮かべる。
姿が見えなくても、表情が見えなくても。声が聞こえて、話ができる。
もっと時間がかかると思っていたことが、こんなにも簡単に――言うほど簡単じゃなかったけれど、ちゃんと話をして、届いて、返事がきて、喋れるようになった。そのことを実感し始めて、どうにも嬉しくて堪らなくなってしまった。幽霊だけど、守護霊だけど。やっぱり嬉しいものは嬉しいし、楽しいものはすっごく楽しい。
『ふふふーっ』
なんだかこちらの世海で過ごす私の幽霊生活が、これからもっともっと楽しくなるような気がして。
(なんか、守護霊さんすごく楽しそうだね?)
私のほっぺたゆるゆるな声を聞いてか、少年がそんなことを問いかけてくる。
甚伍の言葉を聞き、私はもう一度笑ってから口を開く。言葉を声に乗せて。気持ちが伝わるようにと心を乗せて。
彼に見えない場所で、彼の輝く海色の瞳と目を合わせて、満面の笑みを浮かべて伝えた。
『もっちろん。すっごく楽しいわ!』
これにて一章(地球)も終わりです。序章全体と同じ文量となってしまいましたが、安心してください。一章(蒼海星)も同じ文量以上あります。
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