第三話、夏とお祭りと神様。
夏祭り。
それは"夏"という季節がある国特有のお祭り。
「――宇美花市。僕らが住んでいるのは宇美花市って呼ばれているんだ。守護霊さんには伝えてなかったよね。その宇美花市で今日明日に行われるのが宇美花祭なんだ。ほら、僕って不思議探究部に入ってるでしょ?もう学校は卒業だし部活も三年生は引退の時期なんだけど、別に部室で調べ事するのはいいって言われてるんだよね」
私の世海にも夏はある。私の住む国に夏がなかっただけで、他の地域には夏があった。……あったと思う。思いたい。私の記憶が曖昧で困る。それだけ夏の印象が薄いって話だけど、とりあえず言葉として存在していたし、知識としても知ってはいた。
春祭り、夏祭り、秋祭り、冬祭り。
季節に応じた祭事があるのは当然で、形はどうあれ私の国でも春と冬にお祭りは行われていた。けど、だからこそ私の中でお祭りそのものへの期待値は低い。
私の国のお祭りってそう特別な行事じゃないし、その日がお休みだったり特別な料理がお店で出されたり、街中で踊ったり歌ったりするような。そんなのだけ。
私自身はお休みでもないし特別なお料理も食べないし街中で踊りも歌いもしないし……何?お祭りって楽しいの?お父様もお母様もお仕事なんだもの。私だって同じ。世海事業は大変なのよ。
そんなんだから、個人的に"お祭り"への期待値は低い。でも"異世海のお祭り"への期待は割としている。知らない土地、知らない文化、知らない食べ物、知らない何か。何も知らないからこそ、私の知るお祭りとは違うお祭りとして楽しみだったりする。特に今、夏だし。あと私も自由に見て回れるし。時間なんて無限にあるもの。素晴らしいわ。
「夏休み入る前に部活で色々調べてたんだよ。怪談とか怪異とか妖怪とか。大雑把に調べたのもあるんだけど、身近な話で僕の住んでる町についても調べたんだ。宇美花市。宇美花。この文字、というか漢字か。この漢字の成り立ちって知ってる?」
『私に質問してることだけはわかるわ。なに?お祭りがどうとか言ってた?』
夕刻。夕暮れ。逢魔が時。
太陽が遠くに沈み、見上げた先の雲が影を纏っている。茜色、薄紅色、薄紫色。染まる色は光の角度によって変わり、もうすぐ夜が訪れる。
歩く道は下り坂。最近は毎日のように通っている塾への道だった。
緩い坂を下り、橋を抜け、上り坂を行く。そんな、普通の家が道路脇にあるような道だというのに、家々の前には"提灯"と呼ばれる不思議な明かりが灯されていた。
私の世海に一切ない言葉だったせいで、実物を見るまでよくわからなかった。どうやら提灯と言うものは紙で包まれたランプ、蝋燭のようなものらしい。
久しぶりに日本特有の文化が見られて嬉しい。私の世海にも水球灯がある――水光との違いは水そのものを光らせるか水の球体の中に消えない火を付けるか――ので、いつか甚伍にも見せてあげたいと思う。
どの国でも。どの世海でも。その場所特有のものはどれもこれも興味深いものが多い。
「守護霊さん。宇美花って漢字はね。元は海の花と書いて"うみはな"だったんだ。昔、この町って海に面していたそうなんだよ。大昔、地殻変動が起きる前の話で、それを書物か何かで読んだ数百年か前の人が名前を付けたんだって。で、なんで名前が変わったかって話なんだけど……」
と、饒舌に話していた甚伍の口が止まる。
何かあったかと横の家の提灯を眺めていた目を前に向ける。そこには。
『警察?』
十字路になっている場所で警察車両が何台か止まっていた。見たところ交通整理をしているらしい。
私たちの向かう先が自動車通行止めとなっているようで、信号近くの看板を見るとお祭りっぽい絵柄がわちゃわちゃ描かれていた。ちんまい人の絵が可愛らしい。日本語も書かれているので、きっとこの先お祭り会場!とか書かれているんだと思う。
夏祭りのために自動車を止めているみたいね。当たり前と言えば当たり前かも。危ないし。
甚伍が言葉を止めたのは、警察官が二人ほど交通整理で外に出ていたからだった。
他にも歩行者はいるというのに、やっぱりこの子も国の保安部隊には独り言を聞かれたくないのかしら。
「――実は、これも何百年か前の人が町を治めるようになった時に名前を変えたんだ。理由は諸説あるみたいなんだけど、一番大きいのが宗教的な理由だったみたいなんだよ」
全然普通にお話してきた。この子、独り言慣れしちゃったのかな。いやでも、普段はそうでもないし……。お祭りで浮かれているのと、お勉強のストレスから解放されたのと、たぶんそういう感じのアレコレが溜まってたからだと思う。
私がお話聞いてあげないとね。全然何言ってるかわかんないけど。
「昔は今よりも神仏、神様とか精霊への信仰が大きくてさ……。一応、僕らが見てきたような怪異もそういった類に入るのかな。人は理解できないものを畏れ敬う傾向があるから。僕個人としては認めたくないけど、昔は科学も発達していない、夜が本当の闇の世界だったから……うん」
信号待ちをしている間、何やら話してしょんぼりしている。触れられない手で頭を撫でてあげた。気持ちね。気持ち。
「ええと、とにかく。昔は今よりずっと神様が身近にあったわけなんだよ。で、自分の土地に名前を付けるとき、当時の領主……地主かな。わかんないけど、町を治める立場の人が町をより繁栄させるために名前を改めたんだって。神様の御縁があるような、わかりやすく御利益が得られそうなものに。名前って、すごく大事なものだからね。土地神とか付喪神とか、名前を付けることで明確な形を表すなんていくらでも言われてきたことだし」
気を取り直して歩き始めた甚伍に寄り添い、横断歩道を渡る。ほのかに漂う食べ物の香りに心が弾む。
『……あ』
そういえば、私の鼻が利く話について。
前に甚伍の血の香りに酔った……というとものすっごく語弊があるわね。彼の血の匂いで私の嗅覚がこの世海で利いていることに気づいたのよ。でも実際はちょっと違った。完全に鼻が利いているわけじゃなくて、"私が気にして集中したもの"への嗅覚が働いているだけだった。
例えば今みたいに美味しいものの匂いとか、私からしたら興味しかないのでちゃんと匂いはする。変わって毒の匂いとかガスの匂いとか、そういう異常なもの。普段から気にしないものへの嗅覚は働かなかった。結構甚伍との日常を過ごしてきたからこれは確かなことのはず。
基本的に私の興味って、この世海の文化に集中しているのよ。食とか食とか食とか。もうほとんど食べ物のことしかないけど、夢の中で美味しいものを食べたいと思うのは人として当たり前だと思うの。
ちょっと前までは嗅覚なんて働かなかったのに、何が理由でって――そりゃ怪物に遭遇するようになってからよね。
「――宇美花。宇には家とか屋根とか、そんな意味があって、美と花はそのまま繋げて美しい花で。屋根の下に美しい花が咲くっていう言葉は、単純に見えて神様を絡めると変わるんだよね。神様の庇の下で人々が繁栄する。花には人から人へ贈る愛という意味も込められるから、転じて人の縁。縁結びの神様としての側面が出てくるんだ」
とりあえず、理由はどうあれ興味のあるものの匂いがわかるのは良いことだと思う。異世海満喫度が上がった感じあるもの。匂いだけあって食事ができないのはアレだけど、別にお腹が空くわけでもないからそこはいい。しょうがない。そのうち食べられるようになると思っておけばいいの。
(縁結び……だからここの神社は縁結びの御利益があるって言われてるんだよね)
……?え、なんて?今この子、縁結びの神様がどうとか言った?
『ねえ甚伍、この町って縁結びの神様がいるの?』
「ふふ、うん。縁結びの神様だね。でも最初から縁結びだけを考えて神様を祀ったわけじゃないとは思うよ。いろんな御利益を考えて、時間の流れと共に浸透したのが縁結びだったんだと思う。このお祭りも本質的には宇美花の神様に対する儀式みたいなものだし、良縁感謝、恋愛成就祈願、なんて感じで。深堀りすると町一つでもこれだけ面白かったから、意外と世界中見れば神様含めて怪異がありふれているのかもしれないね」
(まあ、僕からしたらこのお祭りが悪霊どうこうとか荒神どうとか、そういう鎮魂の儀じゃなかっただけで十分だ)
ほっと息を吐いて、気楽そうに天へ両腕を上げて身体を伸ばした。
何が何だかわからないけど、夏祭りの根本には縁結びの神様への奉納の儀、みたいなものがあるのね。よく聞く話ではあるわ。最初は厳かなものだったものが、時の流れに従って形骸化して、気づけば本当の意味は忘れられているって。
ま、そうだったとして何?って話でもあるんだけど。神様からしたらその儀式をしてくれることこそが重要で、人々が楽しんで笑って過ごすことが大事とか何とか、ね。その神様が何を元に存在しているのかにもよるけれど、人の思念が元になっているなら"縁結びの神様"として知られているだけで十分でしょ。
というか、やっぱりなんかね。あれね。
こういう風に、甚伍がたくさん話しかけてくれる時にめちゃくちゃ不便を感じるわね。
相手の話が理解できないって、ほんと不便。たぶん今、甚伍ってこの町の成り立ちとかお祭りについての解説してくれていた感じだと思うの。私、ほとんどわからなかったけど。この辺をちゃんと聞けない、聞いてあげられないのはちょっぴり悲しいものがある。
『……はぁ』
溜め息を吐き、軽く頭を振る。
わからないものはわからないし、覚えられないものは覚えられない。これはもうしょうがない。
本気で日本語勉強しようにも、ここが夢の世海だからか翌日になると微妙に記憶飛んだりするのよ。物忘れというか、大事じゃないことは薄ぼんやりするというか。この状態で全然知らない言語を聞き取りだけで覚えろって言う方が無理がある。とりあえず私には無理。
諦め、甚伍の話に適当な相槌を打ちつつ歩いていく。
上り坂を進み、左右に見えてきた屋台に目を奪われる。既に日は暮れ、沈んだ太陽からの微かな光が天上に届いている程度。もうすぐ夜になる。
それでも世海は明るく眩しい。
灯された提灯が、屋台の明かりが夏の夜道を照らし影を踊らせていた。




