第1話 1枚の写真
レンズに映るこの風景
右手に伝わるボタンの感覚
一丁前に構える僕
焦点は何故か懐かしいこの河川敷
両手で優しく包むこのカメラ
この瞬間を切り取るシャッター音
僕からにしか見えないファインダーの世界
口角をゆっくりと上げる様な柔らかな風
このカメラのフレームの中の風景だけは僕だけのもののようだった。
上京したのは20歳の時。
多趣味な父の一つだったカメラに興味を持ったのは小学3年生の頃だった。
『カシャ』という音と同時に切り取られる日々の中の一瞬。
僕の青春はカメラによって一瞬のように時が経っていった。
あっという間に高校を卒業し、その後は実家の印刷会社を継ぐ予定だった。
卒業後も変わらず写真を毎日撮り続けた。
2年弱仕事の手伝いをしていたが、どうしても捨てきれない夢。
20歳になったばかりの僕は思いの丈を親にぶつけた。
父は少し困った顔をしていたが呆れた様子ではなさそうだった。
『10年間』
つまり、僕が30歳になるまでに、写真家として一人前になって食っていけるようになったら継がなくていいと言った。
父はそれ以上多くは語らなかった。
上京してから3年。
まだまだ一丁前にカメラだけでは食っていけないが、アシスタントの仕事をしながら細々と暮らしている。
給料は低いくせして、地元より物価の高い街だった。
アシスタントの仕事だけではやっていけず、深夜のコンビニやカラオケの店員のバイトを週に2、3回行っている。
正直、辛いが若さ特有の勢いだけで日々を切り抜けていた。
コンクールを見つける度、応募をしては落選。
毎回、入賞している作品は悔しいが納得ができる作品ばかりだ。
佳作にも入らない僕の作品はきっと沢山の応募者の写真の中で、審査員に有象無象のような感覚で数秒で切り捨てられているんだろう。
それでも、僕は少しでも多くの人間に自分自身が作品を見て欲しかった。
SNSを活用して毎日写真を投稿している。
フォロワーは少なかったが毎日いいねをしてくれている人もいた。
そんな毎日を過ごしている時のこと。
春になり河川敷に咲く桜を撮影しに向かった。
平日昼過ぎの河川敷は柔らかな風と共にゆっくりと花びらが舞い落ちてゆく。
辺りには数人いたが気にする程度ではなかった。
僕はフレームに誰も映らない瞬間を狙ってシャッターを押していた。
数枚、後ろ姿や見切れている写真もあったが家で出来の良いものを選ぶことにした。
撮った写真を見返すと、とても綺麗に撮れた写真があった。
そこに写っていたのは、桜と風に舞う花びら、そして小柄な女性の後ろ姿。
後ろ姿のみで顔は映り込んでいなかった。
この写真を見てもらいたいという気持ちから、僕はこの写真をSNSに投稿することにした。
投稿はいつもよりいいねが多く、SNSの通知が僕を称賛するように鳴り響く。
自分が投稿した作品が良い評価をしてもらえているようで少しばかりの優越感に浸っていた。
すると一件のダイレクトメッセージが届いた。
「初めまして。いつも楽しく拝見しています。
突然で申し訳ないのですが、先ほど投稿していた写真は今日撮影したものですか?」
僕は淡々と文字を入力した。
「初めまして。いつもありがとうございます。この写真は今日の昼過ぎに河川敷で撮影しました。」
返信するとメッセージには直ぐに既読がついた。
「そうなんですね。実はこの写真に写っているの多分私なんです。」
僕はその返信に驚いた。
慌てて返信を返す。
「すみません!勝手にSNSに投稿してしまって!投稿は直ぐに削除しますね。」
すると彼女は直ぐに返信した。
「いえいえ、削除をしてほしい訳ではないんです。
その写真を現像したものを頂けないかなと思いまして。もちろんお代はお支払い致します。」
予想外の返事に戸惑ったが、自分が撮った写真にお金を払ってまでほしいと言われたのは初めてだった。
「僕の写真でよければお渡ししますよ。僕も勝手に投稿してしまったのでお代はお気持ちだけで十分です。」
その後ダイレクトメッセージでやり取りをし、日時と集合場所を決めた。