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第3話 冥府へ誘う死神猫

 旧バルテュス男爵邸は小さな川の向こう側に建っていた。

 邸宅へとつながる橋の上でカンテラで周りを伺いながら警備する男が居た。


 彼らの頭であるサルスが計画した元貴族の娘を使った爆破テロは失敗した。

 街の方で大爆発が起きるという騒ぎがあったがどうやらミリエットに渡していた爆発物が暴発したらしい。


 証拠は残していないが自分達が疑われやしないかと冷や汗をかいていた。

 もしギルドの連中がここをかぎつけた様子なら真っ先に逃げ出そう。

 革命なんかより命の方がはるかに大切だ。

 というわけで男はすぐに逃げられるよう、橋の警備を買って出たのだった。

 表向きは何かあれば自分が食い止めるという忠臣の振りをして……


 男はため息をつく。

 こんな事なら故郷の村で釣りをしながらのんびり暮らしていれば良かった。


「ここはどんな魚が釣れるのかねぇ」


 そんな呑気な台詞を発した瞬間だった。

 大きな水しぶきが上がり巨大な何かが川から飛び出してきた。

 人間だ。呆気に取られていると後ろを取られあっという間に口を押えられて水中へ引き込まれる。

 間もなく水面が赤く染まり男の亡骸が浮き上がってきた。

 そして少し離れた場所からアリス=チェシアが岸に上がる。


「まずはひとり目……」


 滴る水を振り払いチェシアは次の獲物を求め動き始めた。


 屋敷の一室でナイジェルという大柄な若者が庭の様子を伺っていた。

 彼の祖父はかつて戦争があった時代に国の為に戦った重騎士であった。

 代々譲り受けた鎧だったが結局使う事も無い只のアンティークと化していた。

 この国は戦争を捨て弱くなった、自分も線上に立ち武勲を挙げたかったのにとナイジェルは嘆いていた。

 サルスという男は新たなナダ王国を創ると言っていた。

 ならばそこにあるのは戦争だ。遂にその時代が訪れようとしている。

 力を振るい弱者を薙ぎ払い自身の武を誇示するその時が。


「あんたも酔狂だな。いつもそんな鎧をつけてよ」


 ランドリックという剣士に話しかけられナイジェルは豪快に笑う。


「もしギルドの連中が来たらワシの槍で貫いてくれるわ」


「へへ、頼りにしてるぜ」


 ランドリックは心の中で『壁としてな』と毒を吐く。

 重厚な鎧に身を包み足が遅いナイジェルは逃げる際には良い囮となるだろう。

 まあ、せいぜいいい気にさせておこう。

 そう考えていると夜の闇にネコの鳴き声が響く。


「チッ、不吉だぜ」


 呟いた瞬間部屋の窓ガラスが割れ何か飛び込んで来た。

 それは小さな石だった。


「石だと!?どこの悪ガキの仕業だ!!」


 憤慨したナイジェルが窓に駆け寄った瞬間だった。

 投石によって空いた穴から鉄の塊が先についた鎖が飛び込んで来てナイジェルの首に巻き付いた。


「!?」


 声を上げる暇もなくナイジェルは凄まじい力で外へと引っ張られる。

 窓を突き破り庭を引きずられ、塀の上に立ち鎖を引っぱるチェシアの元へと引きずられていくのだった。


 意味が分からなかった。

 重厚な鎧を着ているのに。

 防御は万全なのに。それなのにひとりの女性に引きずられて塀の上まで持ち上げられていく。


「あぐ……あぁ……」


「案内してあげるのはここまでだよ。ここから先の冥府へはひとりで逝ってね」


(ああ、そうか。ワシも薙ぎ払われる側の弱者にすぎなかったのか……)


 後悔と共にナイジェルの首の骨が砕け彼はその命を終えた。

 チェシアは息絶えたことを確認するとゴミの様にナイジェルの亡骸を片手で塀の外へと投げ捨てた。


「うわぁぁぁ!!?」


 叫びながら庭を走り外へと逃れようとするランドリックを目で追うとチェシアはもう一本、鎖分銅を投擲し彼の脚を絡めとった。


「嫌だぁぁぁぁ!!」


 庭を引きずられながら絶叫するランドリック。

 ある程度の距離まで引き寄せられた時、チェシアは足元を蹴って空に舞うとランドリックの目掛け急降下。その喉元に短刀を突き刺した。


「子どもじゃないんだからさ。情けない声上げないでよね……」


 そうしていると玄関から次々と男たちが出てくるのが確認できた。

 チェシアは薄暗い中、視覚と『気』を頼りに敵の数を把握する。


「4人,いや5人……か。感じる『気』は6つだから残っているのがボスかな。うーん、これでいいよね?」


 呟くとチェシアはランドリックに突き刺していた短刀を抜き男たち目掛け走っていく。

 剣を抜き応戦しようとする男達だったがある者はすれ違いざまに喉を裂かれ、ある者は壁に押し付けられると同時に首を後ろから貫かれる。

 そしてある者はチェシアが手から放った炎の玉に焼かれ地面を転がり。

 5人の男達はあっという間に物言わぬ骸と化してしまった。


「やれやれ、どこの賊が押し入って来たのかと思えば昼間の平民か」


 屋敷の奥から剣を抜いたサルスが姿を見せた。


「ミリィちゃんから聞いたよ。酷い事するもんだね、君も。心が痛まないのかい?」


「酷い?やれやれ、これだから平民の浅慮さには困る。革命の為には『ごく小さな犠牲』も仕方ない事だ。君は『小虫』を踏みつぶしたとして心を痛めるのかい?」


「…………そう、『小虫』なんだね」


「私の集めた革命軍を壊滅させた報いは受けて貰おう。王にのみ許されし我が『スキル』の前に消えゆくがいい!!」


 そう言った瞬間、サルスがチェシアとの距離を詰め剣を振るう。

 チェシアは刀を抜かず攻撃を避けた。


「よくぞ、避けた!だが、周囲全てが我が領域だ!」


 次々と放たれる斬撃。

 チェシアは攻撃はせず回避に徹していた。


「なるほど、回避特化型というわけか。だがいつまで避けられるかな?」


「ねぇ、王にのみ許されし『スキル』っていうのはまだなの?」


「何を言うか。今貴様が目にしている『神速』。これこそが神より賜った王のスキルよ!!」


「あー……何だ、そういう事だったのか。警戒して損した」


 アリスはため息をつくと、懐から昼間拾った彫像を取り出し起動させる。

 彫像には水色の体色をした狼の姿が刻まれていた。


「獣纏……フロストウルフ」


「生意気な事を!!」


 ここで彼女は刀を抜きサルスの剣を受け止める。


「ほう、受け止めるか。だが攻撃出来ないなら意味は……!?」


 そこでサルスは気づく。

 自分の剣と腕が凍り付いていることに。

 攻撃を受け止めたアリスの刀からは冷気が漏れていた。


「ねぇ、『警戒』って言葉知ってる?」


 瞬間、凍り付いた剣と腕が音を立てて砕け散った。


「うわぁぁぁ、わ、私の腕が。王の腕がぁぁぁ!!!」


 大声でわめき倒れた腰を抜かして倒れ込んだサルスは無くなった腕を見ながら叫び続ける。


「あのさ、『神速』って確かに強いスキルだけど別に王にのみ許されてるわけじゃない。剣士系の中級職ならほぼ持ってるようなスキルだよ?ボクだって持ってるし。ていうか君、王族じゃないんだね。よく見たらただの小物くさいし」


「ぶ、無礼な。私はグラナダ王家の正統なる後継者で……」

 

 喚く途中でサルスの胸に刀が突き立てられた。


「まあ、王だって思うならそれでもいいんじゃないかな。近頃なにかと物騒だからさ、気を付けてあっちに逝ってね。裸の王様」


 刀を抜きサルスの絶命を確認するとチェシアは空を見上げ呟く。


「終わったよ。ミリィちゃん」


 ゆっくりと、チェシアは屍が転がる邸宅を後にして闇へと消えていった。


□□


 1週間後、アリスは今日もノウムベリアーノにあるギルド併設の酒場でいつもの様に酒を飲んでいた。

 何かあれば彼女はこうやって酒を煽っていた。

 その間だけは忘れられる。そんな気がしたからだ。


 実際の所、飲酒で嫌な事を忘れることは出来ない。

 却って嫌な事を忘れられず悪い方向に働いていく事が異世界である地球の研究ではわかっている。


 それでも、飲んでいる間だけは……そんな想いにアリスはすがっていた。


「ボクはダメだね。リリィは前に進み始めてるけど、ボクはずっとあの日のままだ」


 自分がしっかりしてなかったから大切な姉が傷つけられた。

 そして先日も旅先で出会った少女達を助けることが出来なかった。


 無論、そのいずれもアリスの行いでどうこう出来たものでは無かった。

 それでも彼女は自信を責め続ける。

 だから『チェシア』が生まれた。

 自分を決して許さないために、甘えない為に……


「あれ、もしかして……アリスさん?」


 聞き覚えのある声に振り向くとそこにはコランチェの街で出会った男性が居た。


「うえぇ……えっと……エドモント君だっけ」


「エミールだよ!『エ』しかあってないぞ!?」


「うぇぇ、ごめん……それで、何でここに?」


「実はこっちのギルドに異動になって……ていうか大丈夫か?飲み過ぎてない!?」


「うえへへ、大丈夫れす」


「全然大丈夫じゃねぇ!!?ちょ、ストップ!これ以上飲んだらダメだって!!」


 へらへら笑うアリスと慌てるエミール。

 微笑ましい光景に見えるがグラスに映ったアリスの鏡像はその様子を険しい表情で睨みつけていた。

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