路地裏
「ここも違うか……」
闇夜の中を徘徊する男、その背格好はおおよそ高校生ほどだろうか。年若いにもかかわらずその動きに隙はない。足音を立てぬ柔軟な動きは肉食の四足獣を思わせた。
「どこに居るんだ」
男の呟きがビルの間に反響する。それは誰に向けたものでもなかったが、異物をあぶり出す効果はあったらしい。影から浮かび上がるように姿を現したのはスーツ姿の男だった。
「魔法庁の者です。あなた、こんなところで何をしているのですか」
男は身分証を見せ柔和な笑みを浮かべた。魔法庁は、魔法の使用を管理する省庁であり、警察組織と勢力を2分する治安維持組織である。善良な市民であれば、魔法庁の者に逆らうことに意味など無い。
逆らうことはそのまま、自分にやましいことがあると言うようなものなのだ。
「いえ、少し道に迷ってしまいまして」
「そうですか……表通りに出る道はこちらですよ」
「ありがとうございます、あまりこちらには来ないもので」
指示に従って道を戻る高校生、それを見送る魔法庁職員、何の事は無い場面だった。優秀な職員が違和感に気づかなければ。
「ん? 君……」
「なんですか?」
「少し良いかな? この紙に血を垂らしてもらいたいんだけど」
「はぁ……優秀すぎると早死にしますよ?」
「っ!?」
全身が総毛立つような威圧感、規格外の存在を認識し魔法庁の職員は戦闘態勢に入った。懐に忍ばせていた式神を展開し、迎撃の態勢を取った。紙で出来たそれは陰陽師と呼ばれる2本の魔法使いがよく使う依り代である。
対して、高校生が取った行動は携帯電話を取り出す事だった。
「……あーもしもし? ちょっとお話良いかな、うん、トラブルでさ、君のところの職員に絡まれちゃって、誰かって? えーっと」
高校生が職員を見る、その目が一瞬だけ猫のように光った。
「タガハシ、タカなんとかさん」
「っ!?」
男は名を半ば当てられた事で狼狽える。そのすぐ後に、職員の通信用デバイスが鳴り響いた。このタイミングは明らかに眼前の高校生による働きかけの成果だろう。
「な、そんな、どう見てもこれは野放しにして良いものでは、は? こっちが潰されかねない? 一体何を言って……いえ、分かりました。組織の決定ならば従います」
「分かってもらえて何よりです、これからも頑張ってくださいね」
「……あなたは一体」
「名乗るほどのものじゃありませんって言うのが鉄板ですか? そうじゃなくても、名前が九個もあって名乗りにくいんですよ。でもまあ、折角なので最初の名前をお教えします」
「九個?」
「ええまぁ、九回も生きていますから。最初の名前はキャスパリーグでしたね」
「きゃ……!?」
「それでは」
魔法庁の職員が身体を固まらせたのは当然である。キャスパリーグは数千年以上前に実在したとされる魔女の使い魔、最強格の魔法使いであるマーリンとその弟子であるアーサーを同時に相手取ったとされる怪物である。
その名が持つ意味は、世界の敵に他ならない。
「ふわぁ……今日も収穫なし。明日も学校に行かなくちゃいけないし。引き上げるとしますか」
その言葉を最後に高校生は姿を消した。一握りの使い手しかいないと言われる、瞬間移動の術式を呼吸のように使ったのだ。
何もかも異常、だがそれも仕方のないことだ。彼は猫だった時代に持っていた九個の魂を使って七回の人生を終えている。経験値で言うならばとっくの昔にカウントが振り切れている。
そしてこれが九回目の生、次はない。彼はずっと探している。
最初の飼い主、始まりの魔女を。
【キャスパリーグ】
すんげえ強い猫
アーサーとマーリンをボコして、国を滅ぼしかけた