第弐拾参 葬儀(二)
手招きする養父に、雅相は黒露を連れて小走りに掛け寄ると、養父がいつもと変わらない笑みをたたえた表情で迎え入れてくれる。
その隣には、こちらを見ずに目を伏せた祖父がいた。
「申し訳ございません。牛車に乗るのが久しぶりだったもので、手間取ってしまいました」
「ははは!それは仕方ないね。実は、私も久し振りでね。先程降りる際に、緊張した姿を御養父様に笑われてしまったよ」
そうですよね?と返す養父が祖父へ視線を向ければ、先ほどとは打って変わり、祖父は無言のままいつも通りの穏やかな笑みを覗かせていた。
(いやいや、どうみても痩せ我慢してるようにしか見えないんだけど)
数日前に倒れたばかりのくせに、無理をして葬儀に来ているのだからいつも通りな訳が無い。
つくづく養父も祖父も似た者同士である。やはり本当の家族ではなくても、長年一緒にいると似てしまうものなのだろうか?
兎にも角にも、三人は薄墨色を基調とした素服に身を包んだ衣裳をなびかせて、開け放たれている門を潜っていく。
そして中で待ち受けていたのは、雅相の知らない顔ばかりの人、人、人、のごった煮みたいな空間だった。
「これは、御総代様ではありませぬか!」
「いやはや、先日の結界の修復の時以来ですね。宗家当主様」
「何時見ても非の打ち所のない御二方ですな。実に宗家に相応しい堂々たる風柄だ」
安倍分家の面々が祖父たちの顔を見つけるや否や、一斉にどっと波のように押し寄せ、祖父と養父はあっという間に取り囲まれてしまう。
終いには賛辞の嵐と怒涛の挨拶が交わされていく始末だ。
そんな二人の周りが賑やかな中、雅相はと言うと人の波に押し出されて、一人ぽつねんと輪の中から外れた場所に立っていた。
「えっちょ……。僕も一応継手なんですけど」
「お前全く慕われておらんのだな」
声のした方へ視線を下げれば、黒露が雅相の足に三又のうち一つの尻尾を絡ませて、上目遣いに見上げていた。
「そりゃまあ、僕落ちこぼれで有名だし」
「察しは着く」
「まだ出会って数日で察し着くとかひどくない?」
嘆く雅相にそっぽを向くと、黒露が雅相の傍を離れてとてとてと人気の少ない方へと歩いていく。
慌てて黒露の後を追い掛けるが、ふと周りを見て雅相は気付いた。
(誰も黒露のことを見ていない)
するりするりと人の合間をすり抜けていく黒露に、誰も驚かないところを見るに、どうやら黒露は隠形してくれているのだろうと察しが着いた。
なんだかんだ言って、ちゃんと雅相が言った通りにやってくれるいい鬼?猫?じゃないか。騒動の件は目を瞑れないけれど。
「ねえ、黒露!」
「なんだ」
とてとてと歩きながらこちらを一瞥する黒露に、僅かに嬉しさが込み上げる。
「隠形、ありがとう」
雅相が素直にお礼を言うが、黒露は一切こちらに見向きもしないでひたすらどこかへ向かっていく。
「安心しろ。お前の霊力を使って隠形しているから、俺になんの損もない」
「えっ」
走り寄る体勢のまま雅相はその場にビシリと石像のように固まった。
確かに昨日より体が重だるいなと感じてはいたが、この倦怠感は久方ぶりの牛車のせいだとばかり雅相は思っていた。
いや、恐らく両方なのだろうとは思うが、それならそれで霊力を使うぞ、と一言くらいあってもいいと思うのだ。
一言あったら今頃は、もう少し気分的には楽だったはずなのだから。
一種のごまかしにしかなっていないだろうが。
「と言うか、どうやって僕の霊力を?」
「簡単な話だ。呪印を通じて、お前の霊力が貯蓄されている魂魄から吸い上げたに過ぎん。言っておくが、お前では無理だからな」
「一方的吸引かよ!?」
思わず渋面で腹の底に響きそうな唸り声を上げる。
それでも黒露の後を追うのをやめない雅相。一人になるのが心細いから、せめてとついて行く。
そうして黒露がようやく立ち止まると、雅相は初めて来る場所をぐるりと見渡した。
周りにはどうやら書倉らしき小さな建物や、車宿があり他にも渡殿が見える。
さらに渡殿の奥を見ていけば、恐らく北の対らしき部屋だろうか?
「どこだここ?」
「知らん」
えっとした顔で雅相が黒露を見るが、黒露はツーンとした顔をしていた。
襲撃の折にこの場所を把握していたから来たとばかり思っていたが、違ったようだ。
どうやら気の向くままに歩いていただけらしい。本当の猫すぎる。
「狐臭すぎてあの場は適わんかったから、飛び出したまでだ」
「あーそういうことか」
納得したとばかりに雅相はウンウンと頷く。
確か黒露は、狐の妖人を匂いで嗅ぎ分けることが出来ると言っていたはずだ。
だから祖父の周りに集まってきた一族の狐の匂いに耐えられなかったと。
本人からしてみれば狐臭すぎて鼻がひん曲がる思いをしたに違いない。
「でも、殺そうとはしないんだね」
「フン、有象無象に興味なぞない」
そうなの?と雅相は首を傾げた。
狐の妖人を絶滅させるつもりで、今回の騒動を引き起こしたとばかりおもっていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
ならば一体何故標的がたった四人で、そしてあの四人だったのかの謎が出てきてしまう。
「じゃあ、なんであの四人を狙ったんだよ」
「数日前に藤の狐が言っていただろう?遺体を見れば今のお前ならば分かると」
肝心な所は祖父と同じではぐらかされてしまい、情がもやもやしてしまう。
二人がそこまで言うのならば、いっそ楽しみとして今日の三人の遺体を見てやろうじゃないか。
……いやいや、それは死者に対して冒涜すぎやしないだろうか?さすがに考えを改めて、わかったとだけ口にして、考えを切り替えることにした。
「それより、これからどうする?あっちには暫く戻りたくないでしょ」
「まあな。と言うか、葬儀が全て終わるまでここで待機しているつもりだ」
しかしそうは問屋が卸さない。無論黒露にも葬儀の列には絶対に参加してもらうつもりだ。
ついてきたからには当然の義務である。いや、牛車の中で問い質した時からそうさせると決めていた。
雅相はむんずと黒露の首の皮を掴み上げると、ひょいと抱き上げた。
その表情は、むっすりと口をへの字に曲げた若干怒り顔だ。
「駄目に決まってんだろ。ちゃんと黒露も列に参加させるからな」
黒露の頭部の皮を引っ張って遊ぶ雅相に、黒露は何か言いたげだが、皮を引っ張られて口をあぐあぐして言葉になっていなかった。
「お前が手にかけた人たちだ。責任待って見送れ」
「……確かにお前の言い分には一理ある。仕方ない、息を止めて参列しよう」
「それもどうなの?」
呆れたため息を吐く雅相だが、不意に人の気配を感じて黒露から視線を外す。
人の気配を感じた方へと目を向けてみると、渡殿でぼーっと一人で空を見上げながら佇む者がいた。
最初にこの辺を見回した時は居なかったのに、いつの間に?
見たところ、雅相とそんなに変わらないくらいの年頃の、艶のある長い黒髪を元結で結い、黒の衣裳を身にまとった少年だった。
「はあ、」
少年が魂魄でも抜けだしそうな気の抜けた息を吐き出す。
しかし、妙にあの佇む少年が気になって仕方がない雅相。
渡殿に一人で居ること自体はさして気になることでは無い。涼みたいとか、考え事があるとかよくある事だ。
だが、雅相が一番気になっていることは別にあった。
(昔の、生家にいた頃の僕と似た目をしている)
光の灯らない淀んだ瞳。
哀しみに暮れた、周囲から受け入れて貰えない絶望を味わったような死んだ表情。
――――気づけば雅相の足は自然と動いていて、付いてくる黒露にも構わずに少年の前へと歩み出る。
相対してみれば、少年は驚いたように錫色の目を皿のようにして雅相を見返していた。
交錯する雅相の墨色の瞳と少年の錫色の瞳。
梅雨の時節特有の、湿気を含んだ生ぬるい風が、ゆるく二人の少年の頬を撫ぜていった。




