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陰と陽の狭間にて。(仮題)  作者: 熨斗月子
一目。血に塗れた足元
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第拾参 狐の誓(安陪相良 前編)

相良(さがら)視点




 同時刻頃。

 都を隔てる愛宕山の奥深くの地。烏が突如として無数に羽根を羽ばたかせて宵闇の中へと不気味な鳴き声と共に飛び立って行った。



「っ!!」



 元結で結った藤色の髪を風に遊ばせながら、相良は都のある方角へ顔を向ける。

 胸騒ぎがしてならない。この感覚には覚えがあったから。

 そうだ、大昔に一度だけ感じてそれきり味わいたくもない、あの忌々しい肌がひりつくような神気の気配と、懐かしい拒絶するくせに引き合わせようとする煮え滾る血の高鳴り。


 眉間に皺を寄せて、片手で握る白銀の太刀に付着した赤黒やら青色やらの様々な血を振り払って鞘へと収めた。



「どうした相良?何か都で気になることでも?」


「……やはり、天運には、曾祖父様(ひいおじいさま)の予知には抗えなかったようだ。蒼竜(そうりゅう)


「それはつまり、雅相(まさすけ)の覚醒か」



 鮮やかな深い海色の髪を金輪で一束に纏め、鋭利に研ぎ澄まされた黄金の瞳を持つ男――――蒼竜が隣に立つ相良を一瞥する。


 彼は十二天将の中で《青龍(せいりゅう)》の位置づけであり、四方を司る霊獣四神の一人だ。

 陰陽五行での属性は水のイメージだが、土の属性の位置づけとなる。


 ふうと相良は天に向けて息を吐き出して、己を律するように瞳を閉じた。


(ついにこの時が来てしまった)


 思い起こされるのは、孫である雅相を初めて安倍邸に連れてきた時のこと。


 あのころは確か雅相も幼くて、式神たちに怯えて小さな体を震わせて泣いていた年の頃か。

 相良の後ろを恐る恐ると言った感じでよくくっついてきていたものだ。


 まあ一番親しくしていたのは乳母代わりを命じた天后(てんこう)と、天后と親しい炎縳(えんてん)だろうが。


 そんなあの子も、すくすくと育ち気付けば元服も済ませていて、少しずつ陰陽師としての自覚も芽生えてきている。実に喜ばしい成長ではないか。……何やら弊害はあるようだが。


 しかし一つ気になる点があった。《曾祖父の予知》では雅相の《狐の血の覚醒》はもう少し先の話のはずだった。何かが狂っている。おかしい。



「相良、地にこんな物が落ちていた」


「あぁ、勾陳(こうちん)か。どうしたんだい?」



 声のした方へちらと視線を寄越してみれば、黒紫色の短い髪をさらりと風になびかせる、上背のある女人の勾陳が近寄ってきて、煤まみれの所々破けている一通の文を相良に手渡してくる。


 何だろうかと目を丸くしながら中身を検めてみれば、中には未だ瑞々しさを保った菖蒲草(あやめぐさ)燕子花(かきつばた)と三つ折りになった文が入っていた。


 ……この嗅ぎ慣れた菖蒲草の強く甘めの爽やかな香りは、恐らく自邸に曾祖父が植えたものだろう。

 という事は、安倍宗家の誰かからの文だろうか?


 さらりと同封されていた文に目を通して行けば、最後の行には日付と《雅相》の文字で締め括られていた。



「あぁ、そういうことだったのか」


「どうしたんだ相良?文の中身は?」


「雅相のものだった。勾陳、文は他に()()()()()()()()()()?」



 相良のその言葉に、勾陳の形のいい眉がひくりと持ち上がる。


 相良の言いたいことに察しがついたのだ。すぐ様他の文を捜索するため勾陳は踵を返すとその場を離れた。


 その間に、相良も出来るだけの手立ては打たねばならない。

 するりと相良が視線を移した先には、高々と聳え立つ異質な土を盛り上がらせたように出来た小山が鎮座していた。


 相良は今の今まであの小山から噴出される勿怪や怨気を外に逃がさないように呪符を用いて結界で囲い、漏れ出ないように外界を遮断する《御封術(ごふうじゅつ)》を使って勿怪を掃討し、小山を封じていた。


 それをかれこれ三日の間、鞍馬山、比叡山、そして山崎山(現天王山)の三箇所に同じことを繰り返し寝ずに行っていたのだ。


 怨気の気配を辿れば、恐らく残りはこの四箇所目の霊山に当たる愛宕山の小山だけのはず。



「しかし、まさか四箇所の山に仕掛けられた障穴(しょうけつ)自体が仕掛けになっていたとはね。一つの障穴に足を踏み入れた時点で既に御封術が発動していたとは。誰が一体こんなことを」



 霊山へ入山し、調伏し始めた時から違和感は感じていた。

 しかしようやくこの得も言わぬ違和感に気付けたのは、雅相が添えてくれていた菖蒲草の存在で、だ。


 菖蒲草には邪を寄せ付けない効果がある。

 そして雅相の文だけが手元に届く不可解さ。


 そこから導き出されるのは……結界内にいる者を山から逃がさぬよう囲い、外界から遮断する霊山を使った大規模な*四神相応(じしんそうおう)に準えたような御封術。


 この御封術の厄介なところは、媒体となる霊力を持つなにかに仕掛けられたモノを全て封じるなり祓わない限り、ずっと結界内にいる者は出られない上に外界との全てを絶たれるという点だ。


 今回相良が嵌った御封術は媒体が四箇所の霊山で、結界を保つための霊力が霊山に眠る膨大な霊力、そして障穴が結界を実行させる仕掛けだったという訳のようだ。


 何より仮にも陰陽頭としての立場を持つ相良でさえ気づかなかったほどに巧妙に隠され、霊山に仕掛けられていた御封術。


 恐らく隠形にかなりの自信を持つ者か、或いは相良を上回るほどの霊力を保持するものの仕業と推測ができる。


 そんな者などそう滅多に居るはずがない。それも直近で考えてとすれば、自ずと答えは見出されてくる。


(あの鬼の仕業か?)


 脳裏に浮かぶのは、この騒動が起きる前の日に()()()()()で出会った黒髪の美しい鬼の姿。


 鬼神である炎縳と比べるのは少し毛色が違う気はするが、鬼として分類してみても異色の出で立ちをした鬼であった。


 そんなことを淡々と考えながら、地面に散乱する数多の多種多様な勿怪たちの亡骸を見据える。



「今から御封術を強引に破る意味は無い、か。ならば仕方ない。蒼竜、障穴の封呪の準備を。それから炎縳、君にももう一仕事してもらう」


「分かった」



 固い返事をして無表情で青龍が小山の周りに散らばる勿怪の遺骸を退かす中、ちらりと相良が端の方で腕組みをしている赤髪を逆立てた炎縳を一瞥した。


 そんな炎縳は納得がいかないとばかりに視線を合わせようともせずにたった一言「相分かった」とだけ半ば投げやりに返答するのだった。


 まあ炎縳がこんなに不機嫌なのも今は仕方ないことではある。恐らく自邸に帰ったら質問攻めにあうこと間違いないだろう。


 兎にも角にも今は障穴を塞ぐことが先決だ。相良は懐から赤の文字が書き走った式符を二枚取り出す。


 式符に書かれた文字は《天一(てんいつ)》と《白虎(びゃっこ)》。


 その札にふうと霊力を乗せた吐息を吹きかけて放てば、たちまちに式符は人の形を成していき、白髪に鋭い碧目を閃かせる男童――――白虎。


 そして嫋やかな物腰の腰まである美しい黒髪を風になびかせる濡れ羽色の瞳をした天女さながらの女人――――天一がそこに立っていた。



「お呼びでしょうか相良様」


「うおっなんだこの屍の山!なんで真っ先に俺を呼んでくんなかったんだよ相良!!」


「白虎、天一。障穴を、いやこの百鬼夜行を封じるために僅かだが力を貸してくれるかい?」



 忙しなく辺りを見ていた白虎も、穏やかに微笑む天一も相良の声を聞くや否や同時にこくりと浅く頷いた。


 それを認めれば、相良は準備に取り掛かろうと動き出す。が、突如身体がぐらりと傾きあわや地面に倒れる寸前となってしまう。


 しかし辛うじて相良の倒れかかった体躯を支えたのは、勿怪の遺骸を退かしていたはずの青龍であった。



「相良!無茶をしすぎるな。それでなくともこの三日に何度も同じことをやっているんだから、少しは休め!!」


「そう、だね。この百鬼夜行を、封じ終わったら、邸で休もう、かな」


「この愚か者!」



 目をきつく鋭くさせて物凄い剣幕で相良を制止しようとする青龍だが、今は聞いてやる暇は相良には残っていない。


 早く百鬼夜行を封じて、十二天将たちを式符に戻さなければ、休む以前に相良の霊力が底をついて動けなくなるだろう。


 つくづく、常に十二天将全員を顕現させていた曾祖父の無駄に有り余っていた霊力が羨ましく感じてならない今日この頃だ。


 相良は青龍をそっと押し退けると、気だるげな体を引きずりながら小山のように盛り上がった障穴を囲うように、太刀で地面を削りつつ五芒星を描いていく。


 そうして五芒星が完成すれば、十二天将たちは素早く角へ立ち、残りの角に重だるげな足取りで相良も立った。



「東海の神、名は阿明(あめい)、西海の神、名は祝良(しゅくりょう)、南海の神、名は巨乗(きょじょう)、北海の神、名は禺強(ぐうきょう)、四海の大神、百鬼を退け、凶災を(はら)う。急々如律令」



 全員が両手をそれぞれ三角に合わせ、相良が百鬼夜行を封じる*秘呪を唱え終れば、息を合わせて両手をさっと逆さに向ける。


 刹那、五芒星が白く淡く発光しだすと小山を包み込み、小山から怨気が絞り出されるように空へ放たれていく。


 そしてどさりと音を立てて崩れると、終いに小山の場所に残ったのはただの土塊だけだった。


 怨気や勿怪を放出していた小山が消滅すれば、次第に周りに散らばっていた屍も浄化されるようにばさりと軽やかな音を出して次々にその場に灰を残して形を崩していく。



「白虎、天一、協力感謝する。また用向きがあれば呼ばせてもらうから」


「心得た!さっさと下山して休めよ相良」


「かしこまりました。どうかご自愛くださいませ。御身は貴方様だけの物では御座いませぬから」



 それぞれ二神が相良に忠告していけば、白虎も天一もその姿を晦まし二人の居た宙空には先程の式符が静かに浮かんでいた。


 それをそっと手に取って懐にしまえば、そこへちょうど頃合よく勾陳も戻ってくる。


 その表情は中々に厳しいもので、相良の前へやって来るとおもむろに握り締めていた手を相良に向けて開いて見せた。


 勾陳の掌の中には黒焦げでグズグズになったこんもりとした紙屑の残骸であった。



「恐らく敵の結界の怨気に充てられて燃えたのだろう。文の残骸がここを囲うように数多残っていた。恐らく他の霊山でも確認できるだろうな」


「そうか。ご苦労だったね勾陳。君も出ずっぱりだったから式符の中で休みなさい」



 疲れの見える穏やかな表情で相良が言えば、勾陳は「分かった」と呆れたと言わんばかりの吐息と共に一言発すと、白虎たち同様に式符の姿へと変えて、相良は札を懐へと仕舞った。


 これで御封術の結界も崩れただろうし、あとは五芒星の跡を消して下山するのみである。


 ようやく安心するように肺に詰めていた息を静かに吐き出している、と何やら突然炎縳が近寄ってくる。

 彼自ら相良へ歩み寄ってくるとは、存外珍しいことだ。



「安倍総代、まだ()()()は引いておらぬようだが」


「問題ない、雅相の神気に充てられて少し長引いているのだろう。そのうち慣れて元に戻っているよ」



 炎縳に素気無く返して、ついと都の方角へ視線を向ければ、三日前に会って以来の孫の顔を思い出してみる。


 安倍家では珍しい快活で明るい性格の少年は、いつの間にか()()()()のせいで陰気臭くなっていた家風を吹き飛ばして、陽の光を与えてくれる存在となっていた。


 望んではいけない、安倍家は常に陰として都を支えなければならないのに、気付けば光を求めてしまっていた。


 きっと光を求めた罰が今、相良へと降ってかかってきたのだろうと思えてならない。

 天運とはいえ、巻き込んだのは相良自信であり未来を担う雅相に頼らざるを得ないのもまた然り。


 来る未来に雅相は必要不可欠であったからこそ、相良は分家である生家に支度金を払い童を家に連れてきたのだ。


 無論それは曾祖父安倍晴明も同じことをして相良を連れてきたのだから、慣例に乗っ取っただけに過ぎないのだが、あまり気分のいいものではなかった。


(それでも……何としてでも安倍家の悲願を、()()()の仇を取らなければ)


 清和の乱と呼ばれるあの日に失った様々なものを弔うためにも、何としてでも妖狐《梓甫御前(あずほのまえ)》を祓わなければ。


 再度、胸に固く誓って相良は拳を握り締めた。

 それが全ての物に雁字搦めに絡め取られて、板挟み状態の相良自身にどれほどの苦痛を味わわせる事になろうとも。

 注釈


 四神相応……青龍、白虎、朱雀、玄武の霊獣に準えた地勢や地相。またを四地相応ともいう。東青龍を鴨川に、西白虎を山陰道、南朱雀を巨椋池、北玄武を船岡山と一般的には考えられている(平安時代頃にそうであったかは不明)


 秘呪……ここでは百鬼夜行を退ける神言の事。

 本来百鬼夜行の神言は様々な妖や鬼神の災いから身を隠す・避けるために使われる。(陰気な往来の場、理由もなく鳥肌が立つような時に使う)

 今回はオリジナルで結印を入れたことで、封じる・祓う効果を持たせました。


 ちなみに師匠である賀茂忠行(かものただゆき)の供をしていた幼少の安倍晴明が一緒に歩いていた際、晴明が逸早く百鬼夜行に気づいてこれを知らせ、賀茂忠行が神言を唱えたとかなんとか?(逸話のお話)

 どっちも凄い。


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