悪役令嬢は倫敦に帰りたい
「貴様のせいで!ワシは!あの浮かばずの滝壺に投げ飛ばされ!全てを失ったのだぞ!何を悠長に笑っているのだ!
「はっはっは!これは愉快だ!教授もこの世界に飛ばさていたのですか!もう一度私のバリィツを食いたいのかな?
「貴様ッ!!
○○○
私立安楽高校
憎きクソ探偵に滝壺に投げ飛ばされたワシは、霧と犯罪まみれの愛すべき祖国から遠く離れた東の果ての国の学園に飛ばされた
それも未来に
更に女学生に姿を変えて
「教授には悪いがね。ここは私たちが元々いた世界ではないよ。戻ろうなんてことを考えるだけ無駄だ。確率論なんかの話じゃあない
目の前のクソ探偵の成れの果てが、私に話しかける
「東の国では輪廻転生と言う考え方があるらしいのだよ。私や、あなたも、あの場で死に、何かの拍子にこの世界に来てしまったようなのだ
「それは、貴様の大好きな阿片が見せる幻覚なのではないのかね?
「はっはっはっ!ならお得意の数学で、この不可解な事象を解き明かしてくれたまえよ。私は待つよ、うん
「ちっ
ワシも目の前のクソ探偵にならい、椅子に座ることにする
木と鉄のパイプで出来たなんとも座り心地の悪い粗悪な椅子だ
「教授。君が幻覚と言い放つであろうことを十分に理解した上で、私たちがいる世界についての種明かしをして良いかな?
「好きにしたまえよ
「この世界はね、私がここに降りる時に聞いた声では“恋愛探偵学園”と言うゲームの中らしいのだよ。私や君は、そのゲームの駒と言うわけだ
「はっ。何を言い出すかと思えば。ワシはゲームを動かすことはあっても、駒なんぞには
「世の中には理外の存在もあると言うことだよ、教授。その中で私は、主人公の“攻略対象”の1人、らしいのだ
こいつは傑作だ
主人公を気取り、難事件をいくつも解決してきたこいつが、端役とは
「大変愉快そうな顔をしているね、教授
「当たり前だ。貴様が端役と聞けば、幾分かは胸がすくというものだ!
「だがね、教授。君は“悪役令嬢”と言う役割でね。主人公の行動次第では、破滅が待っている立場、と言ったらどうするかね?
「はぁ!?
「おっ!私に推理を突きつけられた時のような顔をしていますね。これは良い!はっはっは!
「貴様ぁ!
因縁深きクソ探偵の成れの果ての女学生が、ワシのことを“破滅される運命が待つ悪役令嬢”と!“ゲームのひと駒”と言いのけた
どれだけの侮辱だ!
ワシは将来語り継がれる伝説の犯罪者たるはずであったはずなのに
おお、神よ、何故
「しかし、教授。貴方が中身と言うことを知らなければ、その見目麗しさは、だいぶ目を引きますね。いっそ、大人しくされて、この世界で平和に恋でも興じられては?
「ふざけるでないわ!
○○○
どうもワシは、この学園のクラブ“科学部”の部長らしい
科学なんぞは、むしろあやつの分野であるのに、何故ワシが
今から数学愛好会に方針を変えられないだろうか
「森脇部長、生徒会長との面談はどうでしたか?
「部費は取れそうでっか?
この根暗な方が渡沢、図体だけの愚図が黒木と言う少年なのを、何故かワシは知っている
あやつの言葉を借りるなら、ワシはこやつらと手を組み、主人公と攻略対象とやらに緊張感と吊橋効果を与える舞台装置と言うわけか
「......ああ、別の話になってしまってな。すぐに機会を設けて、部費を手に入れてくるわい
「部長、言葉遣いが何か変ですよ
「ホンマでんな
ゲームの駒を演じさせられると言うのが、これほどまでに苦痛とは
いや
あやつめは、「私に男色の気はないよ。このまま生徒会長の任を全うして終わりさ。主人公とやらは、私に会うことすらなく別の攻略対象と愛を育めば良い。私はこの世界を楽しみつつ、刺激をただ得られれば良いんだ」などとほざいていた
あやつを見習うのは、癪ではあるが、何故役割を与えられ、それの結果が破滅であるとわかっているのに演じねばならぬのだ
ワシは天下の犯罪卿
倫敦の霧を纏う悪意
頭脳を持ち合わせた蜘蛛だ
神の作ったシナリオどおりなどに動いてたまるか
「渡沢!黒木!科学部とはなんだ?人類の歴史に残る頭脳労働の具現化を目指す活動だ。違うか?
「おっ?いつもの森脇部長とは違いますが、やる気がありますね
「ノリノリですなぁ
「法の穴、監視の穴はワシが見つける。ワシらを破滅させる者たちを駆逐し、神に一泡吹かせてやろうではないか!
「「おーっ!
○○○
「「「ふんふんふん♪ふんふんふん♪ふんふんふんふん♪ワシたち天才♪頭良いぞ♪渡沢♪黒木♪好きなもの、好きなもの(以下略
出来たぞ!
ワシのいた倫敦では科学力が足りず作れなかった機械人形
モルグ街の惨殺事件にひらめきを受け、いつかは作り上げようと考えていたカラクリ人形
「うむ。素晴らしい出来だ、このメカコングは!
「森脇部長に褒められるなんて、わたしゃ照れちゃいますよ
「オイラも
「ようし!条件は整った。後はタイミングだ。生徒会の奴らに目に物を見せてやる。お前たち、やるぞ!
「「アラホラサッサー!
○○○
「以上が彼のプロフィールです。穂村会長?聞いてますか?
「ん、あ。あぁ
穂村は、明日転校してくる生徒のプロフィールをみて、胸がドキドキしていた
彼女は、元の世界では“彼”であった
それ故、彼が突然男色に染まることはない
だが
「えぇっと、和田 翔......くん、だったか
もう一度、彼の顔写真をみる
「和田さん、なんと言うか平均的な顔ですよね。凡庸を形にした、と言うか
などと書記に言われるほどの顔
しかし、渦中の彼はと言うと、彼の顔が若い日の同居人にして事件のまとめ役、大親友の軍医にしか見えなかった
「和田さん......
「あっれ〜、会長、こういう顔が好みなんですか〜?意外〜
「えっ......いや、まぁ、知り合いに似ているから気になる、という感じだな......
そこで働かなくても良い彼の天才的な推理アンテナが作動してしまう
彼が主人公ではないか、と
○○○
「教授!教授!
科学部の扉が開かれる
「なんだ!うるさいぞ!
せっかく、渡沢と黒木とともにメカコングの完成祝賀会をしていたのに、台無しだ
「これを見ろ!
そう言ってクソ探偵が、ワシに一枚の書類を見せてきた
「和田?......あぁん?こりゃあ、お前んところの助手じゃあないか。まさか
「明日転校してくる......
ほほう
「良かったではないか。元々仲良く同居していたではないか。今更なんだと言う
「親友としてだ!そんなつもりはない
「だが、この世界は違うぞ〜、ん〜?
顔を真っ赤にし、苦虫を噛み潰したような顔をしておる
なんとも心地よい
「なんじゃあ?この和田を亡き者にすれば良いのか?
「......
「......ワシが悪かった、息が出来ん......手を離してくれ
こやつ、冗談も通じんのか......
男同士だから友情だったんじゃろうなぁ
「教授、元の世界に戻る方法を模索しよう
○○○
1ヶ月が経った
元の世界に戻る方法は見つかっていない
しかし、予想通りのことは起きつつある
「あの声、あの性格、あの喋り方......あれは彼だよ
「おう、そうか
ワシの怨敵は、よく科学部に来る
「彼に生徒会で解決した、いや私が解決した事件を語ると、もう本人なんじゃないか、という感じで返事をするんだよ。あまりに聞き上手なんで、彼と事件の場に向かったりも......元々の書記よりも優秀でね、空いている書記の枠に彼を入れてしまったら......なんだろう、収まるべきところに収まったって感じがしてね
「お前さん、もう攻略されとるよ
「いや、これは友情の範疇だ......
「少し、この世界のことを調べたんだがな、お前さんみたいなのを“チョロイン”と言うらしい
「私は!チョロくない!
ダメだ、こやつ
「で、どうしたんじゃ、ワシなんぞの近くにおらんで、愛でも育んでおれ
「少し頼みがある
「なんじゃ
「私と和田さんで倒したメカコング、直せないか?
変なこと言い出したぞ、こやつ
「知ってのとおり、生徒会では生徒が抱える事件を解決していてね。新しい事件が舞い込んで来たんだよ
事件解決なら貴様のお得意技じゃないか
それにメカコングは力業だ
天才のワシに足りないパワーを補うものじゃった
生徒会が扱うような事件には必要なかろうて
「どんな事件なんじゃ
「......どうも元ネタがありそうな事件でね。“4つの署名”に関わる事件なんだよ。私と和田さんとで解決する予定なんだけれどね
......
「貴様、まさか
「差出人を消して欲しい。協力しよう
こいつ!チョロインじゃなくヤンデレじゃったのか!
「倫敦屈指の犯罪卿なんだろ?教授。攻略対象は私1人で良い。特にこの攻略対象には、最大級の対策を練るべきだと、私の灰色の脳細胞が警鐘を鳴らしているんだよ
「通報しといた。留置所で臭い飯でも食ってろ、阿片狂い