侯爵令嬢と男爵令嬢と私
「ローズマリー・ヴァルム侯爵令嬢。私の愛するマーガレット・キュールに体する数々の悪事、私が知らないと思うか!」
「はぁ?」
「はぁ?」
『『はぁ?』』
私リリーは天気が良いため、マーガレット様たち仲の良い令嬢達と中庭でお昼を食べようと、食堂でテイクアウトをしていた。すると、急に現れて王子とその取り巻きに囲まれてしまった。
王子達は、『マーガレット』と呼んだ男爵令嬢を後ろに庇いながら、王子達が名指しする私の隣にいる『ローズマリー・ヴァルム侯爵令嬢』を睨み付けている。
いきなり、王子に名前を呼ばれて、ついつい淑女らしからぬ声を出してしまったローズマリー様とマーガレット様。そして周りにいた私を含めた令嬢たち。
「リック王子、何か勘違いしておりませんか?私は誰もいじめたことありません
【文途中での改行】」
王子に睨まれた『ローズマリー様』は戸惑いながら王子に言った。
私を含めて、回りにいた令嬢達は彼女の言葉に頷きます。もちろん。王子の後ろに仕方なく庇われている『マーガレット様』もです。
「そんな言い訳がとおると思うのか!現に、マリーのお昼を床に叩き落としたではないか!」
王子は床に無残に散らばっているサンドイッチの数々を指差します。
「王子、発言をお許しください。この無残なサンドイッチの数々は、私リリー・ヴァイスのせいです。マーガレット様のせいではありません」
王子に正直に言うと、何故か王子は余計に激怒した。
「ローズマリー!!身分の低い令嬢にこんなことを言わせるなんて。やはり私の調査は間違っていなかった。」
「だから、私リリーが自分で踏んでしまっただけです」
「もう安心してくれ、マリー。あの下級貴族ともども私が救おう」
王子が『マーガレット様』と呼んでいる女性を護るように体を引き寄せようとしますが、『マーガレット様』はヒラリと身をかわします。
それより、王子は私を下級貴族だと認識しているとは。この国は終わりです。私は激おこです。
周りも、私を下級貴族呼ばわりしたことに引いていますよ。ローズマリー様とマーガレット様は絶対零度の目で王子を睨み付けていますよ。
「マリー……君は良いかもしれない。しかし、ローズマリーの数々の悪事を、この国の王子として見逃すことはできない」
周りが引いていることと、私たち三人が怒っていることに気づかない王子は、優越に満ちた表情を浮かべ『ローズマリー様』を指さします。そんな王子を横目に、マーガレット様とローズマリー様はアイコンタクトを取ります。そのやりとりを訳すなら
『私の知らないところで何かやった?』
『私を疑っているの?ちゃんと家の許可を取ってからヤッたわよ?』
うんうん、アイコンタクトで会話ができるなんて羨ましいです。私も早くあの二人みたいにアイコンタクトで会話ができるようになりたいです。二人の『やった』の意味が違うような気がしますが、そこは気にしないようにします。
「マナーの講義の時間にマーガレットのドレスを破り、辱しめようとしていたではないか。私が新しいドレスをマリーに与えなければきっとマリーは恥をかいていただろう」
「ああ、あの趣味の悪いドレス王子が送ったものだったのですね。あのドレスのせいで私、違う意味で辱しめられました」
王子に睨み付けられている『ローズマリー様』は、あの時のことを思い出して顔をしかめます。
王子は胸を張って、『マーガレット様』にドレスを送ったと言いますが、あんなフリルとリボン満載なドレスなんて恥ずかしすぎる。それに、貴族の令嬢たるのも予備のドレスの10着や20着準備している物です。
だけどあのドレス役に立ちましたよ。「悪いお手本のドレス」として授業の役に立ちました。もう講師にけちょんけちょんに言われました。
「マリーの私物を壊し。中庭の噴水に沈めて」
「それも、解決済みです。きちんと実行犯には罰を与えました」
『ローズマリー令嬢』がそう言うと、王子は瞳孔が開き、嬉々とした笑みを浮かべます
「皆のもの聞いたか!ついにこの悪女が悪事を自白した。マリーに悪事を働いた実行犯を処分したそうだ。なんと恐ろしい女なのだ!!」
王子の演説に盛り上がる取り巻きと、それと反対に白ける周り。
「王子一つ申し上げてよろしいでしょうか?なぜ、王子はローズマリー様がマーガレット様を嫌っているとお思いなのですか?」
恐る恐る、私の隣にいるヴァイオレット・シュワルツ伯爵令嬢が王子に聞く。すると王子は顔を赤くして語りだした。
「私は婚約者であるローズマリーを嫌っているが、ローズマリー様は私を愛している。真実の愛に目覚め、マリーを愛する私をみて、平民であるマリーに嫉妬しているのだ!!!」
王子の熱弁に一瞬静かになる食堂。そして食堂は笑いに包まれた。爆笑・冷笑・嘲笑など色々な笑いが食堂を包む。
その中で一番爆笑しているのは王子の後ろに庇われている『マーガレット様』である。
「マーガレットどうした「気安く、私の名前を呼ばないで」
爆笑している『マーガレット様』に王子は声を掛けるが、『マーガレット様』は名前を呼ばれることを拒否した。拒否され、茫然としている王子をしり目に、堂々とこちらに向かう『マーガレット様』。
『マーガレット様』が『ローズマリー様』の隣に立つと、王子は驚きの表情を浮かべます。
王子が驚くのも仕方ありません。頭から足のつま先まで二人は瓜二つなのです。瞳の色や形、白百合のような儚げな様子さえ同じなのです。唯一の違いは髪の色だけです。プラチナブロンドの髪をしているローズマリー様と異なり、亜麻色の髪をしているマーガレット。まさに、二人を見分ける違いは髪だけです。
「ふぅ、王子にわかりやすく説明するために、元の姿になりましょう。マーガレット」
王子に『マーガレット』と呼ばれていた女性は、王子に『ローズマリー』と呼ばれていた女性にそう言うと、亜麻色の髪を脱ぎました。その下からプラチナブロンドが現れました。
「そうね。暗黙の了解もわからない王子のためにも必要ね、ローズマリー」
王子に『ローズマリー』と呼ばれていた女性も『マーガレット』同様に、プラチナブロンドの髪を脱ぎました。そして下から現れたのは亜麻色の髪。
そうです。今まで、王子が『マーガレット様』と思っていた女性は実は『ローズマリー様』で、『ローズマリー』と名指ししていた女性が真実の愛(笑い)の相手『マーガレット様』だったのです。
「な、な、な!?」
状況が呑み込めない王子は目を白黒としています。
「リック王子、私が平民嫌いだというのは嘘です。なぜなら、私も元は平民だったからです。それに、私とマーガレットは双子です」
「週に2、3回入れ替わっていましたのよ?」
「そんなばかな!!!」
ローズマリー様の言葉に驚く王子。
ローズマリー様とマーガレット様が元平民であること、二人が双子であることは公然の秘密。そして、二人が入れ替わっていることは暗黙の了解。
まぁ、元平民と言っても二人の両親は貴族籍に籍がある貴族である。侯爵家の令嬢である二人の母親と男爵家の三男だった二人の父親は、恋に落ち、愛を育み、お互い家を捨て、二人を育てたのです。普通だったら、駆け落ちをした時点で二人の両親は貴族籍をはく奪されるはずでしたが、『駆け落ちするまでお互い愛していたなんて!!!!』と侯爵夫人と男爵夫人が感動したため、二人の説得に頼、貴族籍のはく奪は免れました。
ローズマリー様とマーガレット様……ローズとメグは両親と四人で仲良く暮らしていました。自称二人のキューピットと言う母に連れられ、私はよく平民として暮らす四人の元を訪れ、ローズとメグと仲良く遊んでいました。なぜか、ローズとメグの父方母方の祖父母と伯父伯母達もよく四人の元を訪れていました。
だけど、今から八年前とある疫病が流行りました。四人を心配した母を使用人たちが止めるのもものともせず、四人の元を訪れると、虫の息のローズとメグ。すでに冷たくなっている二人の両親。
母は急ぎ、お抱え医師にローズとメグを診察させます。
あの時の恐怖を私は忘れていません。毎日神様に二人を連れていかないでほしいと祈りました。
医師の治療と、私の祈りによって二人は元気になりました。しかし、元気になった二人に残酷なことを告げなければなりませんでした。二人の母方の祖父が両親の死を告げます。
二人は泣き叫びます。
なぜ生かしたのかと医師を罵ります。
両親の元に行きたいと自分を傷つけます。
二人が死にたがっていたことは知っていました。だけど私は二人に生きていて欲しかった。
だから、必死に二人が死のうとするのを止めた。
「二人が死ぬなら私も死ぬ」と二人を脅した。
「そんなに死にたいなら私が二人を殺す」と二人にナイフを向けた。
「私を置いてかないで!!」と二人に負けないぐらい泣き叫んだ。
私たちは三日三晩お互いを抱きしめながら泣いた。涙がかれるまで。
その後、大人たちの話し合いにより二人は貴族籍に入り、流行り病で子どもを亡くした侯爵家の元へローズが養子になり、流行り病で子供ができない体になった男爵家の元にメグが養子になりました。
二人はそれぞれ、侯爵令嬢・男爵令嬢と育てられることになりました。しかし、二人の養父母である侯爵・侯爵夫人、男爵・男爵夫人はとても良い人だったため、メグはヴァルム侯爵家で過ごすことができ立派な淑女教育を受けることができました。
15歳になり私たちは王立学園に入学することになりました。この学園は15歳以上の貴族すべての令息・令嬢と裕福な商人の息子・娘が入学することができる。しかし、学園は貴族社会の縮小版。伯爵以上の子息・令嬢が受ける授業と、子爵以下が受ける授業内容は異なる。
そのため、今まで侯爵家で教育を受けていたメグには、子爵家以下の教育には満足できません。そこで、メグはローズに相談しました。そして、ローズは二人の入れ違いをメグに提案しました。その提案にメグと侯爵夫人・男爵夫人は、ついでに私の母も大賛成しました。
私の母御用達の鬘屋でそれぞれ、プラチナブロンドの髪の鬘と亜麻色の髪の鬘を作りました。二人が本気でお互いを演じると、幼馴染の私でもわからないので、メグは亜麻色の髪のときもプラチナブロンドの髪の鬘でも一房編み込みをすることになりました。
入れ替わることは規則違反です。しかし、私の母が脅して……強くお願いして許可されました。
入れ替わりに気づかない、メグにチョッカイを掛ける王子を見て嫉妬した令嬢がやった嫌がらせは時たま、ローズに行われていたこともあった。その嫌がらせに気づいたメグはローズ……もとい侯爵家の許可を取って嫌がらせをした令嬢たちにお仕置きをしたみたいだけど。
それ以来、二人の入れ替わりは暗黙の了解。この学園の生徒・講師なら知らないはずはないはずなのだが。
しかし、例外が居た。
下級貴族ならわかるが、知らなかったのはこの学園の頂点に立つ男。学園のすべてを知らなければならない男。
その男が知らないなんて……
「王子はマーガレット様が真実の愛の相手だと言っていたけど……」
「双子とは言え、真実の愛の相手を間違えるとは」
「みんなが知っている、入れ替わりと見分け方を知らないなんて。今日のマーガレット様の髪は編み込みがされていなかったのに」
周りの言葉に段々と羞恥で赤くなっていく王子。
「それにしても、ローズマリー様を婚約者と間違えるなんて」
ある令息の一言に、食堂中からため息が聞こえた。
本当に頭が痛い問題だ。
「王子、一つよろしいですか?リック王子の婚約者は、私リリー・ヴァイス公爵令嬢ですよ?」
私が憐れみを込めて、王子に言うと赤く染まっていた顔は段々と青くなり、ついに真っ白になった。
まぁ、当たり前のことですよね。婚約者の名前も姿も知らないですからね。我が家が何回も顔合わせを打診していたのに、全て無視をしていましたからね。メグに夢中で私の名前さえ右から左へ聞き流していたのでしょう。
しかも由緒ある公爵家令嬢である私を『下級貴族』と罵ったのですから。王子の顔も真っ白になります。
「リック王子、ローズとメグの件と合わせて、我が家を『下級貴族』と罵ったことも、きちんとお父様に報告しますね」
リック王子は絶望のあまり、膝を床に突いてしまいました。私のお父様はこの国の宰相をしております。お父様に言えばこの件はすぐに、国王及び侯爵家・男爵家の耳に入るでしょう。父同様私を激愛している私の叔父でもある国王はきっと激怒するでしょう。私の母は国王の妹なんですよ?王妃様も私を実の娘のように可愛がってくれています。私はこの国で一番権力のある公爵家令嬢なんですよ。
リック王子が次期国王と言われていたのは、同じく王位継承権のある私と結婚するからです。私との婚約が破棄されれば、自動的にリック王子は王位継承権をなくします。
なぜ王位継承権をなくすのか?
それは、貴族社会の公然の秘密や学園の暗黙の了解を知らず、愛している人を見分けることもできず、婚約者の顔も知らないバカが王様にふさわしいわけないでしょう(笑)
そして、リック王子の王位継承権のはく奪と同時に、私がこの国の次期女王になります。
「あら、王子の茶番を見ていたら、お昼を食べる時間が無くなってしまったわ」
ローザの言葉に時計を見ると、午後の授業まであと10分もありません。本当に茶番のせいでお外ランチが台無しです。
「リリーどうかにならない?」
メグに言われどうするか考えました。
この茶番のせいで、多くの生徒がお昼を食べそこなっています。しかし、ここは由緒正しい王立学園。授業をサボることなんてあってはいけません。
「それなら、マナーの先生に言って、午後の授業すべてをお茶会のマナー講座にしてしまいましょう」
私の提案の生徒たちは歓喜し、成り行きを見守っていた学園の講師陣たちも頷きました。
こうして、午後の授業は私の、次期女王権限によりお茶会になりました。
これぞ正しい権力の使い方です。
「「ヴァイオレット行きましょう」」
ローズとメグの一言で、食堂にいた生徒たちは続々と中庭へ行きます。その中には、いままで王子の取り巻きだった男たちも、中庭へ行きます。
取り巻きにも見捨てられた王子は一人、膝を突いたまま食堂にいます。
誰もそんな王子に目もくれません。
いや、正確には一人いました。ヴァイオレット・シュワルツ伯爵令嬢が王子を睨み付けています。その視線だけで十人以上は殺せそうです。
私たちだけでなく、「暗殺貴族」の二つ名をもつシュワルツ伯爵家の跡取りを敵に回すとは。
王子の人生も終わりましたね(笑)