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Chapter.8

 皆がやいやい言い合っていると、玄関から「ただいまー」と声が聞こえる。

「ん? 紫苑(シエン)くん帰ってきた?」

 青砥がその声を聞いて玄関のほうを見やる。

 足音がリビングへ近付いてくるや「ただいまー、ただいまー」細マッチョ系の男性が目に入る住人に挨拶を投げかけた。

「紫苑くん、おかえりー」橙山が笑顔で答える。

「うん、ただいま。あら、お客さん?」華鈴に気付いて誰とはなしに問いかける。

「今日から一緒に住むことになったカリンちゃん」

 嬉しそうに言ったのは橙山だ。

「なんでお前が紹介すんねん」

「ほんまやわ」

 一緑のツッコミに青砥が同意する。

 紫苑はそれを聞きつつ「なんやよーわからんけど、そうなんや。よろしくー。男ばっかでむさ苦しかったしええと思う」特に気にするでもなくあっさり聞き入れた。「部屋は? オーディオ室空けるん?」

「いのりの部屋に住むんでしょ?」青砥の問いかけに一緑がうなずく。

「ん? 橙山の紹介じゃないの?」

「ううん? 一緑のカノジョさん」紫苑の質問に橙山が答えた。

「なんでお前が紹介したんや」

 紫苑はイノリと同じ内容のツッコミを橙山にした。

「ええやん、誰からでも。嬉しいねんもん」

 橙山はニコニコと頬を染めている。感情と体温が同調する体質のようだ。

「えーっと?」

 なんと呼び掛けていいか悩む紫苑に、華鈴がハッと背筋を伸ばし

「紗倉華鈴と申します」はじめまして、と遅ればせながらの挨拶をした。

「サクラさんな。初めまして、鴻原(ヒロハラ)紫苑です~」ソファに座った紫苑が、華鈴同様頭を下げる。「今日からですか?」

「はい、先ほどみなさんにご協力いただいて、荷物を運び終えました」

「あ、そうなんや。言っといてくれたら俺も協力したのに。決まったんいつ?」

「二週間前くらい?」

 首をかしげて答えた一緑に、華鈴がうなずく。

「え、なんで教えてくれんかってん」

「ゆうた思ってた。ゆってなかったか。ごめん」紫苑の疑問に、こめかみを掻いて一緑が答える。

「聞いてないなぁ。まぁええねんけどさ」紫苑は言うほど気にしていないらしい。

「そういえば、シィちゃんって昼食べた?」一緑が紫苑を愛称で呼んで、聞いた。

「いや、まだ。ペッコペコや」

「仕事帰りやっけ?」橙山が問い、

「そやねん。体調崩して休んだトレーナーの臨時でさ」紫苑は憎々(にくにく)()に鼻にシワを寄せる。

「俺出すからさ、シィちゃん決めてよ、メニュー。全然決まらんくて注文できへんねん」

「そらありがたいけど、なんで? 引っ越し祝いやったら俺らが出すべきやないの?」

「荷運び手伝ってもうたし、俺の紹介で一人増えるから」

「あらそう? じゃあ呼ばれようかな」ええとき帰ってきたなぁと小さく言って、紫苑はテーブルの上に広げられたメニューを見つつ、「パスタ食べたいかなー」言った。

「またちゃうの出てきた!」紫苑の答えを聞いて青砥がソファに身体を預け、天を仰ぐ。

「え? みんななんて言ったん」

「引っ越しゆうたら蕎麦やろって俺が言ったら、キイロが麺やったらラーメンがええて」

「オレ焼肉」

「さかえは?」

「甘いもん」

「ほんならファミレス行ったら早いやん」当然のことのような顔で紫苑が言うと、

「俺がそんなリーズナブルな人間や思うなよ?!」天丼(てんどん)できた赤菜が、大きな声をあげ嬉しそうにツッコんだ。

「なんちゅーテンションやねん」すぐ近くで聞いた紫苑が身体ごと耳を遠ざける。

「同じくだり、さっきもやったぁ」天を仰いだまま青砥がなげく。

「そういえば、肝心なカリンちゃんの希望を聞いてないけど」橙山が気付いたように言うと、

「ヒトのカノジョを名前で呼ぶなよ」紫苑がたしなめた。

「えー? ダメですか?」橙山が首をかしげながら華鈴に問う。

「私は大丈夫ですけど……」問われた華鈴が答えつつ一緑を見やった。

「華鈴がいいならいいけど……」あまり良くなさそうな様子で一緑が渋々承諾する。

「じゃあ俺もカリンちゃんって呼ぼー」

 青砥が人懐っこい笑顔で橙山に続き、

「じゃあ俺はサクラちゃんにしよかな」

 紫苑が言うと

「じゃあオレはカリンで」

「呼び捨てはあかん!」

 赤菜の回答を予想していたような速さで一緑が却下した。

 減るもんでもないしええやんけー、と赤菜が駄々をこねるが、一緑が受け入れるはずもなく……。

「じゃあサクラサンでええわ」

 一番無難な呼び方に収まった。

 と……

「…なに?」

 男たちの視線が、ずっと黙ったまま座っていたキイロに注がれる。

「いや、なんて呼ぶんかなーって」青砥が言うと

「……呼ばない」キイロが少し拗ねたようにつぶやいた。

「呼ぶやろ、いつかは」紫苑が誘導するも

「わからんけど、いまのとこは呼ばない……と思います」

 キイロは膝の上にこぶしを置いて、意志は曲げないことを主張する。

「……はい」

 目線はどこか別のところを見ているけれど、なんとなく自分に言われた気がして、華鈴は思わず返事をした。

「ごめんなぁ。普段はこんな子やないねんけど」申し訳なさそうに言う青砥に

「いえ…。誰でも苦手なものはあると思うので」華鈴がゆるやかに首を振る。

 自分が、というより女性全般が苦手だと言うのだから仕方がない。

 初めて会った日の夜、華鈴は帰宅後自宅でそんな風に考えた。だから、それについては別にいい、と華鈴は思っている。

「もー、カリンちゃんこんなええコやのに~」そう言う青砥はまるでお母さんのようだ。

「で? 結局なににするん」空腹から少し苛立ち始めた赤菜が話を強引に戻す。

「そうやった。華鈴はなんか食べたいもんある?」

「えっと……」んんー、特にない、と思いつつ、悩んでこれ以上待たせるのも申し訳ないと思って「じゃあ……」目をつむり、「これで」と、テーブルの上に広げられた各種メニューの中の一枚を指さした。

 その指先が置かれたのは……。


* * *


「あー、うまいー」橙山が、吐いた息とともに言う。

「結果、良かった、気がする」青砥はハフハフしている。

「そやな。キイロは希望通りやし、眞人は焼いた肉食えてるし」額にほんのり汗をかいた代謝のいい紫苑が、赤菜の手元を見た。

「うまいけど、焼肉とチャーシューは別もんやけどな」肉を咀嚼しながらも赤菜は細かいことを言う。

「ええやん、うまいんやし。赤菜くんはホントさーぁ」キイロが笑う。

 ガラステーブルでは、男たちが円座を組んでそれぞれのオーダー品を食している。

 皆から少し離れたダイニングテーブルで一緑と華鈴は向かい合ってラーメンを食べている。

「ごめんな、うるさくて」ガラステーブルを背にした華鈴に、一緑が言った。

「ううん? にぎやかで楽しいよ」

「そう? ならいいけど……」少し考えごとをしているような顔で、一緑が麺をすすり、咀嚼する。「いつもこの人数いるかわからんし、一人で留守番みたいになるかもやし……」

 華鈴もラーメンを食べながら、一緑の次の言葉を待っている。

「無理せんと、なんかあったらすぐ言ってね」

 華鈴をまっすぐに見つめて、一緑が言った。

「うん。ありがとう」

 箸を止めて、はにかむ華鈴をニコニコと見つめていた一緑がハタと気付いて、華鈴越しに円座組に目線を送る。

 目線の先で、二人のやりとりを見ていた住人達がニヤニヤしたり呆れたりしつつラーメンをすすっていた。

 一緑は少しバツが悪い顔になるが、華鈴からは円座組の態度が見てとれず、不思議そうに首をかしげた。

「なんでもないよ。気にせんとって」

 苦笑しながら食事を再開する。

「? うん」

 そのやりとりもまた、ニヤニヤしながら眺められ、気恥ずかしさを覚える一緑なのだった。

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