Chapter.69
挙式当日、一緑は控室にいた。
タキシードを着て、式場専属のスタッフにヘアメイクをされ、準備は万端だ。
「いのり~」
ノック音のあとに顔を見せた青砥が名前を呼ぶ。
「できたよ、準備」
恵比須顔という形容がぴったりの笑顔で青砥は一緑を手招きした。
式場スタッフに案内されて室内へ入ると、そこにはドレスを身にまとい、メイクアップした華鈴が立っていた。
一緑は思わず無言で見とれる。
「どうよ」メイクとスタイリングをした青砥が自信ありげに一緑の言葉を引き出そうと問う。
「……めっちゃキレイ」
「な? そう言うよ~ってゆうたでしょ?」
青砥は嬉しそうに華鈴に言った。
「はい、さすがです」
華鈴は両親と姉に囲まれ、幸せそうに笑っている。
青砥がデザインしたのは、レースとファーをふんだんにあしらった純白のロングドレスだった。ヘッドドレスも同様のデザインで、いまの華鈴は映画に出てくるプリンセスのようだ。
「すごい、似合ってる」
愛しい妻の手を取り、そっと繋ぐ。
「一緑くんもかっこいいよ?」
ふふふ、と笑い合う二人を、周囲の人達が嬉しそうに見守っている。
「やっぱ身長あるとサマになるなぁ。今度、写真よろしくな」
「うん」
「はい」
青砥は材料費だけでいいと言っていたが、相場よりもはるかに手頃な価格に、一緑と華鈴は食い下がった。だったら、と提案されたのは、青砥のブランドで今後展開する予定のブライダルラインで使うパンフレットのモデルをすること、だった。
「体形に合わせて作るから、同じのをモデルさん用にってなると二倍費用かかるからさ、モデルになってくれたら、二人が着る服がうちの宣伝になるんよ」
そんな青砥の後押しもあり、二人は承諾した。
「そしたらおれも参列させてもらうわ。またあとでね」
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます」
青砥を見送った一緑を、式場スタッフが一緑を呼びに来た。
神父と共に待つ一緑のもとへ繋がる赤い絨毯の上を、華鈴が父親と一緒にゆっくり歩く。
その光景を、参列者が見守っている。もちろん赤菜邸の住人達も揃っていた。
誰かが花嫁を奪いにくる――そんな映画のような展開が一緑の頭をよぎるが、現実で起こるはずもなく、ただ静かに、穏やかに挙式が執り行われる。
少し前、キイロに宣言した誓いを、今度は神様と華鈴に誓う。
指輪を交換して、証明書にサインをして……退場までの間、式場アテンダーの細やかな指示のおかげで滞りなく進行した。
一旦控室に戻り、華鈴が青砥にスタイリングを受ける。
ドレスの腰回りに巻かれていたファーとレースを取り外すと、少し身軽な、しかしデザインの統一性を損なわないマーメイドスカートに早変わりした。
「えっ、そんな仕組みやったんや」
「そー。外出ると地面にこすっちゃうから、汚れるんよね、裾が。クリーニングには出せるけど、どうしてもな」
「ウエディングドレスに機能性は求めたらあかんか」
「そやねん。でも絶対似合う思ったからさ、譲れんかった」
青砥が笑うと、一緑もうなずいた。「うん、めっちゃ似合ってたし、これもめっちゃ似合ってる」
「ありがとうございます」
思わぬ褒め言葉に華鈴が照れ笑いを浮かべた。
「そしたら、こっちはごめんやけど預かるね」
「全然、むしろお願いします」
挙式が終わったらドレスやヘッドドレスも青砥が回収する予定だ。
「リアルに売ったり貸したりするんやったら、ここは課題やな~」青砥はすっかりデザイナーの顔になっている。
「汚さないように気を付けて歩きます」
「ごめんな~。今度、落ち着いたらでいいから、着た感想聞かせてな?」
「はい」
スタイリングとメイク直しを終えて、一緑と華鈴は式場内の大階段へ移動する。
新郎新婦を囲んでのフラワーシャワーのあと、華鈴は近日に結婚を控えている友人にブーケを渡した。
最後に式場内にあるフラワーガーデンで集合写真を撮影する。
親族、友人知人、職場の関係者……数回に分けられた集合写真は、すべて橙山が撮影を買って出ていた。
「ほんまは式の間も撮りたかってんけどな~」
「ごめんな? みんなには友人として参列してほしかったから」
一緑の言葉に橙山は「うん」と笑う。
紫苑と黒枝はいまにも号泣しそうな顔で二人を見つめていた。
「なんでお前らが泣きそうなん」赤菜が苦笑して幼馴染二人を見やる。
「もーあかんねん、このトシになると」鼻を赤くして紫苑が言う。
「わかる~! 俺、妹おらんけど、妹がヨメに行く気分~」黒枝はいつか橙山が言っていたのと同じ理由で涙ぐむ。
二人の言葉に華鈴が照れたように微笑んで「ありがとうございます」同じように瞳を潤ませた。「私も、たくさんのお兄ちゃんができたみたいで、嬉しいです」
「わー! ええ子やなぁ! 抱きしめたい~!」珍しくわめく黒枝に
「あかん! 俺のや!」
「新婚さんやで! 自重しぃ!」
一緑と青砥が制止をかける。
「お前幸せもんやなぁ! 大事にしぃ?!」代わりに一緑の肩を掴んで、黒枝が揺さぶる。
「あたりまえやん! 大事にするよ!」
一緑の言葉を聞いてキイロは満足そうに笑い
「不幸にされそうやったら、すぐ声かけて」
華鈴のすぐ隣に立ち、言った。
それは、キイロの精一杯の告白だった。
「――はい」
華鈴は驚いたあと、嬉しそうに、少し照れたように笑って、うなずく。
「あかん、絶対俺が幸せにする」
キイロはやっぱり、一緑の焦りを誘う唯一の存在だ。
いつもと変わらぬ明るさで、皆との時間が過ぎていく。
赤菜邸の住人達との集合写真を撮り終えて、挙式はすべて、無事終了した。
* * *
「もし、赤菜邸で一緒に暮らしてなかったら、違った未来になってたのかな?」
挙式が終わったその日の夜、ベッドの中で華鈴が言う。
「うーん、そうかもしれないね」
毎日一緒にいても楽しくて嬉しくて、この先も一緒にいたいと思えたから結婚をした。
ただそれだけのこと、とは言えない、色々な出来事が二人の記憶にはある。
「一緑くんが、あのおうちに住んでてくれて、一緒に住もうって誘ってくれて良かった」
「そうね。俺もそう思う」
二人で笑って、抱き合った。
「これからも、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
微笑み、身を寄せ合って、重なって、互いの熱を交換した。
一緑と華鈴はこれから二人の人生を積み重ねていく。
不安や心配もあるけれど、二人でいればきっと大丈夫。そう思えた。