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Chapter.61

 華鈴からお礼チョコを贈られたちょうど一ヶ月後、予定を合わせて全員で食卓を囲む。

「これみんなから、チョコのお返しです」代表して橙山が紹介をした。

「ありがとうございます!」

 ダイニングテーブルには、所狭しとデリバリーフードが並んでいる。

 十三種類の料理がブッフェ式で選べるオードブルプランで、並べ終えた瞬間に歓声が上がり、撮影会が始まったほど華やかで、ちょっとしたパーティーのような豪華さだ。

「好きなのいくつでも食べてね? 人数分プラスアルファで注文して余裕あるから」発注を請け負った青砥は、カトラリーを分けながら華鈴に言った。

「嬉しいです!」色とりどりのオードブルに瞳を輝かせて、華鈴が笑顔を見せた。


 男性陣にはボリュームが足りないかと懸念していたが、追加で頼んだピザとあわせればちょうど良くて、味も、適量に取り分けられるのも好評だった。

 食事が終わり、食後のティータイムへ移るタイミングで

「これ、就職祝いも兼ねて、お返しの続き」今度は青砥が紙袋を差し出した。

「えっ! そんな! あんなに豪華なお食事ごちそうしていただいたのに!」遠慮する華鈴に

「ええのええの、普段からめっちゃお世話になってるんやから、それも含めて取っといて」

 紫苑がおばちゃんみたいな口調で言って、受け取るように誘導した。

「ありがとうございます……! 開けてもいいですか?」

「もちろん」

「選んだんアオやから、センスは確かやと思うよ」

 何故か黒枝がドヤ顔をして答えた。

 一緑は頬杖をつき、華鈴がプレゼントボックスを開封する姿を嬉しそうに見守っている。

「わぁ……!」

 平たい箱の中には、有名ブランドの名刺入れとボールペン、キーホルダーのセットがバランス良く配置され、収まっていた。

 名刺入れとキーホルダーは桜色の革製、ボールペンは軸の上部が透明になっていて、中に小さなローズクォーツが詰まっている。

「きれい~!」

 ボールペンを手に取り、軸を照明に透かして見る。

「趣味に合うといいんやけど」選んだ青砥が少し心配そうにするけれど

「とても素敵です! 大事に使います!」

 華鈴は嬉しそうに笑って、ボールペンを胸元に抱きしめた。


* * *


 華鈴が風呂からあがってキッチンへ向かう途中、リビングに一人残ってテレビを視るキイロと出会う。

「お風呂空きました~」

「ありがとう」

 冷蔵庫からペットボトルを取り出し、らせん階段に向かう華鈴を

「サクラさん」

 キイロがソファから立ち上がり、呼び止めた。

「はい」

「これ」

 キイロはそっと、ペンサイズの細長い箱を華鈴に差し出した。華鈴は不思議そうな顔をして、その箱を受け取る。

「むき出しで悪いけど」

 キイロの注釈で、それが贈り物なのだと察した華鈴は慌てて返そうとする。

「え、そんな、先ほどいただきましたし」

「うん、あれはみんなから。で、これは俺から」

 華鈴は少し驚いて、それでも嬉しくて、

「ありがとうございます……」

 少し照れ笑いを浮かべて、受け取る。

「開けてみていいですか?」

「うん」

 小さな箱をそっと開けると、中にはロールオンタイプの香水が入っていた。キャップを取り、息を吸う。

「桜の香りがベースの、フローラル系らしいよ」

「いい香り……人生で初めての香水です……」

「そっか、そら良かった」

「はい。ありがとうございます」

 華鈴は微笑んで礼を言うと、キャップを閉め、箱に戻し入れる。

「ま、気が向いたらどうぞ」

「はい、ありがたく、使わせていただきます」

「うん。ごめんな、呼び止めて」

「いえ、とんでもないです」

「じゃあ……おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 キイロと別れ部屋に戻った華鈴は、一緑にただいまのあいさつをして、衣服類が収納されたメタルラックの前にしゃがみこむ。

 明日の準備をするふりをして、キイロからの贈り物をバッグの中にしまった。

 隠さず言ってしまってもいいかな。なんて思うけど、なんとなく言えなくて、またひとつ、秘密が増える。

 キイロが自分のことをどう思っているのかはわからない。けれど――おそらく、好意を抱いてくれているのだろうと思う。

 きっとその答えを聞くことはこの先もないのだろうけれど、それでも、あの夜(・・・)に触れた手のぬくもりを思い出して、少しだけ落ち着かない気持ちになる。

「華鈴?」

 メタルラックの前でしゃがんだまま動かない華鈴を気にして、一緑が呼んだ。

「うんっ?」

「寝ぇへんの?」

「うん。もうすぐ寝るよ?」

 バッグのファスナーを閉めて立ち上がり、一緑の隣に寝転がる。

 一緑は腕と足を絡めて、華鈴の身体を抱き寄せた。

「ええ匂い」

 一緑の言葉にドキリとする。

「そう……?」

「うん。シャンプーと、ボディソープの匂いかな」

 香水の匂いが残っているのかと思ったが、そうではなかったみたいで少し安心した。

「いつもと同じやつだよ?」

「うん。安心するわ」

 華鈴の首元に顔をうずめて、一緑は嬉しそうに笑う。

「ホワイトデーのお返し、明日渡すから、楽しみにしてて?」

「うん」

 身体に巻き付いた腕を抱き寄せて、華鈴も一緑に頭を寄せる。

 心地よい温もりに包まれながら、二人はゆっくりと眠りに落ちた。


* * *


 翌日。華鈴は赤菜邸で鮭のムニエルを作っていた。一緑から外食をしようかと提案されたが、前日に振る舞われた夕食もなかなかにハイカロリーだったし、あまり言いたくはないが、予算もそこそこかかっていそうだし、と考えて丁重にお断りした。

 そのかわり、バレンタインにご馳走してもらったお返しとして、夕食は一緑のリクエストに応えることにした。

 付け合わせはアスパラガスとパプリカのソテー、スープは和風がいいと言われたので、大根と油揚げの味噌汁にする。

(これだけじゃ寂しいか……)

 まだまだ食べ盛りの男性が多い食卓にしてはあっさりしすぎているからと、冷蔵庫内の食材を確認してみる。

 春巻の皮と冷凍の枝豆、チーズを発見した。賞味期限が近いハムも一緒に春巻の皮で巻いて、少量の油で揚げる。

 和食とは言い難い組み合わせになってしまったけれど、これはこれでいいかと作り続ける。

 姉と一緒に暮らしているときも時間や体力に余裕のある人が食事係になっていたけど、そのときとは献立や分量が変わった。

 これはこれで勉強になるなーと楽しみながら、いつも料理を作っているのだけど、もしこの先、赤菜邸を出ていく時がきたら献立も分量も変わって、きっと寂しくなるんだろうなと思いながら、料理を作る手を進めた。


* * *


 夕食は、作った華鈴も満足のいく出来栄えで、住人達にも好評だった。

「作ってくれたんやから休んでて?」

 紫苑が言って、黒枝と共に後片付けを買って出る。

「助かります、ありがとうございます」

「あと全部やっとくから、カリンちゃん先お風呂入っといで」

 紫苑はいつでも母親のように気遣ってくれる。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん」

「一緑も先入ったら? 二人で部屋でゆっくりしたらええわ」

 今度は黒枝がリビングに向かって言った。

「マジで? ありがとう。そうするわ~」

 華鈴と一緑は、残ってテレビを視ている赤菜と橙山に断りを入れ、連れ立って浴室へ移動する。

「んじゃ、部屋で」

「はぁい」

 浴室の前で別れ、それぞれ風呂に入る。

 一緑はお湯につかりながら、ホワイトデーのお返しをどう渡そうか思案している。

 サプライズは得意ではないし、昨夜宣言してしまったし、普通に渡せばいいか……。

 泡立ったシャンプーを洗い流しながら決める。

 華鈴ならきっと、どんな渡し方でも喜んでくれる。

 そう考えて、一緑はふと笑った。

(大事にせんとな……)

 一緑にとって華鈴は“初めての彼女”ではないけれど、だからこそ思う。

 過去と比較するつもりはないが、それでもやはり、華鈴が一番で。この先の人生も一緒に歩んでいきたいと思える唯一の女性だった。

 華鈴がどう思っているかはわからないけれど、そろそろ新社会人にもなるし、将来のことを本気で考えるときが来たのだな、なんて、出会ったころのことを思い出しながらしみじみ思った。

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