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Chapter.58

 2月12日。

 華鈴は都心の駅ビルに設営された特別催事場へ来ていた。一緑への本命チョコと、赤菜邸の住人達へのお礼チョコを買うためだ。

 ネットショップである程度の目星をつけてはいたが、ショーウインドーに並ぶ色とりどりのチョコやバレンタイン限定のパッケージが華鈴の購買意欲をくすぐる。とはいえ、予算には限りがあるから気になったものすべてを買うわけにはいかない。

 自分用に一個だけ買おうと決めて、まずはお礼チョコをゲットしに行く。

 天井から吊るされた店名の案内板を頼りに通路を進んでいくと、ショーケースの中に目当てのチョコセットを見つけた。

 味と見た目の違う三粒のプラリネが入ったショコラセットだ。産地の違うカカオの風味を楽めるらしい。

 王冠のモチーフが散りばめられたパッケージも可愛く、“義理チョコ”や“友チョコ”にカテゴライズされるものよりは少し高価で、さりとて手が出ないほどではない。

 甘いものに対しての欲求が低い住人達へ贈るのに、チョコの数が多すぎないのも決め手になった。

 同じものを六個購入して、次の店に向かう。

 洋風の甘いものが得意ではない一緑にチョコを贈るのはどうだろう、と思うものの、バレンタインといえばチョコレートが定番だし、と譲ることが出来なくて、折衷案として和風のものを選んだ。

 三種の日本茶フレーバーが味わえる三粒のプラリネで、抹茶味のチョコとパッケージは緑色。ネットで見つけたとき、これしかない! とスクリーンショットを撮ったくらいだ。

 お礼チョコよりも安価ではあるが、その分プレゼントへの予算を増やせるからと、プレゼントも併せて決めた。

 自分には、猫のパッケージで有名なメーカーのチョコを買う。実はこれが一番高価なのだけど……普段頑張っている自分へのご褒美、という大義名分は便利だな、なんて思う。

 ホクホク顔でメンズ衣料品フロアへ移動して、バッグや服飾小物を扱っている店に赴く。目当てのものはもう決めていたけれど、色合いや肌触りが重要なものだから実際に見てから買うことにしていた。

(これならきっと、喜んでくれそう)

 様々な角度から色味を確認し、何度か手でさすって肌触りを十分に堪能してからレジへ持って行った。

 プレゼント用にラッピングして貰い、両手に荷物を抱えて帰宅する。誰にも見つからないようこっそりと自室に戻って、一緑の目にも触れないよう、大きなボストンバッグの中に本日の戦利品を隠すようにしまった。


* * *


 2月14日。

 13日に住人達にチョコを渡し終え、一仕事終わった気分になっているが、今日が本番なのだと気を引き締める。

 どう渡そうか考えていると、昼休憩中の一緑からメッセが届いた。どうやら会社近くのレストランを予約してくれたらしい。

 クローゼットの中からいそいそと洋服を選び、少しよそいきのメイクとおめかしをして、チョコとプレゼントを持って家を出る。

 外で待ち合わせをしてデートするのも久しぶりで、自然とウキウキしてしまう。

 電車に乗り、待ち合わせ場所である一緑が勤める会社に近い駅へ出向く。指定された改札口で待っていると、遠くに見慣れた人物を見つけた。一緑だ。

 小さく手を振って近付こうとするけれど、そのすぐ隣に寄り添う人影があることに気付き、華鈴は躊躇した。

 一緑よりも小柄で茶髪。中世的な顔立ちだが、背丈や身なりから男性だとわかる。

(会社の人……?)

 なにか事情があるのかと思い、駆け寄るのをやめ元いた場所で待つことにした。

 一緑は隣の人物となにか言い合いをしながら華鈴に近付いて来て、

「ごめん、お待たせ」

 その人と一緒のまま、華鈴に声をかけた。

「ううん、大丈夫。お疲れさま」

 華鈴が笑顔で返答をする。一緑の隣の男性はニコニコと笑顔のまま佇んでいる。

「ごめんな。こいつ、会社の同僚で同期の」

南山(ミナミヤマ)です。初めまして」

 一緑の言葉尻を奪って、南山と名乗る男性が人懐っこい笑顔でお辞儀をした。

「初めまして、紗倉と申します。いつもお世話になってます」

 華鈴も戸惑いつつ、あいさつを返す。

「いえいえ、お噂通り素敵な方ですね」

 南山はニコニコと笑顔を続けながら華鈴に言葉をかける。

 なんの“噂”なのか不思議に思い、華鈴も笑顔を保ちながら小さく首を傾げた。

「もうええって」一緑が南山を制するが

「いやー、昼休みとか飯食ってるときにね? “彼女が可愛いー彼女が可愛いー”ってめっちゃ自慢してくるんですよー」

「おいって」

「会わせてよって言ってもはぐらかすから、架空の彼女なんじゃね? って言われてるんですよ」

「え、そうなん?」

「そうだよ。だから写真とか見せてよってみんなに言われてんのに」

「それは知らんかったわ……」一緑は少し呆然として、南山を見つめた。

「なーんか出し惜しみして写真すら見せてくれなくて」

「そうなんですね……」華鈴は答えつつ、そういえば二人で写真を撮るとかあんまりないなぁ、と考えたりもする。

「したら今日、仕事のあとに待ち合わせしてるって言うんで、無理言って着いてきちゃいました!」てへっ、と少年のように笑って、鼻にシワを寄せた。一緑と同期ということは同い年なのだろうけど、顔立ちが幼く、本当に少年のようだ。

「お会いできて良かったです。明日会社のみんなに自慢します」

「なんでお前が……」一緑は不満そうに顔をしかめる。

「いーじゃん別に。突然お邪魔してすいませんでした」

「いえ、とんでもないです」

「今度はゆっくり、三人でお食事でも」

「ちょ」

「はい、ぜひ」

 止めようとする一緑とは反対に、華鈴はうなずいて快諾する。

「ええの?」

「お二人がいいなら」

「大歓迎ですよ! ほら、彼女さんからもオッケー出たんだから、塚森もいい加減観念してさぁ」

「華鈴がいいならいいんやけど……」

「お嫌だったらご無理なさらずなんですけど」

「いえ、全然。大丈夫です」

「ほらぁ」

「んじゃあ……予定合うときに」

「やった。旨い店探しておきます」

「お手数おかけします」

「いえいえ。じゃあ、デート楽しんでください」お邪魔しました~と言い残して、南山は手を振りながら改札の中へ消えていく。

 一緑と華鈴は二人並んで、その後ろ姿を見送った。

「ほんまごめん」一緑が顔の前で手を合わせる。

「え? なんで?」

「今日は二人っきりで~って思ってたのに」

「あぁ、うん」

「嫌やなかった?」

「うん」

「なら良かった。いずれ紹介しようとは思っててんけどさ」

「そうなの?」

「うん。同僚やし、友達やから、この先なんにせよ交流あるかなーって」

「そっか……」この先の未来に続く言葉が、華鈴を自然と笑顔にする。「初めまして、で良かったんだよね? 前に会社にお邪魔したときはお見掛けしなかった気がしたからそう言っちゃったけど……」

 華鈴は、一緑と出会うきっかけになったサークル活動の取材体験を思い返していた。

「あー、そうね。たぶんあんときはおらんかったはず。うちの会社、毎日全員が出社するわけじゃないし、おったらさすがにあいつも覚えてるやろし」

「そっか、良かった。一緑くんもおうちで作業したりしてるもんね」

「うん。あ、時間あれやわ。歩きながら話そっか」

「あ、うん。予約してくれてるんだっけ」

「そうそう。まだだいじょぶやけど」

 一緑は腕時計を確認してから、華鈴の手を取った。そのまま繋いで目当ての店に移動する。

「そうや、言いそびれた」

「ん?」

「今日はいつにも増して可愛いな、って」

 はにかんで言う一緑に華鈴はときめいて。

「がんばっちゃった」

 照れ笑いを浮かべる。

「ありがとう、嬉しい」

「……うん」

 照れくさくて顔が見れずに、少しうつむきながら歩く。

 そういえば、と南山の言葉を思い出した。

「会社でなにか、私の噂しててくれたの?」

「噂っていうか……聞かれるから話すだけやけど……」

「架空の彼女だと思われるような感じの話?」

「いやぁ、どうやろ。リアルな現実をしゃべってるだけやねんけどな」

「初めて伺ったときにお会いした方もいらっしゃるよね?」

「おるけど、華鈴があのときの学生さんやとは言ってないから」

「あ、そうなんだ」

「うん、その……冷やかされそうで、よう言わんかった」

 少し申し訳なさそうに一緑は言う。

「うーん、気持ちはわかる」

 華鈴は大学の友人やバイト先の同僚に馴れ初めを聞かれたとき、どう話したものかと考えるからだ。

 現に、いきさつを知っている大学の友人・佐々垣(ササガキ)に「ドラマか漫画のような出会いだね!」と言われ、気恥ずかしさを(いだ)いたことがある。

「一緑くんの会社でのことだし、どう話すかは一緑くんにおまかせします」

「うん、ありがとう。あ、で、あいつ――南山、本気でセッティングするはずやから、そんときはお願いします」

「はい。都合つけられるようにします」

「うん。あ。このビルやわ」

 一緑が一棟のオフィスビルを見上げて、立ち止まった。

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