Chapter.57
一緑と一緒に作った夕食を振る舞い、皆が食事を終えたタイミングで「あのっ」華鈴が声を上げた。「みなさんに、お渡ししたいものがあるんですけど」
不思議そうに華鈴を眺める住人達に、華鈴は手提げの紙袋から小さな箱を取り出した。白を基調とした細長い箱に、店名入りの茶色のリボンがかけられている。
「えっ? もしかして?!」
いち早く中身と意図を察した橙山が満面の笑みで弾むように問いかけた。
華鈴は含みのある笑顔でうなずき、「苦手だったらすみません。ささやかなんですけど、日ごろお世話になっている気持ち、です。一日早いですけど……」六人に順番に渡していく。
バレンタインチョコだとわかった住人達は、それぞれの照れ笑いを浮かべて、礼を言いながら受け取る。
「え~! ありがとう~! ええのにそんなん~」青砥は嬉しそうに遠慮をして、手を合わせ箱を拝んだ。
「ありがとう。なんか悪いなぁ、こないだごちそう作ってもぅたばっかやのに」紫苑が言っているのは、卒制に協力したお礼の夕食のことだ。
「あれとはまた理由が別なので、お気になさらないでください」
「ほんま~? ありがとう。大事にいただくわ」紫苑も青砥と同じように、両手を合わせてお辞儀をする。
赤菜、黒枝、橙山、キイロは礼を言いつつ、どこか照れくさそうにした。
思っていた以上に嬉しそうな住人達を見て、華鈴も嬉しくなった。
「あれ? いのりんのは?」
「そら別に用意してるやろ」黒枝が当然のように橙山に言う。
「あ、そっか。特別やもんな~」橙山は自分のことのように満面の笑みを浮かべた。
「自分にリボン巻いてプレゼントしたりすんの」
「おっさんはおっさんでも古いおっさんやなぁ」
「アホか、わざとゆうとんねん」
紫苑のツッコミに赤菜が顔をしかめる。紫苑も同じような顔をして「わかっとるわっ」と小さく言い放った。
「明日は二人でどっか遊び行ったりするの?」優しく問う青砥に
「いえ、特には」華鈴が首を振る。
「誕生日とかやったらするけど、バレンタインやしなぁ」
襟足を掻きながら言う一緑に
「クリスマスもウチおったもんな」黒枝は少し意外そうに言葉をかける。
「クリスマスはあれよ。気付いたときにはもうホテルとか予約できんくなっててん。予約いっぱいで」
「あー、そういうとこは早めに予約しとかんとさ~」
「はぁ~、そういうもんかねぇ」不思議そうに言う紫苑に
「みたいよ?」橙山が首をかしげる。「家族とかやったらまた別やろけど、恋人同士やったらそういうのみんなやりたいんじゃないかな?」
「そうなん?」
「そうなん?」紫苑と黒枝が同じように問い、
「どうなん?」赤菜がニヤニヤと意味を含めて続いた。
問いかけられた華鈴は少し困って一緑を見やる。
「どうって……みんなはどうなん」じゃんけんで負け、後片付け役になった一緑が使い終わった食器をまとめながら質問を返す。
「相手おらんし」紫苑がチョコの箱の角を指で撫でながら答えると、
「俺も」
「オレも」
「おれも~」
黒枝、橙山、青砥が続く。
「……え? 眞人くんとキィちゃんは?」
「おると思う?」橙山の問いにキイロが問い返した。
「いようといまいとあんまり興味ないなぁ」赤菜は顔をしかめて斜め上を見る。なにかを思い出しているようだ。
「えー、でもイベントごとは楽しいやろぉ?」青砥が聞くと
「やるんは楽しいけど、準備がなぁ……。全部お膳立てされてるんやったら乗っかるかわからんけど」赤菜がソファの上であぐらをかいた。
「あー」キイロもそれに同意見のようだ。
「でもあれやで? 来月はお返しせんとやで?」
紫苑の言葉に、残った食器をまとめながら華鈴がかぶりを振る。「それは本当にお気になさらないでください」
「じゃあ気が向いたらにするわ」赤菜が口の端を挙げながら言うと
「もう、本当にそんな感じで」一緑の手伝いをしながら、華鈴は困ったように笑う。
「ちゅうかあれやろ、赤菜くんとかキィちゃんは、ファンの人からもらうやろ。そういうのはどうしてんの?」
あ、そうかと華鈴は気付く。赤菜はミュージシャン、キイロは小説家として一定数のファンを獲得しているはずだ。
却って迷惑だったかなぁと考えていた矢先
「編集部に手紙と一緒に贈っていただいたりはするけど、俺個人というより、作品に対してって捉え方してる」
「俺もそんな感じかもな。出待ちしてる人に貰ったりもするけど、全部は食い切れへんし、申し訳ないけど寄付したりしてる」
「あー、寄付か。ええな」
「紹介しよか」
「なんかサイトあるんやったらメッセ送ってください」
「ん」赤菜がその場でスマホを操作する。
「あ、サクラさんからのは自分で食べるから、心配せんとって」
「俺も」
意外な気遣いに華鈴が少し驚き、少し安堵した。
「ありがとうございます」
礼を言って、一緑に続きキッチンに食器を運ぶ。
「キイロはいつもどうしてるん?」
「手紙は貰って帰ってくるけど、食べ物は編集部のみなさんにどうぞってしちゃうわ」
「人気者も大変やねんなぁ」
「橙山くんもアオも人気もんやろ」キイロが言うけれど
「おれの“人気”はおれ自身じゃなくてデザイン…服に向いてるからなぁ。お客様からなんか贈り物いただいたりはないなぁ」
「オレも~。作品を支持してもらえてるってだけで、オレらが世に出てるわけじゃないし」
青砥と橙山が答え、
「っていうか、黒枝くんはどうなんよ」青砥が矛先を変えた。
ソファの背もたれに身を預け、完全に気を抜いていた黒枝はビクッと身体を震わせ「え? オレ??」自分を指さし半笑いを浮かべる。
「そうやわ。うちんなかで一番“本人”を売りにしてる人やん」青砥が黒枝を指さす。
「いや、うちの事務所、そういうの禁止されてるから」
「そういうのって?」
「ファンの方からプレゼントいただくの」
「あ、そーなんや」
「やから、手紙はもらうけど、物はないわ」
「現場とかは? 周りに女性たくさんいてはるでしょ?」
「ないなぁ~」
「義理も?」
「うーん、記憶にない」
「中身が残念なん知ってるから、くれへんのとちゃうか」
「眞人にザンネン言われたないわ」
「俺よりお前のがどう見ても残念やろ」
やいやい言い合う住人たちの声を聞きながら、一緑と華鈴は並んで食器を洗う。
華鈴は先ほどからずっとニコニコとご機嫌だ。そんな華鈴を見て、一緑も嬉しそうに微笑んでいる。
「ありがとね」
華鈴が一緑に小声で礼を言う。
「ん? なにが?」
特に心当たりのない一緑は、不思議そうに聞き返す。
「チョコ、渡すのいいって言ってくれて」
「あぁ、うん。理由ちゃんと言ってくれたし、前もって相談してくれたから」
なぜか照れくさそうに笑いながら食器を洗い続ける一緑に、華鈴が小さく体当たりをした。
「なによ」
「ううん?」
華鈴も同じように微笑みながら、二人で洗い物を片付けていった。