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Chapter.55

 部屋に戻るや、一緑は華鈴を抱き寄せる。

「ただいま」

「おかえり」

 喧嘩をして約一ヶ月が経ち、一緑は華鈴に甘えるようになった。

 ところ構わず、人目を気にせず、というわけではないから、華鈴も一緒になって一緑に甘える。それが二人の答えだった。

 ぎゅうーと抱き合って、身体を離して微笑み合う。

「ツリー大変やった?」

「うん。高いトコとか、階段のほうから手ぇ伸ばしたりしてた」

「え? キィちゃんが?」上着を脱ぎながら一緑が問う。

「うん。私よりは手、長いからって」

「理由よ」笑いながらも、本当の理由は別にあると察する。ありがたい気遣いなので、責めることも嫉妬することもない。

「キレイにできてたから、リビング行くの楽しみになるな」

「うん。あんな大きなツリー飾れるおうちも多くないだろうし」

「確かに」(頑張ります)将来に向けての決意はそっと胸にしまって、一緑は笑う。「そうや。クリスマス、二人でディナーでも行こうか」

「そうだねぇ」

「夏に行ったホテルで一泊してもいいかも」

「いまからでも予約取れるのかな?」

「難しいかな」

 一緑はチノパンのポケットからスマホを取り出し、検索し始めた。

「あ、ほんまやー。もっと早く計画しといたら良かったわぁ」

「いいよ。一緒にいられれば充分だから」

 微笑む華鈴を、一緑は困ったような嬉し顔で見つめて

「華鈴~」

 ガバと抱きしめ、頬ずりをした。

「可愛いな~」

 喧嘩して、甘え合うようになってから一緑の溺愛さが増したように思う。以前は言わなかった“気持ち”を、口にするようになった。

「もう……」

 嬉しいけど、華鈴はどう答えていいかわからなくなって、少し拗ねたような態度を取ってしまう。それもまた一緑には可愛く思えるようで、更にぎゅうと抱きしめる。

「一緑くん」

「んー?」

「背中……震えてる」

「んー」

 華鈴の背中を抱き寄せる一緑の手の中に持たれたスマホが振動して、なにかの到着を報せている。

「ごはん、できたんじゃない?」

「んー、もうちょっと」

 華鈴の肩にうずめた顔を左右に振り、華鈴に押し付ける。

 いつもは頼りがいのある一緑は、こういうとき可愛さを全開させる。

(ずるいなぁ……)華鈴は思う。(かっこよくて可愛くて……)

「すき……」

 思わず口を突いて出た華鈴の言葉を聞いて、一緑はまずます力を込めて華鈴を抱き寄せた。

「ずるいわぁ」

 どうやら二人とも同じことを思っていたようだ。

 身体を離し、顔を近付けたところで

「いのりーん! ごはん冷めちゃうって……あっ、邪魔したな、ごめーん」

 勢いよく開いたドアから橙山が顔をのぞかせ、開けた勢いと同じ速度で閉めた。

 タンッ! とドアが閉まる音と同時に、「……またかよ……」一緑が華鈴の肩におでこをつけた。

「みなさん待ってるよ」

 くすくす笑いながら華鈴が言う。

「じゃああとで、予約」拗ねたように言う一緑に

「はい」まだ小さく笑いながらうなずいた。


* * *


 食卓には人数分の皿やカトラリー、グラスが置かれている。メインの皿には青砥が刻んだキャベツの千切りと、橙山が作ったミルフィーユカツ。

 華鈴が作り置きしていた常備菜のパプリカのピクルスが小鉢に入れられ、これも橙山作の、角切りと()りおろし、両方の食感が楽しめる長芋の味噌汁が添えられている。

 全員で手を合わせて「いただきまーす!」唱和する。

 橙山お手製のミルフィーユカツは好評で、褒められた橙山はご満悦だ。

「またなんかのレシピ貰ったら作っていい?」

 橙山の問いに住人達は満場一致でうなずいた。


 一緑と華鈴が後片付けを買って出る。ほかの住人たちは順番に風呂に入ったりテレビを視たり、部屋に戻ったりして思い思いに過ごしている。

 少し前までは風呂の順番もじゃんけんで決めたりしていたが、いまはグループメッセで報せ合い、タイミングを計るようになった。

 それでも、発砲式の入浴剤を入れるとなった日は、誰が一番風呂に入るかじゃんけんで競ったりしていて、まだまだ少年の心は健在のようだ。


 食器を洗い終わり、先に風呂に入る一緑を待つために華鈴は部屋へ戻る。

 ドアを閉め一息ついて、メタルラックに置いたバッグをそっと開ける。

 中には、キイロから贈られたバラのお菓子の箱が入っていた。

 蓋を外し、個包装された一輪のバラを手に取る。袋の中からキイロの名前と同じ色のグミのようなゼリーを取り出して、一口かじる。

 口の中に広がる甘さは少しだけ後ろめたくて、なによりも甘美だ。

「おいし……」

 ぽつりとつぶやく息まで甘い。


 二人の秘密。


 二つ目のそれも、一緑には言わない。

 いつか増えなくなるそれは、いつか思い出になってしまう。

 少し寂しくて、けれどそれは当たり前で――。

 まだいくつか残っているバラの花をすべて積む前に、また秘密が増えてほしいと思ってしまう。

 その気持ちも隠すように小さな箱に蓋をして、またそっとバッグへしまった。

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