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Chapter.52

「うわぁ! なにこれ!」

 仕事から帰って来た一緑が玄関に入るや、驚きの声をあげる。

「なに?! 今朝なかったやん! すごいな!」

 リビングへ入ってきた一緑を、声を聞いていた住人達がニコニコと出迎える。

「買ってもうた」

 赤菜がニヤニヤして、それ(・・)を眺めた。


 数時間前。


 ピンポーン♪ とインターホンから音がして、来客を報せた。

「はーいはいはい」

 リビングに居合わせた青砥が返事をしながら、応答ボタンを押す。「はいっ」画面に映ったのは宅配業者の男性だ。

『こちらアカナ様のお宅でよろしかったでしょうか?』

「はいー、そうですー」

『お荷物をお届けにあがったのですが~』

「あ、そしたら、門カギ閉まってないんで、そのまま玄関までいらしてください」

『かしこまりました、お伺いします~』

 やりとりを終えて、青砥が玄関まで移動する。少しして玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

 答えて出ると、画面越しに会話をした宅配業者が大きな箱をかたわらに置き「こちら、宛名のご確認をお願いします」青砥に伝票を見せる。

 書かれていたのは赤菜のフルネームだ。

「はいー、間違いないです~」

「では、こちらにサインをお願いします」

 言われて“赤菜”とサインをする。他の住人の荷物を受け取るとき、自分の名字をサインすると宅配業者が混乱するから、という配慮で、以前決めたことだ。

「けっこう重いんですけど……」

「そうですね、重そうですね……」青砥の背丈よりも大きな箱を眺め、「中まで運んでいただいても…?」小さく首をかしげる。

「はい。どちらに置きましょう」

「あ、じゃあ、ここに」

 示したのは玄関ポーチの一角だ。

「かしこまりました」

 宅配業者は少し重そうに、慎重に持ち上げ、青砥が指した一角に長方形の箱を置いた。

「それでは」

「お疲れ様です~、ありがとうございます~」

 男性を送り出してドアを閉め、箱を眺める。

「またなにを()うたんだか……」

 浪費癖のある旦那を憂うような口調で青砥がつぶやき、二階にあがる。

 向かうのは赤色のドアの前だ。

「赤菜くん、おる~?」

 ノックして呼びかけると少ししてドアが開き「なに?」赤菜が顔を見せた。

「なんやでっかい箱届いたけど」

「おっ、来たか。早いな」

 ニヤニヤしながら部屋を出て、ウキウキした足取りで階下へ向かった。

 青砥もそれに続き、玄関先へ移動する。

「おう、思ってたよりでかいな」

「なに? これ」

「なんや思う」

「わからんから聞いてんねんけど……」

「少しは想像力働かせたらええねん」ニヤつきながら青砥に言って、「リビング運ぶか」腕まくりをして箱に手をかけ「おっも!」持ち上げることもなく諦めた。「お前よく持てたな」

「宅配屋さんに入れてもうてん。プロの人でも重そうにしてはったわ」

「まぁそやろな」

「なに? またなんかいらんもん買った?」

「またってなんや。お前らに迷惑かけてはないやろ」

「そやけどさー」

 二人で言い合っていると、玄関ドアが開いて「ただいまー」うつむきがちに黒枝が入ってくる。「うおっ!」

 顔をあげ、いるとは思っていなかった人がいたことに驚き、声をあげた。

「あ、おかえり~」

「ただいま。えっ? なに? 二人して」

「いや、赤菜くんがさぁ」

「なんでもええから運ぶん手伝って~」

「え? オレ帰ってきたばっかやねんけど」口の端をあげながら苦笑含みに黒枝が言う。

「ちょうどええとこおるんやからええやろ」

 箱に手をかけ、赤菜は赤菜が箱の底あたりを顎で指す。

「んもー、なんやねん~」

 ブツブツ言いながらも黒枝は赤菜に協力をして、三人がかりで箱をリビングまで運んだ。

「なにこれ? めっちゃ重かってんけど」

「まぁ待てって。いまから開ける」

 疲れたように床に座る青砥と黒枝を置いて、赤菜が二階へあがった。

 戻って来たとき、手にはカッターを持っていた。無言で刃を出し、段ボール箱を開梱していく。

「なんや赤菜くんが刃物持ってると物騒やわぁ」

「わかる~。こいつ子供んころから彫刻刀とか好きでさぁ~」

「あー、好きそう~」

「おい、人を危険人物みたいに言うのやめろ」

「カッター持ちながら凄むな、コワい」

 わいわい言い合いしつつ、赤菜は開梱作業を進めた。

 蓋部分を観音開きして、中身を確認する。

「うん、これやこれ」

 満足そうにうなずく赤菜につられ、黒枝と青砥が箱の中を覗いた。

「うわ、すげぇ」黒枝が瞳を輝かせ

「えー! 粋なことするやん!」青砥が感心した。

 箱の中に入っていたのは、2メートル強も高さがある白いクリスマスツリーだった。

「女がいるときくらいしか、こんなん飾るタイミングないからな」

「女て。言い方よ」青砥が笑う。

「いやまぁでも、男ばっかの家にこんなんあっても気持ち悪いだけやって」黒枝は赤菜の意見に賛成した。

「まぁそうかぁ。ええタイミングかもなぁ」

「そしたら出すから、また手伝え」

「命令かい!」

 笑いながらも青砥がよっこらせと立ちあがる。

「えー、ちょっとほかに誰かおらんか行ってくるわ。オレらだけじゃしんどいって」

 黒枝も同じように立ち上がって、リビングに掲示されたホワイトボート(予定表)を見る。

「お、キイロおるやん。呼んでこよ」

 ちょっと待っててと言い残して、黒枝が二階へあがる。

「なんやかんやで大事なんやなぁ」

「あん? なにがぁ」

「えー? カリンちゃんが」

「別に大事じゃないなんて言ったことないやろ」

「まぁそやけどさぁ」

「サクラがおらんかったら、うちの雰囲気もまた違ってたやろし、キイロもな。物腰が柔らかなって、最近仕事やりやすなったゆうてたし」

「あ、そうなん?」

「女性の編集者と打ち合わせするとき、いままでみたいな嫌悪感ちゅうか、壁つくらんくて平気なようになったって」

「そっかぁ。そらいい影響やったなぁ」

「酔っぱらって言ってたから、まぁ、あれやけど」

 赤菜はツリーの隙間に入れられたオーナメントの箱を取り出しながら言う。

「そういうときこそ、本音が出るんやない?」

 青砥も嬉しそうに微笑んでいる。

「まぁな」

 赤菜が口の端をあげて笑う。それはどこか嬉しそうで、穏やかな笑顔だった。

「キイロおったー」

 黒枝がらせん階段からリビングへ移動してくる。

「なに? わざわざ手伝うほどのなにを買ったん」

 怪訝そうな、面倒くさそうな顔をしてキイロが赤菜を見やる。

「見たらそんな顔できんくなるぞ」

 赤菜は自信ありげな顔でキイロを見つめ返した。

「えー?」まだ訝しげな顔のまま、床に置かれた段ボール箱の中を覗き込んだ。「うわ! ツリーや!」一変、キイロに満面の笑みが浮かぶ。「すげー! 店のみたいな大きさやな!」

「ほれ」

「いや、こんなんテンションあがるやろ。オレなにしたらいい?」普段隠しがちな少年のような顔を見せた。

「箱の中から出したいねん」

「ん、オッケー。一人じゃ無理やで?」

「わかってるよ」

 浮足立つキイロの口調に黒枝が笑って答えた。

 四人で協力しあって箱の中からツリーを取り出し、らせん階段の脇、キッチンカウンター前に設置した。

「階段からリビングまでちょっと迂回になるけどな」腰に手を当て赤菜が言う。

「ええんちゃう? そのくらい。運動不足の人多いんやから。とーやまとか」いまは仕事で不在にしている橙山の名前を出して、青砥がいたずらっぽく笑う。

「このくらいでブーブーゆうてたらどーしょーもないぞ」黒枝は顔をしかめるが、

「階段から裏側も見えてキレイやん」キイロはニコニコと上機嫌だ。

「飾りつけは? どうする?」

「あとででええやろ」

「あれ、意外」いますぐにでも、と答えが返ってくるだろうと予測してした質問だったから、青砥は少々肩透かしを食らったようだ。

「サクラさん帰ってきてからでええんちゃう?」

 そんな赤菜の意図を酌むように、キイロが何かを思い浮かべるように微笑みながら言った。

「あぁ、そやな。女の子のほうが、センスええやろし」

 青砥もふと笑って、ツリーを眺める。

 華鈴は用事で外出していて、予定表に書かれた帰宅時間まではあと二時間程度。

 それまでは個々の用事をこなしながら、華鈴や外出中の住人達が喜ぶ顔を想像していた。

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