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Chapter.48

「あ、おったおった」

 青砥が小走りに窓際の席に近付く。

 先に着席していたのは、憔悴顔の一緑だった。

「よう」

 小さなドリンクカップを二個テーブルに置いて、青砥が挨拶する。

「うん……」

 二人がいるのは駅前にある24時間営業中のファストフード店の二階。

 一緑の前にはカラになった使い捨てのコーヒーカップが置かれている。

「ん」

 片方のカップを、青砥が一緑に渡した。

「ありがとう……」

「疲れた顔してんな」

「そんなこと、ないけど……」心なしか声も弱々しい。

「ふぅん」

 青砥はそれ以上なにも言わず、コーヒーをすすった。

 二人の間に、しばらく沈黙が流れる。

「……なんも聞かんの……」

 ようやっと口を開いた一緑が、手にしたカップに目を落としたまま言った。

「んー? 言いたいタイミングとかあるかなーと思って」

「そんなんないけど」

「そんなら、こっちから聞いたほうが良かった?」

「……なんか、怒ってる?」

「…怒ってるようにみえんのやったら、怒ってんのかもしれんね」青砥が微笑みをたたえて頬杖をつく。その瞳は、一緑をまっすぐに見つめている。

「……」何かを言おうとして、一緑が押し黙った。青砥から視線をそらして、コーヒーカップを両手で覆う。「……知ってるんやろ?」

「ん?」

「知ってて、居場所聞いてきたんやろ?」

「知ってるかもってわかってて、居場所教えてくれたん?」

「……」

「別にフォローとかはするけど、いまはまだ無理かもなぁ」

「……そうよな……頭冷やしてからのがいいよな……」

「うん? うん。それもあるけど」

 含みのある言葉に、一緑が不思議そうな顔をする。

「うちのお節介らが寄ってたかってわぁわぁしてたし、この時間やと人数も増えてるかしらんし」

 一緑の脳内に、赤菜邸の住人達が浮かんだ。その中にキイロはいるのか。聞こうとして、やめる。あの光景は、辛くても胸の内にしまっておくべきなのだと、言葉を飲み込んだ。

「そんな中で連絡しても、きっと返事しにくいやろ」

 一緑の胃と心がチクリと痛む。

 皆が華鈴のことを構うのは、妹のように大事にしてくれているからだとわかっていた。なのに、大人げない嫉妬で華鈴を傷つけてしまった。

「どうしたら……いいかな……」

 やっと話す気になった一緑に「なんでも聞くよ」青砥は嬉しそうな笑みを見せる。

 一緑は寝不足で充血した目を隠すように瞼を閉じて、ぽつりぽつりと、いきさつを語り始めた。


* * *


 ひとしきり話し終えて、一緑が息をつく。手つかずだったコーヒーを一口飲んで、「あんなん言わんでよかったのに……」息と共に言葉を吐きだした。

「うん。いのりの気持ちもわかる。そんで、悪いんは、いのりだけじゃないな」優しく言う青砥の言葉に、うつむいていた一緑が顔を上げる。「おれらももう少し、気ぃ使うべきやった」

「それは充分……」

「彼女にやなくて、いのりに」

 真っすぐを見つめたまま微笑む青砥。

 一緑は口をつぐむ。

「大事なコぉやもんな。おれらが一緑とおんなしように大事にするんは違うかった」テーブルの上で組む指に視線を落とし、青砥が静かに続ける。「みんな彼女のことが大好きや。けど、いのりのそれとは違う。ハウスメイトとして…妹みたいな存在として好きで、大事やねん。みんなお節介やろぉ? やから、構いすぎてしまったんやな、いのりの気持ちを考えんとさ」青砥が小さく笑う。「違うかな?」

 聞き終えて、一緑が小さく首を横に振る。

「ごめんな……」

 つぶやくように謝る青砥に、一緑は先ほどと同じように首を横に振る。

「……もうちょっとしたらあっちも落ち着くやろし、連絡か、帰るかして話すといいよ。カリンちゃん、泣きはらした顔してたよ?」

 数時間会っていない華鈴のことを知って、一緑の胸が締め付けられた。ひどいことをしてしまったのだ、と改めてこぶしを握る。

「うん」

 なにかを決意したようにうなずく一緑に、青砥が笑みを向けた。けれど――。

 青砥の脳内に、ひとつの疑問が浮かぶ。

(キイロは、どうなんかな……)

 その浮かんだ疑問をなかったことにして、冷めたコーヒーを飲み干した。


* * *


 キイロと華鈴は、橙山が作った朝食を一口食べて、ふぅと息を吐いた。

「美味しいやろ?」

 同じものを食べる橙山が笑顔で問う。

「はい」

「うん」

「あっという間にできるんやなぁ」

 同様に朝食を咀嚼しながら、黒枝が感心した。

「そうそう。マグカップの中で材料混ぜてチンして、あとから温泉卵入れるだけなのよ」

「なんてやつ?」

「カルボナーラごはん、やったかな?」

「へぇ~。いろんなのあるんやなぁ」

「おなか減ってると疲れとれないし、身体もあったまらないしさ」

「ありがとうございます」

「食べられる分だけでいいからね?」

「はい」

 少しずつ朝食を口に運ぶ華鈴がうなずく。青白かった顔に赤みがさしていき、三人は安堵の顔を見せた。

「少しは落ち着いたかな?」

 橙山が問いかける。

「俺は元々落ち着いてるけど」

「はいはい」橙山が笑う。「二人とも昨日ちゃんと寝てないやろ。顔色悪いし、それ食べたら少し寝なさいね」

 聞いた黒枝が笑って「お前おかんみたいやな」橙山を見て目を細める。

「おかんにもなるわ、心配やねんもん」

「こいつに心配されるなんて、ジブンらよっぽどやで」

 冗談めかして笑う黒枝に、キイロは苦笑し、華鈴は申し訳なさそうな顔を見せた。

 キイロは華鈴のペースに合わせて、マグカップからご飯をすくう。

 一足先に食べ終えた橙山と黒枝は、二人が食事を終えるのを待つ。

 しばらくしてカップを置いたキイロと華鈴に

「あと洗っとくから、部屋で休んどき?」黒枝が言った。

「あ。カリンちゃんは、まだ気まずいんやったらオレかくろたんの部屋貸すし、オーディオ室に布団敷いてもいいし、好きにしてね?」

「ありがとうございます……。部屋で、待ちます」

 声色は弱いけれど、まっすぐ強い視線で一点を見つめ答えた。

「……なんかあったら、俺らおるから」

 キイロが優しく言うと、華鈴がうなずく。

「はい。ありがとうございます。ごちそうさまでした」立ち上がっておじぎをし、少々重たげな足取りで華鈴が二階にあがった。

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