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Chapter.44

 その日、夕食の時間になっても一緑は帰ってこなくて、遅くなるという連絡すらない。

 さすがに心配になってメッセを送ったが、既読すら付かず、そのまま夕食も終わってしまった。

 皆なにも言わないが、華鈴が心配しているのを汲んでか、自室に戻る者はいなかった。華鈴も一人になりたくなかったので、ありがたく受け入れる。

 卒制に協力するギャラとして提示されていた“普段よりちょっと豪華な料理”のリクエストを聞きつつ、テレビを視たり風呂に入る住人達を待ったりしているうちに時間が過ぎていく。

 23時を過ぎたころ、玄関の方向から足音が聞こえてきた。

 主人の帰りを待ちわびた犬のように聞きつけた華鈴が、慌てて立ち上がる。

 リビングに勢ぞろいしている住人達を見て少し驚き、「……ただいま」つぶやく。

「おかえりなさい」安心した顔を見せて、華鈴が近寄り問う。「夕ご飯は?」

「ごめん。食べてきちゃった」

「そうなんだ」それでも華鈴は安心したように微笑んでいる。

「残業のとき、連絡してってゆうたやん」

 ソファからキイロが一緑に言う。

「あぁ、そやったね……」

「みんな心配してたで?」今度は紫苑。

「そうなんや、ごめん」

「仕事で疲れてるんやろ? 風呂でも入ってゆっくりしてきたら?」

 青砥が優しく微笑んで、一緑を促す。

「うん、そうするわ」

 バツが悪そうに苦笑して、一緑はリビングをあとにした。その背中に、住人達が華鈴を気遣う声が聞こえてくる。

 責められているようで居心地が悪くて、風呂からあがった一緑はそのまま自室へ戻った。

 部屋に入ると華鈴がベッドに座っていた。いつもいじっていたパソコンは閉じられたまま、いつもの場所にしまわれている。

「寝てて良かったのに」少しの気まずさから、気遣うふりをした冷たい言葉が口を突いて出る。

「うん……少し話したかったから……」

「そう……なんかあった?」

「……うん。……今日、忙しかったの?」

 遠慮がちに聞く華鈴から、一緑は視線を逸らした。

「うん……ちょっとな」

 なんとなく隣に座りづらくて、デスクチェアに座る。

「忙しいのは華鈴もやろ」

「うん。でも、私はもう終わったから」

「え? そうなん?」

「うん、今日のお昼に入稿したの。だから、もういままでみたいに忙しくないよ」嬉しいはずなのに、華鈴の声は弾まない。

「そっか……」

 そんなことすら知らない自分に一緑は驚く。そういう話を聞こうともしなかった自分にも、少し失望する。

「みんなは知ってるん」

「あ、うん……タイミング良く、言えたから……」

「そう……ずいぶん仲良くなってたもんな」

 一緑がぽつりと言った。

「え……?」

「みんなと、ずっと一緒におったもんな」

「あ…うん……」一緑の言わんとしていることを察して、言葉を続ける。「みなさん優しいし……卒制を面白がってくださったから……」

「そう? みんな華鈴のこと、気に入ってんちゃうの」

「嫌われてはないと思うけど……」口ごもった華鈴が、一緑の顔を覗き込む。「心配してくれてるの?」

「あたりまえやろ」

 少し怒ったように言う一緑に、華鈴はなぜか少しだけ安心感を抱く。

「大丈夫だよ」私が好きなのは一緑くんだけ。そう続けようとした言葉を(さえぎ)

「なんでそんな無防備なん」一緑が声を強めた。「大人の男に囲まれてんのに、警戒心なさすぎやろ。そんなんやからみんなにちょっかい出されるんちゃうん」

「そんなのされてないよ。みなさん心配してくださってるだけだし」

「ちやほやされて、まんざらでもないんやろ」

 一緑の口ぶりに、温厚な華鈴もカチンとくる。

「なにそれ」発した言葉は、想像していた以上に冷たく、尖っていた。

「知らんうちに色目つこてんちゃう」

「そんなことしてない」

 根拠のない一緑の言いがかりに、華鈴の語気も強くなる。

 久しぶりにちゃんと会話したのに、その内容がケンカだなんて悲しくて、辛くて、二人とも口をつぐんだ。


 室内に居心地の悪い空気が流れる。


 先に耐えられなくなったのは一緑だった。

「ええよ」

「え?」

「ええよ、別に。俺以外と、どうこうなっても」

 言われた瞬間、スッと血の気が引いた。頭が重くて、身体に力が入らない。なのに、膝の上の手は、強く、固く、握られている。

「……本気で、言ってる……?」

 華鈴の口から出た声は、震えて、掠れていた。

「そのほうが、華鈴が幸せなんじゃない? 俺なんかより、もっと、おるやろ」

 キイロくんとか――。

 続けようとした言葉はどうしても出なくて、苦みと共に口の中に残る。

「そっか……」

 もう、一緑の心は自分にないんだ。

 そう思うと、胸が張り裂けそうに傷んだ。

 次に口を開いたら思ってもいない言葉が出てきてしまいそうで、華鈴は黙って部屋を出た。


 部屋に残された一緑は、きしむ胃の痛みをつぶすように、シャツを握った。

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