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Chapter.43

 卒業制作の作業も一段落して、あとは最終確認後、印刷所に入稿して完成品が届くのを待つばかりだ。

 長いような短いような作業期間は、楽しくもあり、辛くもあった。

 楽しかったのは赤菜邸の住人達とこれまで以上に交流が持てたこと。普段話すだけでは知ることのできなかった彼らの一面に触れられたこと。

 辛かったのは、一緑のこと。

 もっと甘えていれば、普段通りの関係が保てていただろうに、卒制にかまけてしまったから、スキンシップも会話も満足にできていない日々が続いた。

 最初からちゃんと話して、協力してもらえば良かったのに、自分だけでやらなければ意味がないと思ってしまった。結局は赤菜邸の人達に甘えていたのだから、同じことだったのだ。

 それもようやく終わる。


 時刻は夜中。リビングに置かれた時計の表示は【AM 1:00】。さすがにもう、華鈴しかいない。

 遅寝(おそね)のキイロあたりは部屋でまだ作業中かもしれないな、と華鈴は口の端を緩ませる。

 作業中、だいぶ打ち解けられたと思っているし、協力もしてもらったありがたい存在だ。

(一緑くんがいなかったら、もしかしたら……)

 思わず浮かんだその言葉を、苦笑で掻き消した。だいぶ失礼なことを考えてしまった。


 パソコンや資料をトートバッグにまとめて入れて、一緒に二階へあがる。

 音を鳴らさないように自室に入って、机の上にバッグを置いた。

 眠っている一緑を起こさないように、そっとベッドに入る。

 壁に向かって横を向く一緑の背中に触れようとして、やめた。

 起こしてしまったら、明日の仕事に支障があるかも、と考えたからだ。

 二人はいつも同じようにお互いを思いやって、(いた)わって、その結果、二人の時間を減らしている。

 入稿を終えたら、一緑との時間を作ろう。

 一緒に行くならどこがいいか、なにを食べようか。あるいは、いつかのように景色の良いホテルで二人きりの時間を過ごすのもいい――。

 楽し気な未来に思いを馳せながら、華鈴はそっとベッドに横たわり、眠りに就いた。


* * *


(大丈夫かな? 大丈夫だよね?)

 コンビニで印刷してきた出力見本を片手に、パソコンの画面と紙面を交互に食い入るようにみつめながら、華鈴は何度も脳内で同じ言葉を繰り返す。

 三回目の最終確認をして、印刷所の【デジタル入稿申し込みフォーム】に必要事項を入力して、さらにその入力内容も幾度か確認して、ようやっとデータを送信した。

(終わっ……た……?)

 少しして、印刷所から【受付完了】という件名の自動返信メールが送られてきた。

 まだ実物が手元にないため実感がないが、卒業制作作業が終わった。

 パソコンを閉じて、ふぅ、と息を吐く。

「できたん?」

 笑いながら問いかけてきたのはキイロだった。

「はい」

「おめでとう」

「ありがとうございます」

 笑いながら交わした会話を最初にするのは一緑だと思っていたから、華鈴の心に少しの違和感が生まれた。

 とはいえ、ありがたい言葉に変わりはないから、素直に受け取ることにする。

「なになに? なんかおめでたいことあったの?」

 らせん階段をおりてきた橙山が笑みを浮かべながら、華鈴とキイロに近付いた。

「卒制の入稿が終わったんです」

「そーなんや! それはおめでとうやな!」

「ありがとうございます」

「めっちゃ頑張ってたもんね。今度お祝いしよ」

「気が早いですよ」

 橙山の言葉に華鈴が笑った。いくら作り終えたからと言って、教授に認めてもらわなければ卒業することはできないのだ。とはいえ、就職先も決まっているから、卒業できなかったら困ってしまうのだが。

「そっか。じゃあ、卒業が決まったらお祝いしよ。ね」

「そやな」

 橙山に言われて、キイロが微笑む。

「ありがとうございます」

「いのりんには? 伝えた?」

「あ……いえ、まだ……」

「あー、今日仕事か」

「そうなんです」

 華鈴が起きたとき、一緑はすでに出勤していて、部屋には華鈴しかいなかった。だから、もうすぐ作業を終えて時間が作れることも伝えられていない。

「帰ってきたら言ったらいいよ。一緑かって、わかってるやろから」

 キイロの優しい声に、華鈴の胸が締め付けられる。

「はい」

 その痛みがなにを意味するのかはわかっていないけれど、勘違いだけはしてはいけない。

 選択肢を、間違えてはいけない。

 ただそんなことを思いながら、暖かい陽射しが差し込むリビングで、久しぶりの穏やかな時間を過ごした。


* * *

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