表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/70

Chapter.39

「なぁなぁ、カリンちゃん~」

 橙山に呼ばれて「はい」華鈴が読んでいた雑誌から顔をあげる。

「昨日言ってた卒制のやつさぁ~」

「はい」

「近々スケジュール空けられそうやねんけど、ほんまにやる?」

「はい、ぜひ!」

「そしたら、スケジュールとか相談すんのに、メッセ交換してもいい?」橙山がスマホを見せて打診した。

「はい、お願いします」華鈴もトレーナーのポケットに入れていたスマホを取り出す。

 二人でアプリを立ち上げ操作をしていると、紫苑がリビングに現れた。

「お。お疲れさん」

「お疲れさまです」

「あっ、しぃちゃんもさ」

「ん?」

「カリンちゃんの卒制、協力するゆうてたやん」

「うん。できることあるなら」

「そしたら、いまスケジュール確認すんのにメッセ交換してるから、しぃちゃんもしといたら?」

「俺はえぇけど、一緑は大丈夫なん?」

 紫苑の疑問に華鈴が首をかしげる。

「大…丈夫じゃないでしょうか……。男性はイヤなものですか……?」

「うーん…人によるかなぁ」紫苑が腕を組んで首をかしげた。

「そしたら、いのりんも入れたグループ作ってやりとりしよか。いまカリンちゃんのアカウント登録できたから、オレがやれば全員招待できるし」

「まぁ、会話が全員に筒抜けやったら一緑もオレらも安心かもやけどさ、一緑案外心配性やからなぁ」

 うーん、と三人で考え込んで、華鈴が顔をあげた。

「今日帰ってきたら、一緑くんに事情を説明して、いいかどうか聞いてみます」

「うん、そうしたげて」

「じゃあ、いのりんのオッケー出たらグループ作るから、わかったらメッセちょうだい?」

「はい、ありがとうございます」

「ま、大丈夫や思うけど、一応な」紫苑が鼻にシワを寄せて言う。「ってゆうといてなんやけど、ちょっとは心配させといてもいい思うけどな。男なんてアホやから、たまには“俺にはこの人がおらんとあかんのや~”って気付かせんと」

「そういうものですか……」そう考えると、赤菜が仕掛けてきた壁ドン系のちょっかいは、とても効果的だったように思える。

「カリンちゃんも一緑も、まだ若いからええけどさ、マンネリとかも来るかもしれんし。たまにはぶつかってもいいと思うし」

「しぃちゃんもそういうんあったん」

「あったよ~。ゆうてオレも三十路やしさ~」言いながら、紫苑は渋い顔を見せた。「一回くらいやっとかんと、ずっと気ぃつこたままになるやろ。それはそれでええねんけど、もし一生添い遂げるってなったら、やっぱどっかでしんどくなるって」その口調は面倒くさそうで、それでいてかすかにノスタルジックさが漂っている。「ま、カリンちゃんと一緑んとこがどんな感じかわからんけどね?」

「え? ケンカは? してる?」

「いまのところはしたことないですね。あまりそういう雰囲気にならなくて」

「あらあら」橙山がニヨニヨしながら口に手を当てる。

 紫苑もどことなく、微笑ましく見守る兄のような顔になった。

「あっ、そういうのではなくて……」ノロケだと捉えられたように感じて、華鈴があわてて否定する。

「一緑もカリンちゃんも優しいからなぁ」紫苑がうんうんうなずいた。

「まぁ、この家にいる間になんかあったら、オレらもフォローくらいできるしさ」橙山がニコニコと笑いかけると

「ありがとうございます」華鈴も笑顔を見せる。


 紫苑も橙山も冗談めかして言っていたし、華鈴もそのつもりで受け取っていたから、その時はまだ、それが現実のことになるなんて、誰も思っていなかった――。


* * *


 ピロン♪ 着信音が鳴って、机の片隅で一緑のスマホが震える。画面には“トウヤマから招待されました”と書かれた通知窓が表示されている。

 仕事の手を止め、通知窓をスライドさせてアプリを立ち上げる。招待されたのは【カリンちゃん卒制協力隊】という名称のグループだった。

昨夜(ゆうべ)ゆうてたやつか)

 一緑が思い出す。



 夕食を終えて入浴を済ませ、皆が自室へ戻るタイミングで、一緑と華鈴も部屋へ戻った。

 ベッドに寝転ぶ一緑に

「一緑くん、ちょっと時間いい?」ドアの前に立ったまま声をかけた。

「ええよ? どした?」

 起き上がって話を聞く態勢になる。

 自分が座る横のベッドをポンポン叩いて、立ったままで話そうとする華鈴を呼び寄せた。

 華鈴がはにかんで座って、「昨日少し話した、卒制のことなんだけど」話を切り出す。

「みんなに協力してもらうゆうやつ?」

「うん。それのスケジュールを調整するのにね? みなさんとメッセでやりとりしてもいいかな……?」

「それはかまわんけど……」“けど”の先を待つように、華鈴が一緑の顔を覗き込む。「ええよ、別に。必要なんでしょ?」とは言いつつも、その表情はどこか不満げで。

 聞いていいものかどうか、華鈴は少し悩んで口をつぐむ。

 少し不安そうになった華鈴に気付いて、「ええ作品ができるといいね」一緑が笑みを浮かべる。

「うん。ありがとう」少し前傾姿勢のままで一緑の顔を見て、華鈴が微笑んだ。

 一緑が髪を優しく撫でると、華鈴は嬉しそうに目を細めた。その表情は、猫のようでとても愛らしかった。



 回想を終えた一緑はふと笑い、【承認】のボタンを押した。


* * *


 一緑が仕事を終え、帰るころには赤菜邸の住人、全員が【卒制】グループに参加していた。すでに何往復かの会話が投稿されている。



トウヤマ『よろしくー』

アオト『どうも~』

かりん『こんにちは。みなさんありがとうございます。』

トウヤマ『予定決まったら、ここか、家で直接教えてね~』

かりん『とても助かります。』

かりん『早めにお伝えできるように調整します。』

黒『急な仕事入ったらごめんやけど、都合つくときだったらいつでもどうぞ』

かりん『お気遣いありがとうございます。』



 一緑が画面をスクロールしながらログを読んでいると、新規の会話が表示された。

 その投稿者に、一緑の心臓がドキリと反応する。



ツジ『文字数と締切決めたら教えてください。』

ツジ『都合つけて書きます。』



(……)

 なにも考えることができないまま、じっとスマホの画面を見つめる。少しして、手の中でスマホが震えた。



かりん『ありがとうございます!』

かりん『不勉強で申し訳ないのですが、お聞きしたいこともあるので直接ご相談させていただきたいです。』

ツジ『はい。いま家にいるので、リビングでどうですか?』

かりん『かしこまりました。いまから移動します。』



 なんの後ろ暗さもないそのやりとりに、一緑の胃がチクリと痛む。

(え、なんで?)

 一緑は腹部に手をあて、痛んだ部分を服の上からさする。

 華鈴が誰かに浮気するなんて思ってもいない。なのに反応してしまう自分の身体と心が、どこかにある不安に気付かせようとする。


 スマホをスリープさせて、バッグに入れた。

 家に帰ったら、きっとリビングにキイロと華鈴がいる。


(……他にも誰かおるやろ……おらんかっても、相手はキィちゃんやし……)

 思った瞬間、キイロの柔らかな笑顔が頭の中に浮かぶ。


 華鈴が赤菜邸に来た当初、キイロはあきらかにおびえていた。女性恐怖症からくる不信感や不安感が全面に出ていたからだ。

 会話はおろか、視線を合わせようともしなかったキイロは、月日が経つにつれ華鈴への警戒心を解いていった。

 一緒に食卓を囲み、談笑をするようになった。

 華鈴が体調を崩したとき、率先して療養食を作っていた。

 その行動に隠された真意がなにかあるのではないか。


 キイロが華鈴に、異性に対する好意を抱いているのではないか――。


 否定をしても拭えないその疑念が、一緑を追い込む。

 人の気持ちだから、なんて放っておくこともできず、けれど確認することは(はばか)られて。

(キィちゃんに限って……華鈴かってそんなこと……ただの、同居人や……)

 チクリ、チクリと痛む胃に言い聞かせるように考えながら、一緑は電車に揺られた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ