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Chapter.38

「あっ、お帰りなさい」

 笑顔で立ち上がる華鈴に続いて、「おかえり~」住人達も口々に一緑を出迎える。

「ごはん食べれた?」小走りに近づいた華鈴が聞く。

「まだ食べれてない。おなか減ったぁ」

「じゃあすぐ作るから待っててね」キッチンへ移動する華鈴に向かって

「風呂かサクラかは聞かんでええの」赤菜がおじさんみたいなことを言った。

「ごはんやから聞かんでええよ、そんなん」通勤バッグを床に置き、一緑が苦笑する。「今日なんやったの?」

「中華だよ」餃子に春巻き、麻婆豆腐とエビチリ……メニューを上げていき「あとチャーハン」冷蔵庫から皿を取り出しながら華鈴が答える。

「ビールやな~」聞き終えたと同時に一緑がつぶやいた。

「じゃあチャーハンはあとのがいい?」

「うん。ビール終わったら考えるんでもいい?」

「もちろん」華鈴は笑顔で答えて、春巻と餃子の準備をし始めた。

「焼くか揚げるかするよ」

「大丈夫だよ? 疲れてるでしょ?」

「ストレス解消になるから」シャツを腕まくりしながらキッチンへ向かう一緑の背中を眺め

「一緒にやってイチャイチャしたいだけやろ」リビングから赤菜がヤジを飛ばした。

「外野うるさいぞ~」一緑が緩やかにツッコみ、コンロに火を点ける。

「じゃあ、お願いします」

 エプロンを渡しながら笑顔を見せた華鈴に、一緑が「うん」とうなずいた。

 餃子と春巻はあと火を通すだけ、麻婆豆腐とエビチリは一緑用の皿に取り分けてあるものをレンジで温めるだけだ。

 華鈴はビール用のグラスを冷蔵庫に入れて、空いているコンロにフライパンを乗せ、餃子を並べ入れて火を点ける。

 揚げ油が温まるまで待つ一緑と会話をしながら餃子の焼ける様子を見ていると、背後に視線を感じた。

 華鈴がそっと振り返ると、二人のやりとりを見ていた住人たちが思うところありげにニヨニヨしている。その視線の意味を察して、照れくさそうに目をそらす。

「ん? どした?」温まった油に春巻を滑り込ませながら一緑が聞く。

「ううん? なんでも」

 にこやかに首を振る華鈴を不思議に思った一緑がリビングに目をやると、わざとらしく目をそらして、それでもまだどこかニヨニヨしている住人達が見えた。橙山に至っては、音の出ない口笛を吹いている。

「…なによ」

「えっ? なにが?」橙山が口笛の形をしたままで言って、とぼけた。「別になんにもゆうてないやん」

 なぁ? 橙山と青砥が同時に言って、首をかしげた。

「うわ、うざぁ」笑いながら一緑が言って、コンロに向き直る。

 華鈴は餃子に火が通り始める頃合いを見て、電子レンジに麻婆豆腐とエビチリの皿を入れて温めを開始する。

 油の中で春巻を裏返しながら一緑が口を開いた。「これ全部イチから作ったん?」

「レトルトのソースも使ったけど、春巻と餃子は中身から作ったよ。みなさんに手伝ってもらったの」

 言われて見れば、餃子も春巻も、大きさや包み方に少しのばらつきがある。

「楽しかったよ~」青砥が一緑に手を振る。

「ええなぁ。今度俺が休みんときにもやろー」

「うん、やろやろ。次は別のものでもよさそうだね」

「あとでなんかレシピ見よか」

「いいね、そうしよう」

 春巻を揚げ終わった一緑がコンロの火を止める。餃子もちょうどよい焼け具合だ。皿に移し終わると同時に、レンジが温め終わりのアラームを鳴らす。

 トレイに乗せた皿をダイニングテーブルに運びつつ、「華鈴もビール飲まへん?」誘いの言葉を渡す。

「んー、じゃあ、少しだけ」電子レンジの庫内から皿を取り出しながら答えた。

「おっけー。みんなはー? もう飲んだ?」

「今日はまだ飲んでないけど……」答えつつ言いよどむ黒枝に

「邪魔したら悪いしなぁ」鼻にシワを寄せた紫苑が同調する。

「そんなんいつも気にしてないやん。急にどしたん」

「別に他意はないけどさぁ、単純に邪魔したら悪いかな~ってだけ」黒枝の答えを聞いて

「お気遣いありがとう。別にいいよ。付き合いたてでも一緒に住みたてでもないんやし」

「ほんま~? じゃあ呼ばれよっかな」立ち上がった紫苑に

「意志よわっ!」黒枝がツッコミを入れる。

「ほんならクロはいらん?」

「いるよ! 呑むよ!」ツッコミと同じトーンで言って、紫苑に続き立ち上がった。「みんなは?」

「飲む」赤菜が答え、

「じゃあおれも少しもらおうかな」続いて青砥、

「オレも呑む~」橙山が挙手した。

「キイロは?」

「じゃあ、少し」

「ほーい」聞いた黒枝が返答して、紫苑に並び冷蔵庫をのぞく。「足りるか」

「うん。そしたらクロ、ビール持ってって。オレつまみ持ってく」

「んー」

 黒枝と紫苑がビールとつまみを運ぶ間に、一緑と華鈴の準備も整う。

「はい、そんじゃあ、お疲れっしたー」

 一緑の音頭で「お疲れさま~」「かんぱーい」各々が好きな言葉を発して、ビールの缶を掲げた。

 一緑がグラスの半分量をグーッと飲み干して、「うまぁ」息と一緒に言葉を漏らした。

 その幸せそうな顔に、華鈴がふふっと嬉しそうに笑う。

「いただきます」グラスを箸に持ち替えて手を合わせ、一緑が春巻をほおばった。「んー、んま」

「良かった」

「具の味付けちょうどいいね。なんも付けんでもうまい」ジャクジャクと音を立てて春巻をパクつく。

「そうなの、うまくできたねってさっきも言ってたところ」

「餃子と春巻包むん楽しかったよなぁ」青砥がハイボールを飲みながら嬉しそうに笑った。

「全員分やろ? 時間かかったんちゃう?」

「みんなでやったからあっという間やったよね」弾む声で橙山が言って、

「うん」紫苑がうなずき、

「はい」華鈴が笑顔になる。

「“みんな”ってみんな?」

「眞人くんと紫苑くんはお仕事でおらんかったから、残りの人らで。ね」

「うん」

 青砥の問いに黒枝が答える。

「えー、黒枝くんも珍しいけど、キィちゃんが料理とか意外~」

「たまたまおったらみんなで始めたからさぁ。一人だけ手伝わんのも変やろ」黒枝の言葉に乗って

「俺も、なんかおもろそうやったし」キイロが言って缶を傾け、ビールを飲む。

「おかげで早く終わりました」

 華鈴の言葉に黒枝は嬉しそうな笑顔を見せる。「いつでも頼ってくれてええねんで?」

「そやな」キイロも静かに笑いながら、黒枝に賛同した。

「助かります」

「さっきのんも、仕事入ってないときやったらいつでも大丈夫やから」黒枝がつまみのスルメをくわえながら、華鈴に話しかける。

「はい」

「“さっきの”ってなに?」

 ビールと中華を楽しみながら、一緑が問う。

「卒業制作で雑誌を一冊作ろうと思ってて……それを皆さんが手伝ってくださるって」

「へぇ、そうなんや」

「カリンちゃんにはいつもお世話になってるからさぁ。お返しできたらな~って」

 青砥の言葉に、一緑が微笑む。「ありがとう。助かる」

「一緑の卒制ちゃうやろ」笑いながら言った紫苑のツッコミに

旦那面(だんなづら)したいんやわ」チーズを固く焼いたスナック菓子を噛み砕きながら、赤菜が口の端をあげた。

「言い方悪いぞー」エビチリを咀嚼しながら一緑が赤菜に言葉を投げる。

「なんも間違ってないやろ」

「ええやん、そのうちなるんちゃうの」早くもアルコールが回ったのか、顔と首筋を赤く染めながら紫苑が顔をしかめて赤菜に向けた。

「そのうちであっていまはちゃうやろ。独占欲強いんちゃうか、あいつ」

「悪いことじゃないんじゃない?」黒枝は紫苑よりも更に赤い顔をして、ビールの入ったグラスに口をつける。肌が白い分、アルコールで上気するのが早い。

「日本人はみんな気持ちを言葉にしなさすぎよね。もっとちゃんと伝えてあげないと~」乾麺を砕いたスナック菓子を、皿にした左手に乗せ、右手でつまみポリポリ食べる青砥は小動物のようだ。

「独占欲もなんも、カリンちゃんはいのりんのカノジョなんやし、赤菜邸(うち)は男所帯やし、心配なんは当たり前や思うけどなぁ」橙山も頬を赤らめて、ニコニコと笑いながら首を傾げ「ねぇ?」一緑に問いかけた。

「いや、そんな分析せんでいいから」顔色を変えず、一緑が苦笑する。

 話の流れが予想通りになったとばかりに赤菜がニヤニヤして一緑を見やる。

 それに気付いた一緑は恥ずかしくなって、麻婆豆腐をかきこんで、少しむせた。

「大丈夫? お水……」

 椅子から立ち上がろうとする華鈴を手で止めて、一緑は席を立った。冷蔵庫へ向かい、ペットボトルの水を取り出す。

 小さく咳込みながら水を飲み下して、ふと気付く。


 いままでは感じたことがなかった“独占欲”が、ここ数ヶ月で自分の中にムクムクと沸き上がっている。

 華鈴が赤菜邸に住むことになった当初、心配だったのは“華鈴が住人達と馴染めるかどうか”だったのに、いまでは“華鈴が住人達と仲良くなりすぎるのではないか”と心配をしている。

 その対照的な心配が自分のわがままだということも一緑はわかっている。けれど、時折感じる胸の痛みが、一緑をわがままにさせてしまう。

 自分ではどうにもできない嫉妬心を誰にも悟られないように振り払って、華鈴と住人達が談笑する中、一緑はダイニングテーブルに戻り晩酌を再開した。

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