Chapter.37
就職先も決まったし、そろそろ卒業制作に取り掛からねば…と、華鈴は自分のノートパソコンを操作していた。傍らにはノートとペン、スマホも置かれている。
立ち上げているのはデザインソフト。
華鈴は卒業制作として、雑誌を丸々一冊、作って提出すると決めた。
表紙や広告、インタビュー記事なども全部一人で編纂するので、時間と労力がかかることは確定している。
台割はすでにできているから、あとはそれに沿って作っていくだけなのだが、その“だけ”が難しい。
同じ大学の友人・知人たちに各種依頼するつもりではあるが、彼ら彼女らにも自らの卒制があり、すんなりOKがでるかはわからない。
作業スペースが広くて使いやすいからと一階のダイニングテーブルの一角を陣取って、物理的に頭を抱えながら台割を見つつスケジュールを組んでいる華鈴に、
「お、台割や。なんか作るの?」
声をかけてきたのは青砥だ。
「はい。卒業制作で雑誌を作ることにして」
「一冊丸々?」
「はい」
「そら大変そうやね」台割が書かれたノートを指し「見ていい?」華鈴に許可を得る。
顎をさすりながら台割を眺める青砥は「これ一人でやるん?」華鈴に問う。
「いえ、これからアポを取って、友人や知人に協力してもらうつもりです」
「ほうほう」顎をさすり続けながら「それってお友達じゃないとあかん感じ?」華鈴に聞いた。
「いえ、そういうわけではないですけど……」不思議そうに返す華鈴に
「うちの住人たちがけっこうお手伝いできそうやなぁ、思ってさ」青砥がニヤリと笑った。
「え?」華鈴は改めて台割を見つつ、住人たちの職業を思い返す。「確かに……」
「協力しよか?」かたわらで、青砥が満面の笑みを浮かべた。
「お申し出はありがたいんですけど、プロの方々にお願いできるような予算はないので……」
「おカネなんかええよ。おれら普段からカリンちゃんにメシ作ってもらったり、いろいろお世話になってるんやから」
「でも……」
「卒制作るのにプロの手ぇ借りたらいかんとかルールある?」
「いえ、特には」
「やったらええやん。カリンちゃんが得た人脈なんやからさ。社会に出たとき、そういうのを使う練習にもなるんじゃないかな?」青砥は優しく言って、首を傾げた。
「…ありがとうございます。スケジュール決めて、改めてお願いします」
「うん。たぶんみんなもやりたがると思うから、聞いてあげて? そういうの好きな人ばっかやから、きっとオッケーすると思うよ」
「はい、伺ってみます」
青砥の助言に、華鈴は飛び切りの笑顔を見せた。
* * *
華鈴が住人達と協力をして夕食を作っていると、華鈴のポケットでスマホが震えた。届いたのは一緑からの新着メッセで、残業になったから帰りが遅くなる、という内容だった。
(卒制のこと相談したかったんだけどなぁ……)そう思いつつ夕食を作り続ける。
ここ数日間では珍しく、一緑以外の住人が全員そろった夕食後、青砥に提案された卒制への協力を仰ぐ旨を伝えてみる。
「なにそれ、面白そう~。やりたいやりたい」真っ先に食いついたのは橙山だ。「撮影はうちのスタジオ貸すから、諸々決まったら教えて~」
「ありがとうございます! レンタル代って……」
「ん~、じゃあ、リクエストするから、ごはん作ってほしいな。いつもよりちょっと豪華なやつ」
「えっ……それでいいんですか……?」
「うん。カリンちゃんのごはん美味しいし、いつものごはんもサービスで作ってもらっちゃってるんやから、オレらもお返しせな」ねぇ? と橙山が食後にくつろぐ住人たちに投げかける。
皆一様にうんうんうなずき、紫苑が口を開いた。
「できることあんのやったらなんでもするけど、オレみんなみたいにクリエイティブな仕事じゃないしなー」
「しぃちゃんは上半身脱いでグラビアやらせてもうたら? オレめっちゃセクシーに撮るし」
「じゃあ身体仕上げておかんとなぁ」紫苑はまんざらでもなさそうに瞳を輝かせ、口元をニヤつかせている。
「わぁっ、ありがとうございます」
「じゃあ俺インタビュー受ける」次に口を開いたのは赤菜だ。
「事務所大丈夫なん?」紫苑の問いに
「わからん。でもサクラのメシは食いたい」
赤菜の口ぶりに華鈴が微笑む。「ありがとうございます」
「そしたらキィちゃんは小説やな」橙山が冗談とも本気ともつかない口調で隣に振ると
「…短編ならええけど…」キイロがぽつりとつぶやくように答えた。
一瞬驚いた皆が目を丸くして。
「…なに…」その反応を見たキイロは、少しふてくされたような恥ずかしそうな顔になってしまう。
「いや。カリンちゃんの作るメシ、美味いもんな」向かいに座った青砥がニコォと笑った。
「嬉しいです。ありがとうございます」華鈴はメモを取っていた手を止め、キイロに笑いかける。
「うん……」
少し気まずそうにうなずいて、キイロは手元の新聞に目を戻した。
華鈴はスマホに入力したメモを確認する。いままでに出された提案を参考に誌面をイメージしてみると、思いがけず豪華な内容になりそうだ。改めて気合いを入れなおした。
「俺も身体つくっとこっかな」黒枝がぽつりとつぶやく。
「黒枝くんこそ事務所とか契約とか大丈夫なん。けっこう厳しいんちゃうの」青砥が問うも
「カオ出さんかったらわからんのんと違う? しらんけど」当の本人は呑気なものだ。
「その本ってオモテに出る?」青砥の質問に
「一応、展示会があるので人目には触れますが、たぶん手に取る形にはしないので、全部のページを閲覧できるのは教授だけかと……」
「じゃあ大丈夫なんやない?」黒枝がパァッと笑顔になる。「俺も参加したいんやけどいい?」
「はい、ぜひ!」
「じゃあオレ写真撮る~」
「おれスタイリングやる~」
黒枝くんとそーゆーのやるん久々~。橙山と青砥の声が弾む。
「以前はご一緒にお仕事されてたんですか?」
「最初のころな~」黒枝が懐かしむように答える。「そのころはみんないまほど仕事なかったから、みんなでコンポジットとブック作って、それぞれ売り込みに歩いてたわ~」
「そしたらクロたんが化粧品の広告でバーン行ってもうてさ~」
「正直ちょっと焦ったよな」
橙山と青砥が笑う。
「あれはすごかったな~」
「自分で言うかぁ?」ドヤ顔を見せた黒枝に紫苑が笑う。
「やってほんまにすごかってんもん」口をとがらせた黒枝の頬は、かすかに赤くなっている。
「カリンちゃんはわかる? その広告」
青砥の質問に「はい」華鈴がうなずく。
それはとある大手化粧品メーカーが新作として発表した、男性用化粧品の広告だった。
テレビコマーシャルはもちろん、雑誌や街中の看板など、かなり大々的に展開された。その当時無名だった新人モデルが起用されたのは大抜擢であり、ビジュアルも相まってクロエは一躍、時の人となった。
「謎のモデルみたいになってたなぁ」懐かしむように紫苑が目を細める。
「あの時テレビの仕事もけっこう来てたらしいんやけどさぁ、イメージ崩れるからやめましょって事務所に言われてん」少しプンスカする黒枝を見て、
「あー……」皆が口々に同意した。
「ほら、それ。みんなそーなんの、関西弁やからって。SNSでも直されるしさぁ」
「それだけちゃうと思うで?」不服そうな黒枝をなだめるように紫苑が告げる。
「えぇ?!」
「声でかいって……」隣に座る橙山が黒枝側の耳を押さえた。
「関西弁以外になにが悪いの?!」
「いいとか悪いじゃなくて、クロエのイメージがさぁ」
「あぁ、そやな」
紫苑に赤菜が同意すると
「えぇ?!」先ほど同様、黒枝が声をあげる。「なにが? どこが? 全然わからん」
「え? ゆうてええの?」
「えっ? 聞かんほうがええやつ?」
紫苑に問い返す黒枝へ
「聞く覚悟あるんやったら聞いたらええやん」
赤菜が言う。
「えっ? えっ? どうしたらいいの? わからんわからん」左右をキョロキョロ見て慌てる黒枝は「アオ~!」青砥に助けを求めた。
「え~?」呼ばれた青砥は首を少しかしげて「黒枝くんには黒枝くんのいいとこがあるけど、“いまのクロエ”には要らんとこもあるかな~」穏やかに伝える。
「えぇ?! マジで? 俺はオレやねんけど」
「けど、クロエしか知らん人には違うでしょ? なぁ」青砥は華鈴に顔を向けた。
「そうですね……。クロエさんはクールなイメージでしたけど、黒枝さんは親しみやすくてお話しやすいので、最初にお話したときは少し驚きました」
「そういやそんなんゆうてたなぁ!」
「そうそう。やからむしろオレら驚いてん。クロがあんなクールなイメージで売れる思ってなかったから」
幼馴染の紫苑が言った言葉に、同じく幼馴染の赤菜がうなずく。
「そっか~、そういう視点もあるんやなぁ」黒枝は人ごとのように言って、手のひらで後頭部をさすった。
「そしたら、クロエのイメージ戦略的に、クロたんはクロたんらしさを出さんほうがえぇんやろなぁ。事務所さん間違ってないわ」
「橙山がマトモなこと言ってる~」黒枝が意外そうに言う。
「たまには言うさ~」
「“たまに”ゆう自覚はあるんやな」笑う青砥に
「いいことはたまに言うから重みが増すんやんか」橙山がドヤ顔を見せる。
「計算?」黒枝が問うと
「計算」
橙山がしたり顔で言って、皆が笑った。
その輪の中にはキイロもいて、華鈴はようやっと気を遣わず同席できるようになったんだなぁ、と嬉しくなる。微笑みながら皆のやりとりを聞いていると
「……ただいま」
遠慮がちな声が、リビングに届いた。
声の方向を見ると、残業から帰ってきた一緑が、リビングに向かって佇んでいた。